「あぁ。だから、だったのか」
俺はヴァイスのお話を聞きながら、心の底までストンと落ちて行く“何か”を感じた。
そうか、そうか。
そう言うことか。
俺はいつも思っていた。
どうして“ぎょうかん”なんてまるで読めない俺が、あんなにも無意識に、周囲の望む言葉を口に出来るのだろう。行動できるのだろう、と。
俺のマナの中には、どうやら1世界分にも及ぶ大勢の人々が住んでいるらしい。
そんなに居たら、一人くらいは居てもおかしくない。
強い後悔の上に勝ち取った“2回目”の彼らの“望み”に、気付いてあげられる者が。
もしかすると、俺の中には、今までの彼らの望んだ者達に似た人物や、繋がりの深かった人物に近しい人間もいたのかもしれない。
何周も後の、その輪の中に。繰り返しの中に。
俺はそれほどまでに沢山の人々と共に生きている。
だからこそ、俺は気付いていないのに、気付けてきた。行動できてきた。
「なんだ、それ」
全部“俺”の言葉だ、行動だと思っていたソレらは、滑稽にも“俺”の言葉ではなかった。
「バカらしい」
そんな事も知らずに、俺ときたら周囲が俺に向けてくれる笑顔や優しさや特別を、まるで俺に向けられているのだと勘違いをして。
挙句、違うと分かると相手から突き放される。
“お前は望んだ者ではなかった”と。
———-また、子供を作りましょう!次は絶対に“あの子”よ!
そうだ。俺は“あの子”じゃない。
アウトだ。
「でも、確かに俺だって考えてたんだ。笑って欲しいって思ってたんだ。みんなが幸せな顔になればいいなって思ってたんだ」
そう思って“アウト”が思った事。口にした事。行動した事。
どれもこれもが、やっぱり、俺が……いや、“アウト”が思った事で、感じた事で、やった事で。
そして、貴方達に“してあげたい”と思った事だったのに。
いつも、いつも、いつも。
“アウト”は無視される。
“アウト”の行動は、いつも貴方達の望む過去の“誰か”へと還元されてしまう。
挿げ替えられてしまう。
——-お前、もしかして、
ちがう!
——-あなたって、
ちがう、ちがう!
——-やっぱり……インだった
なんでっ!
——-ねえ、おにいちゃん
なんでなんでなんで!
——-ずっと、会いたかった……イン!
なんで……。
皆、俺が“俺”だったから笑ってくれたんじゃなかったのか。
俺の中に、お前らの“望むナニか”を垣間見る事もなかったら、俺なんて関わる事もなかったか。
皆、俺の事を見て、一体“誰”を見ていたんだ。
なぁ、“アウト”は必要?
この世界で必要?大事?誰か“俺”の事をお気に入りにしてくれる?
——–お前の名前はアウトだ。いいかい?大切な名前だから、忘れないで。
お父さん、会いたいよ。
俺はヴァイスに体ごと抱き着くと、頭をヴァイスの胸へとくっつけた。涙は出ない。もう、そんなものが流れるような心は残っていない。
「アウト」
「お父さんだけだったのに」
俺を“アウト”にしてくれたのも、大事なモノとして選んでくれたのも。全部、お父さんだけだったのに。
「そんな、お父さんももう居ない」
俺が殺したから。
なんだ、この世界。
何をどう頑張っても、もう誰も俺を見てくれないじゃないか。
誰も?いや、違う。誰も、じゃないな。
俺は慣れていた筈だ。
そんなの“当たり前”だと慣れていた筈だったのに。
———そしたら、アウト。今度は“お前”が居なくなったりしないよな?
「アイツは嘘つきだ。別に、アウトなんてどうでも良い癖に」
ウィズが、俺を、“アウト”を選ばない事は分かっている。ずっと、俺を見ながらインを見ていた事も知っている。
見ていたら分かる。話していたら、分かる。全部、分かる。
——–お前だって、ウィズのこと。
あぁ、そうさ。バイ。よく分かってるじゃないか。
だって、俺はウィズの事を――
「あいしているから」
俺の言葉はなんとも空虚だった。もう、俺すらも、自分の言葉に自分であるという自信がなくなっていた。
この俺の気持ちだって、俺の世界に住む、沢山の人々の誰かのモノで、もう実際には“アウト”なんて居ないのかもしれない。
あぁ、バカバカしい。
本当にバカバカしい。俺として、何か思考するのも疲れた。何をする気も起きない。
こんな、俺を受け入れる気のない世界で、どう生きろと言うんだ。
「よしよし。アウト。辛いね。世界は酷いよね。怖いやつだ。僕もこの世界なんて大嫌いさ」
俺の頭が、後ろ手に撫でられるのを感じる。
俺はヴァイスに抱き着いていた手に力を籠めると、俺にはもうヴァイスしか居ないような気がした。
ヴァイスしか、分かってくれる人はいない。
だって、ヴァイスだけは、俺を“お気に入り”と言ってくれる。
それが、どんな理由であれ、ヴァイスだけは俺を“誰か”と挿げ替えたりはしなかった。
ヴァイスだけ。
「そうだね。アウトの気持ちを分かってあげられるのも僕だけ。僕の気持ちを分かってくれるのもアウトだけ。アウトは僕とは正反対だけど、背中はくっついてる。背中はぴったりくっついていて、ただ、見ている方向が違うだけ」
「うん。世界に見て貰えないのも、世界から離して貰えないのも。どっちも、最悪」
そうだ。俺を選ばない世界なんて、俺だって要らない。
この世界で書き記したい事なんて、メモして残したい事なんてない。
ベッドの脇に、投げるように置いたメモ帳の事を思い出す。ウィズが買ってくれた新しいメモ帳。結局、俺がアレに何か書いたのは、ウィズから手帳を貰った瞬間に書いた、あの言葉だけだった。