24:むし

 

「マスター、金、ここに置いとくから」

「おい、喧嘩も大概にしとけよ、安武」

 

アカはますたーの言葉に返事をすることなく、そして俺の方なんて一度も見ずにアカは店の入り口に向かった。

それに続くように金ピカやべちゃべちゃも席から立ちあがる。

そんなアカの後ろ姿に俺は『アカー!アカー!』と大きな声で呼んでみた。

けれども、アカはそんな俺の声なんて聞こえてないみたいに俺を無視する。

 

どうして、どうしてだ。

俺がアカの求める“あにき”じゃないから、アカは俺を無視するのか。

俺がただの猫だと、もうアカは俺なんかと話をしてくれないのか。

キラキラした目でなくてもいい、俺は俺の言葉を理解してくれるアカが俺を無視しているという事実がたまらなかった。

 

毛が、体がゾクゾクする。

背を向けられたのが苦しくてたまらない。

とくんとくんが消えなくなってから、どんなに長い距離をどんなに早く長時間走ったって苦しくならなかった俺の胸の方が、とても苦しいと感じる。

 

『アカ、しろのところに行くのか?』

 

俺はアカを追って外に出る、そこにはバイクに乗らずただ黙々と目的を持って歩を進めるアカの横顔が見える。

その目はどこか血走っていて、何かブツブツと呟いている。

 

「殺す殺す殺す殺す、アイツぜってー殺す」

 

少しだけ聞こえた言葉はそんな物騒な言葉で満載だった。

 

『アカ、俺の事いやになったか?』

 

俺はアカの隣を速足でついて行く。

けれど、どうあってもアカの目は前しか向いておらず、俺の言葉なんか聞こえていないかのようだった。

 

どうして、どうして。

アカは猫の言葉が分かる“変な人間”の筈なのに。

やっぱり、俺がもうキラキラを向ける相手じゃないから。

だから、アカは俺の事を無視するのか。

 

俺がアカの隣を「にゃーにゃー」言いながらついて行くと、なにやら前方から何かが壊れる音が響いてきた。

アカはその先を見定めると、一気にスピードを速めた。

俺もそれにならって走る。

 

人間のスピードに置いて行かれるなんて事はまずないのに。

俺は何故だか、またアカに置いていかれているような気持ちになった。

あの、待っていてもアカが帰って来なかった、あの日のように。

 

「朝倉ぁぁぁぁぁぁ!!」

「…………うっせーな」

 

アカが吠えた。

あさくら、とアカがずっとぶっ殺したいぶっ殺したいと言い続けていた者の名を、アカはこれでもかという位叫び散らかしたのだ。

 

そして、アカに名前を呼ばれた人間。

そこには昨日、俺にふれんちとーすとを作ってやると静かに笑って言ってくれた真っ白な毛の……しろがそこには居た。

その手には赤い血がしたたっている。

更に言うならば、しろの前には血だらけの人間の子供が倒れており、その周りには店の看板の破片が飛び散っていた。

 

『しろ!』

 

俺は叫ぶアカを追い越してシロの足元まで走った。

しろは今日俺にふれんちとーすとを作ってくれると約束した。

さっき、ますたーからとてもおいしいごはんを貰ったばかりだったが、俺は変な猫だからいつだっておいしいのは食べれる。

 

なぁ、しろ。

今日は俺にふれんちとーすとを作ってくれるって言ったよな。

約束、したよな。

 

『しろ、しろ。こんにちは。ふれんちとーすとの事、おぼえてるか?』

「…………」

 

俺がしろの足にすりすりと体を擦り付けた。

いつも、しろには挨拶みたいにやる。

そうしたら、いつもしろは俺を上手に撫でてくれる。

 

しろの家の中では、いつも。

 

「……うっぜーな」

「にーにー」

 

知っていた。

知っていたよ。

 

しろは、外では俺を見ないって。

しろは、外では俺を無視するって。

俺が、猫だから。

 

しろはアカを見ていた。

アカもしろを見ていた。

二人共、俺なんかみちゃいない。

 

知っていた筈なのに。

アカが俺の言葉を理解してくれたから。

兄貴と呼んで昔みたいに甘えてくれたから。

分かっていた筈なのに。

しろがまた明日なんて言ってくれたから。

猫の俺なんかに“約束”をくれたから。

 

『アカ!しろ!』

 

俺は互いを見て拳を振り上げた二人の足元に走った。

人間に無視されるのなんて当たり前の事なのに、けれど俺はこの二人に無視されるのだけは、胸がとても苦しくなるのだ。

とくんとくんが消えても、今でも苦しくなるのだ。

猫は行きたいところにまっしぐらだ。

後先なんか考えない。

 

「ぎゃっ」

 

それが、とても痛い事だって、危ない事だってわかっていても。

それが猫の本能だ。

 

俺は人間から見たら小さい生き物だ。

だから、殴り合う二人の足元に走ったせいで、どちらかの足に踏まれて、どちらかの足に蹴られて吹っ飛ばされてしまった。

ごろごろごろ、と俺は転がった。

一瞬、視界の端でしろとアカの目が俺を見たのがわかった。

やっと、俺を見てくれた。

痛いけれど、それでも突進した甲斐があった。

 

アカが何か叫ぼうと口を開く。

しろが苦しそうな表情をする。

 

しかし、その前に俺の体の上に何かが勢いよく覆いかぶさって来た。