25:しんきゅうぼすたいけつ

 

『テメェ!やっぱりまたきやがったかっ!この化けモンが!!』

『ぼす!』

 

突然、俺の体の上に覆いかぶさって来たもの。

それは、片目に傷を携え、いつも俺にむかって爪を立ててくるぼすだった。

例に漏れず今日のぼすも俺の上に覆いかぶさりながら、グサリと俺の腹に爪を立てている。

 

『いたい、いたい!いたい!』

『昨日はよくも人間に媚び売って逃げやがったな!今日こそお前をここから追い出してやる!』

 

ぼすは叫びながら、更に俺の腹に爪を立てる。

周りからは何やら人間の叫び声やら何やらが聞こえるが、俺はそれどころじゃなかった。

お腹の毛の上からギリギリと立てられる爪は、先程アカやしろに踏まれた右足と相成って俺から体の自由を奪う。

しかし、ここで動かねば俺はぼすに殺されてしまうかもしれない。

 

不思議だ。

俺は死なない変な猫だけど、やはり腹の奥底には“死にたくない”が横たわっている。

ずっと、ずっと横たわってる。

 

「ぐぅううう!フゥゥゥゥゥ!!」

 

俺は腹の底から威嚇の声を上げると、俺の上に乗っているぼすの首筋に噛みついた。

こんなに叫んだのはいつ振りだろうか。

それは、その昔、まだ俺が普通の猫で縄張り争いにその身を置いていた時以来の威嚇かもしれなかった。

 

「に゛ゃぁぁぁぁぁあ!」

 

俺の突然の威嚇と攻撃に不意をつかれたぼすは思わずその体から力を抜き、俺の上から飛び退いた。

 

『テメェ……やりやがったな。げほっ、ごほっ』

『…………』

 

ぼすが俺を睨みながら咳き込む。

しかし、ぼすの目は一切俺から離れない。

そして、俺の目もぼすから目を逸らさない。

互いに互いを睨み続ける。

先程の、アカやしろのように。

 

縄張り争い、メスを巡る争い、食べ物を巡る争い。

それら全てにおける争いは、まず互いの“睨み”から始まる。

目を逸らさず、機をうかがう。

逸らせばその時点で負けだ。

しかし、目を逸らさず、相手の目を逸らさせる事ができればこちらの勝ち。

 

簡単なようでこれが最も難しい。

そして事によっては爪や歯を使った直接攻撃なしでも相手を負かす事ができる。

喧嘩の大半はこの “睨み”で勝負が決すると言っても過言ではないのだ。

弱い猫や、若く経験の伴わない猫はまずここで負け、強者の世界から切り捨てられる。

 

俺は争いを避け、人間の元に下った。

しかし、やはり俺は猫だ。

どう足掻いても猫でしかない。

ぼすが俺の目をジッと見て逸らさない。

 

俺の腹の底には、腐っても野良猫の本能がずっとずっと横たわって俺を見ている。

それはきっとぼすもそう。

 

アカやしろが俺から目を逸らしても。

やはり、同族であるぼすは俺から目を逸らしたりはしない。

 

『ぼす、俺はこれからもこの商店街には入るよ』

『許さねぇって昨日言わなかったか?覚えてねぇのかこの化けモンが』

 

ジッと睨みあいながら互いの顔をこれでもかと言うほど近付ける。

前傾姿勢を取り、耳は伏せる。体中の毛を膨らませ、尻尾は動きやすいようにゆらゆらと動かす。

互いに互いの目からは目を逸らさぬが、常に次の攻撃箇所に狙いを定めている。

目、首、腹。

どこに爪を立て、どこに噛みつき相手の動きを止めるのか。

本能で考える。

 

その片隅で、俺の思考の邪魔をするものがある。

 

“痛み”だ。

 

先程ぼすから爪を立てられた腹から少しずつ流れている血。

多くはないが少なくない量の血が今も俺の体から流れ出ている。

きっと時間をかけてしまえば俺は昨日のように意識を失うだろう。

それに加えてアカやしろに突進していった時に痛めたらしい、右足。

この痛みは一体次の攻撃開始にどれほど影響を及ぼすだろうか。

あぁ、痛みでぼすから目を逸らしてしまいそうだ。

しかし、目は逸らさない、意識も逸らせない。

 

そして、考えなければならない。

考えなければ闘いは勝てないのだ。

 

「フゥゥゥゥゥゥゥ」

 

正直、これほどの手負いでぼすを相手にするのはかなり厳しい。

手負いというのは、それほどまでに闘いに影響する。意識集中の邪魔になる。

ぼすは片目でよくやっていると思う。本当にここまでの猫になるとは正直思わなかった。

 

けれど。

 

『ここがぼすの縄張りで、どうしても俺をここに入れないというなら……俺はこの商店街をぼすから奪う』

 

俺も猫だ。

そして、元は俺も縄張り争いに身を置いていた身。

譲れないものは、誰であっても、どんな状況だって譲りたくない。

 

『っあははは!やってみろ!やってみろよ!この化けモンが!テメェの涼しい面を俺の縄張りで拝むのは胸糞悪くて仕方がなかった!』

 

ぼすは地面を蹴ると俺に向かって飛びかかって来た。

「ぎゃぁぁぁ!」と言うぼすの叫び声が、商店街の天井まで響き渡る。

俺は横飛びでそれを避わすものの、やはり右足の痛みのせいで一瞬の遅れが生じた。

またしても、ぼすの爪が俺の脇腹を掠める。

 

『い、ったいなぁぁぁぁもう!!』

 

俺はよろめく体を尻尾で体制を整え、攻撃態勢のままのぼすの顔に向かって爪を向ける。

片目のぼすへの攻撃で、やはり有効なのは右側からの攻撃。

そして、残った片方の目を潰す事だ。

 

「に゛ゃぁぁぁぁぁ!」

「ふぅぅぅぅぅぅ」