「クソッ!クソクソクソクソ!」
「おや。君がそんな汚い言葉を使うなんて珍しい。いや、まぁね。口に出していないだけで、心の中はいつもそんなもんだったのかな?」
「うるさいっ!黙れ!」
あぁ、腹が立つ腹が立つ!
アウトの全身から放たれるマナと、この目の前の飄々とした表情を浮かべる幼顔の男の放つマナは、最早完全に一致していた。その事実が、俺にとっては頭を掻きむしりたいくらい我慢ならない。
「ねぇ、ウィズ。お前さ、どうしてアウトがこんな風になったか、理由は分かるかい?」
そう、訳知り顔で口にされるその言葉にも腹が立つ。その顔は俺に『僕はアウトの事なら何でも知っているよ。お前と違ってね』と、言外に匂わせてくる。
「いいから出て行け!さもないとっ!」
コイツの口からこれ以上、俺の知らない“アウト”の話など聞きたくなかった。だから、俺はコイツを部屋から叩き出すべく、部屋中を俺のマナで充満させた。俺にとって、不都合で気に食わない存在を排除する為に。
それは、本当に子供の駄々となんら変わりなかった。けれど、俺は生来こういう奴だ。もう、どうしようもない愚かな男なのだ。こうやっていく生き方しか、知らないのだ。
けれど――。
「……はぁ、あのさ。たかだか一回目の分際で、僕をどうこうできると思ってる?」
「っ!」
どうしてだろう。
どうして、コイツはこんなにも涼しい顔で、此処に立っていられるのだろう。俺の拒絶のマナで満たされた、この部屋の中で、どうして顔色一つ変えずにいられる?
本来ならば、立っている事すら出来ない程の圧をかけているというのに。
「……お前。一体、何を」
それに、コイツは一体、何を言っているのだろう。一回目、そう確かに言った。その“一回目”の言葉に、俺はほんの数日前に解読した禁書を思い出していた。そして、本能的に察する。
1回目。それは記憶の継承の回数である、と。
「まさか」
「そのまさか、だよ。ウィズ。きっと君はこれから僕の後輩になるだろう」
———無限の繰り返しの、ね。
「お前はもう、きっとこの輪での生をどこで終えたとしても、次への鍵を手にするだろう。アウトも随分珍しい性質だったけど、ウィズ。お前もお前で、僕にとっては凄く興味深い存在だったよ」
そう、目を伏せ口元に笑みを浮かべる幼顔の少年の体に、俺は息を呑んだ。それまで、ごく一般的な神官のマナの総量しか持ち合わせていなかった筈のヴァイスの下腹部から、計り知れない程のマナを感じる。
これは、明らかに一人の人間の持てるマナの量ではない。もう、そんなモノは遥かに超えている。
言うなれば、世界の人間をまるごと、その腹に収めたような、そんな無限のマナの量だ。
「無限の、繰り返し。だから、お前はそんな……」
「ウィズ。お前は説明しなくても分かるから助かるよ。お前は別に僕の“お気に入り”ではないから教えてやるつもりなんてなかったけど、まぁ、いっか!お前も面白い奴だしね!僕の存在は、今お前が考えているような内容で、概ね合っていると思うよ。大正解!」
そう、パチパチと拍手を送ってくるヴァイスの姿に、俺はゴクリと唾液を飲み下した。
無限のマナ。無限の繰り返し。このヴァイスという、一見少年のような男のマナは、幾千幾万ものマナの残滓の亡骸の上に立っている。
そして、コイツの言う通り、きっとこれはいつか遠い未来の俺の姿そのものに違いない。俺は抜けられない第6輪目に、片足を付けてしまっているのだろう。
「ウィズ。お前も僕の“退屈”をしのいでくれた一人だ。だから、特別に今の“ウィズ”について分かる事を教えてあげよう」
それまで、アウトを挟んでベッドの反対側に立っていたヴァイスが、一歩一歩、俺の方へと近づいてくる。その姿に、俺は言い知れぬ恐怖と、そして気持ち悪さを全身に感じた。
コイツは、俺を暴こうとしている。俺の、俺すら知らぬ、俺と言う深淵の本質を。
「本来、この第1輪目で鍵を持ったまま生まれた人間って言うのはね、何も淀みのない真っ白なマナに対し、鍵を持ったマナの残滓が上書きされる事で、その全てを継承するんだ。記憶も、人格も、体内のマナも。だから、本当は今のお前みたいになる事は、あり得ない事なんだ」
「な、なにを」
いつの間にか目の前までやって来ていた、目を爛々と輝かせて此方を見上げてくるヴァイスに、俺は本能的に一歩引いた。引いたが、ヴァイスの手は容赦なく俺の下腹部へと触れ、そのまま俺の“中”へと入り込んで来た。
「もう、今やお前は完全に2つに分かれたね」
「やっ、やめろ……俺に触るな」
俺の弱弱しい拒絶の言葉など気にせず、ヴァイスは俺の下腹部、引いてはマナの器を縦横無尽にその手でかき乱す。俺の中にある2つの意識を、面白がるようにかき回すのだ。
「ねぇ。その“俺”ってどっち?どっちの事を言ってる?こっち?それともコッチ?」
“こっち”と“コッチ”。
一体どっちがどっちで、どっちがどれだ。俺は深淵を他人にかき回される感覚に、生理的な嫌悪と、そして身体的な嫌悪が頂点に達するのを感じた。
「うっ、え」
「汚いなあ」
俺は急激に胃から何かがせりあがってくるような感覚に、思わず口元を抑える。手の隙間から、俺の中から出てきた胃液がポタポタと床に落ちて行く。
あぁ、何か嘔吐しようにも、俺はここ最近、一切何も口にしていなかった。お陰で、助かった。
こんなヤツの前で、要らぬ醜態をさらさずに済んだ。