241:鍵を継承し続ける者に

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 静かな部屋に、誰かが入ってくる音がする。扉の開けられる音。

 一歩一歩、近づいてくる足音。

 ギシと、俺の横になっているベッドが軋む音がした。そして、軋んだと思ったら、それまで肩までかけられていた毛布がそっと剥ぎ取られる。

 ヒヤリとした、冬の冷たい空気が首筋に触れる。

 

 寒い。

 

 けれど、それだけでは終わらなかった。俺はどうやら、着ていた寝衣の前のボタンを一つ一つ外されているようで、更に冷気が体の中へと入り込んでいく。

 

 寒い。

 

 全てのボタンが外された。外されて、冷たい、冷たい何かが俺の体に触れる。触れ、体にある“何か”をなぞるように、トン、トン、トンと触れて行く。時折、ツと線を引くように触れるその何か。

 

 それはまるで何かの儀式のようで、俺はただそれを静かに受け入れる。

 そして、ひとしきり俺の体に“何か”が触れた後。

唐突に、ソレはきた。

 

「……」

 

 誰かの吐息が、俺の体に触れる。先程までの冷たいソレとは異なり、今度のソレは明らかに違った。暖かく、湿って、そして体に吸い付くような感覚。ピリと電流が走るような感触。

 まったく、変な病気でなくて本当に良かった。

 

「インに会う為の、おまじないか」

「っ!」

 

 俺はイタズラでも成功したような気分で、俺の体に覆いかぶさるウィズに声を掛けると「よいしょ」と体を起こした。

 どうやら外は白み始めているようで、窓掛の隙間からうっすらとした朝日が漏れてきている。

 

「アウト……いつから、気付いてた」

「少し前。ほんと、寒いんだからな。ソレされると」

 

 俺は新しく付けられた後を指さしながら笑って言うと、ハッキリ言って気まずいのだろう。俺から目を逸らして「すまない」と呟くウィズに、ひとまず開いたボタンを一つ一つ留めていった。

 

「まったく、最初は病気かと思ったんだぞ!」

「……」

「今日は帰ってこれたんだな。おつかれ」

「……」

「最近、仕事が忙しかったみたいだけど、どうだ?そろそろ休めそうか?」

「……」

「まさか、今日もこの後、仕事なんて言わないよな?」

 

 一切返事をせず、ただ俯くウィズに、俺はともかく話しかけ続ける。最初に顔を見た時から、様子がおかしいのは分かっていた。

 顔色は悪く、血の気を無くして真っ白。触れた手は、きっと今の状態の薄着で帰ってきたせいだろう。驚くほど冷たくて、まるで血の通っていない人形のようだ。

 

「何か、俺に言いたい事があるんじゃないか」

 

 俺は全てのボタンを留め終わると、俯くウィズの手にそっと触れた。けれど、触れた瞬間、その手は勢いよく叩き落とされる。

 

「って」

 

 叩き落とされた手は、たったそれだけの事なのにみるみるうちに赤くなる。たったコレだけの事で、こんな風になるなんて。

 俺の体はとことん弱くなってしまった。

 いや、この世界に見捨てられたと言った方がいいのか。

 

「あ、アウト。ちがう。すまない」

 

 俺の手を叩き落とした当の本人が、一番驚いているようで、自身の手をジッと見つめ、その手は微かに震えていた。

 もう、ウィズも限界なのだろう。早く、本音を言わせて、一刻も早くインに会わせてやらないと。

 

 きっと、ウィズが次は。

 

 

「ウィズ……オブでもいい。言いたい事があるんだろ?言っていい。全部、言うといい」

 

 

 ヴァイスのようになる。

 終わりのない記憶の継承を、きっと今度はこのウィズが行う事になるのだろう。そして、最後にはインの事すら忘れて、自分が何に後悔したのかも分からなくなる。

 

 永遠の苦しみの輪の中に、第6輪目に。

 ウィズを、オブを、行かせてはいけない。

 

「俺は……インに、会わないといけない。会いたい」

「そうだな」

「けれど、もうここで会えなければ……きっと“次”はない……」

 

 ヴァイスの言っていたように、ウィズも全てを知った後なのだろう。口にしながら、最早苦しくて仕方がないとでも言うように、頭を抱える。

 

「アウト、お前。言ったよな……?インは必ずこの世界のどこかに居ると」

「あぁ、言った」

 

 この体の跡が、一体ウィズにとってどんな意味を示すのか、俺には分からない。けれど、ウィズは毎晩この部屋にやって来ては、呟きながら一つ一つ丁寧に跡を付けていった。

 

———あと、一つ。それで“あの時”と同じになる。

 

 あの時。

 あの時が一体どの時なのか。何なのか。

 

「じゃあ……一体、インは、どこに居るんだ?」

「ウィズ」

 

 ただ、今日付けたこの最後の一つで、ウィズの望みであったモノが完成したのだ。数え、なぞり、辿るように、ウィズは俺の体を眺めていた。

 

「アウト。俺は、ずっと」

 

 俺は目の前で泣きそうな顔で俺の肩を掴むウィズに、オブに、ただ何も言わず、その目を見つめてやる事しか出来なかった。

 

「ずっと!お前が“イン”だと思っていた!」

 

 

 耳を、塞ぎたい。

 けれど、塞ぐことは許されない。

 

「けれど!違った!インに、あんな最期だったインにっ!後悔がない訳がないっ!インは“俺”に最期まで会いたがっていた!俺に言いたい事も山ほどある筈だ!そんなインが!鍵を持たぬ筈がないだろうっ!?」

 

 

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