238:真っ白な手帳

 

「あぁ。だから、だったのか」

 

 

 俺はヴァイスのお話を聞きながら、心の底までストンと落ちて行く“何か”を感じた。

 

 そうか、そうか。

 そう言うことか。

 

 俺はいつも思っていた。

 どうして“ぎょうかん”なんてまるで読めない俺が、あんなにも無意識に、周囲の望む言葉を口に出来るのだろう。行動できるのだろう、と。

 

 俺のマナの中には、どうやら1世界分にも及ぶ大勢の人々が住んでいるらしい。

 

 そんなに居たら、一人くらいは居てもおかしくない。

 強い後悔の上に勝ち取った“2回目”の彼らの“望み”に、気付いてあげられる者が。

 

 もしかすると、俺の中には、今までの彼らの望んだ者達に似た人物や、繋がりの深かった人物に近しい人間もいたのかもしれない。

何周も後の、その輪の中に。繰り返しの中に。

 

 俺はそれほどまでに沢山の人々と共に生きている。

だからこそ、俺は気付いていないのに、気付けてきた。行動できてきた。

 

「なんだ、それ」

 

 全部“俺”の言葉だ、行動だと思っていたソレらは、滑稽にも“俺”の言葉ではなかった。

 

「バカらしい」

 

 そんな事も知らずに、俺ときたら周囲が俺に向けてくれる笑顔や優しさや特別を、まるで俺に向けられているのだと勘違いをして。

 挙句、違うと分かると相手から突き放される。

 

“お前は望んだ者ではなかった”と。

———-また、子供を作りましょう!次は絶対に“あの子”よ!

 

 そうだ。俺は“あの子”じゃない。

 アウトだ。

 

「でも、確かに俺だって考えてたんだ。笑って欲しいって思ってたんだ。みんなが幸せな顔になればいいなって思ってたんだ」

 

 そう思って“アウト”が思った事。口にした事。行動した事。

 どれもこれもが、やっぱり、俺が……いや、“アウト”が思った事で、感じた事で、やった事で。

そして、貴方達に“してあげたい”と思った事だったのに。

 いつも、いつも、いつも。

 

 “アウト”は無視される。

 “アウト”の行動は、いつも貴方達の望む過去の“誰か”へと還元されてしまう。

 挿げ替えられてしまう。

 

——-お前、もしかして、

ちがう!

 

——-あなたって、

ちがう、ちがう!

 

——-やっぱり……インだった

なんでっ!

 

——-ねえ、おにいちゃん

なんでなんでなんで!

 

 

——-ずっと、会いたかった……イン!

なんで……。

 

 

 皆、俺が“俺”だったから笑ってくれたんじゃなかったのか。

 俺の中に、お前らの“望むナニか”を垣間見る事もなかったら、俺なんて関わる事もなかったか。

皆、俺の事を見て、一体“誰”を見ていたんだ。

 

 なぁ、“アウト”は必要?

 この世界で必要?大事?誰か“俺”の事をお気に入りにしてくれる?

 

 

——–お前の名前はアウトだ。いいかい?大切な名前だから、忘れないで。

 

 お父さん、会いたいよ。

 

 

 俺はヴァイスに体ごと抱き着くと、頭をヴァイスの胸へとくっつけた。涙は出ない。もう、そんなものが流れるような心は残っていない。

 

「アウト」

「お父さんだけだったのに」

 

 俺を“アウト”にしてくれたのも、大事なモノとして選んでくれたのも。全部、お父さんだけだったのに。

 

「そんな、お父さんももう居ない」

俺が殺したから。

 

 なんだ、この世界。

 何をどう頑張っても、もう誰も俺を見てくれないじゃないか。

 誰も?いや、違う。誰も、じゃないな。

 

 俺は慣れていた筈だ。

そんなの“当たり前”だと慣れていた筈だったのに。

 

———そしたら、アウト。今度は“お前”が居なくなったりしないよな?

 

「アイツは嘘つきだ。別に、アウトなんてどうでも良い癖に」

 

 ウィズが、俺を、“アウト”を選ばない事は分かっている。ずっと、俺を見ながらインを見ていた事も知っている。

 見ていたら分かる。話していたら、分かる。全部、分かる。

 

——–お前だって、ウィズのこと。

 あぁ、そうさ。バイ。よく分かってるじゃないか。

 だって、俺はウィズの事を――

 

「あいしているから」

 

 俺の言葉はなんとも空虚だった。もう、俺すらも、自分の言葉に自分であるという自信がなくなっていた。

 この俺の気持ちだって、俺の世界に住む、沢山の人々の誰かのモノで、もう実際には“アウト”なんて居ないのかもしれない。

 

 

 あぁ、バカバカしい。

 本当にバカバカしい。俺として、何か思考するのも疲れた。何をする気も起きない。

 こんな、俺を受け入れる気のない世界で、どう生きろと言うんだ。

 

「よしよし。アウト。辛いね。世界は酷いよね。怖いやつだ。僕もこの世界なんて大嫌いさ」

 

 俺の頭が、後ろ手に撫でられるのを感じる。

 俺はヴァイスに抱き着いていた手に力を籠めると、俺にはもうヴァイスしか居ないような気がした。

ヴァイスしか、分かってくれる人はいない。

 

 だって、ヴァイスだけは、俺を“お気に入り”と言ってくれる。

 それが、どんな理由であれ、ヴァイスだけは俺を“誰か”と挿げ替えたりはしなかった。

 ヴァイスだけ。

 

「そうだね。アウトの気持ちを分かってあげられるのも僕だけ。僕の気持ちを分かってくれるのもアウトだけ。アウトは僕とは正反対だけど、背中はくっついてる。背中はぴったりくっついていて、ただ、見ている方向が違うだけ」

「うん。世界に見て貰えないのも、世界から離して貰えないのも。どっちも、最悪」

 

 そうだ。俺を選ばない世界なんて、俺だって要らない。

 この世界で書き記したい事なんて、メモして残したい事なんてない。

 

 ベッドの脇に、投げるように置いたメモ帳の事を思い出す。ウィズが買ってくれた新しいメモ帳。結局、俺がアレに何か書いたのは、ウィズから手帳を貰った瞬間に書いた、あの言葉だけだった。

 

 

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