17:金持ち父さん、貧乏父さん(17)

『おや、おやおやおや?』

 

 

 俺は子供達の集まる原っぱで、二人の似た顔の子狼達が睨み合っているのをを発見した。すぐ傍には、大勢の村の子供らや、インとフロムも集まっている。皆どこか興奮気味で『やれ!やれ!』と囃し立てている。

 

 その中にあって、インだけは一人オロオロとその場でフロムに『あの二人を止めないと!』と詰め寄っている。まぁ、そんなインの懇願など、フロムは一切意に介した様子はなく『いいじゃねぇか!面白そうだし!』と、楽しそうに言葉を返すのみ。

 

 ふうむ!どうやら今からあの子狼2匹が、縄張り争いでもするらしい。まったく、男の子ってやつは、いつでも最後の解決策が暴力だ!

 

『やぁ!子供達!今日はなにか?今からその二人の賭け試合でも始まるのか!?』

 

 そんな俺の登場に、周囲にいた子供達が一斉に『スルーだ!』『変わり者だ!』と俺に向かって駆け寄ってくる。いや、本当に俺と言う人間は愛好者が多くて困りモノだ。

 

『子供の喧嘩に“大人”が口を挟まないでください。スルーさん』

『お父さん!オブとビロウが今からいっきうちするんだって!止めて!いっきうちは相手が死ぬまでやるんだって!』

 

 そんな中、オブとインから相反するご要望が、大人の俺へと提示された。いやはや。俺は一体どっちの言う事を聞けばよいのやら。

 

『イン!おれは、こんなインをバカにするような下品な奴には負けない!』

『何言ってんだ!?最近まで僕僕言ってたやつに、オレが負ける訳ないだろ!?泣き虫オブが!』

『うっ、うるさい!?』

 

 俺が頭を捻らせている間も、子狼達は互いににらみ合い、今にも飛び掛からん勢いだ。しかも、それまで止めて!と言っていたインが、先程の夕まぐれの子供が口にした言葉に『オブって泣き虫だったの?』などと空気を読まずに発言するものだから、事態は更に悪化の一途をたどった。

 

 インの言葉にオブは顔を真っ赤にさせると『ビロウ!お前!』と、拳をきつく握り締め、殴る準備万端と言った様子になってしまったのだ。

 まったく、インはオブを止めたいのか、けしかけたいのか、一体どっちなんだ。

 

『ここは大人の出番だな!』

 

 俺は渦中の二人に近づくと『スルーさんは邪魔するなよ!』と喚き散らすオブを無視して、夕まぐれの子供の方へと向き直った。

 

『な、なんだよ。貧乏人の大人。お前、この俺に手を出したらどうなるのか分かってるのか!?』

 

 あぁ!いけない!

 野生の小さな生き物は上から手を出すと、怖くて噛みつく恐れがあるのだった!

 

 俺は高かった視線を落とすべく、ひょいとその場に座り込んだ。これで相手の顔も立場も対等になった。互いの顔がよく見えていいじゃないか!

 

『夕まぐれの子!こないだは、我が娘!ニアの暴れ馬のような酷いダンスに付き合ってもらって、たいそう感謝しているぞ!』

『っ!に、に、あ、あの子のお父さん!?』

『そうだ!夕まぐれの子!キミは見込みがある!あの下手くそのニアと、ダンス中は顔色も変えず、むしろ笑顔で踊り続けただけでなく、今もニアに踏まれて痛いであろう足の事も何も言わない!素晴らしい!』

 

 俺は夕まぐれの子の肩をポンポンと叩いてやると、先程まで、オブを小馬鹿にするような色に染められていた瞳が、一気に喜色に染め上げられていくのを目の当たりにした。

 こりゃあきっと、夕まぐれのヤツは、この子を褒めてやらなかったのだろう!ヨルといい、夕まぐれといい、何故アイツらは子供を正当に評価しない!

 

『お、お、俺は、男だから。そういうのでは、ぐちぐち言わないんだ。女の子には優しくしないといけないからな!ダンスだって、あの子は下手なんかじゃなかった』

『いや、下手だろ。ニアは』

 

 こういう可愛い女の子に心底弱い男ばかりだから、ニアが『わたしは、ダンスが下手じゃない』などと言い張るのだ。全く迷惑な話である!

 

『まぁ、ニアのダンスはいい。夕まぐれの子。キミに一つ聞きたい事がある。答えてくれたら、キミにニアの居場所を教えよう』

『えっ!』

『こんな所で喧嘩なんかをするより、キミのような男は他にするべき事があるのでは?』

 

 そう、俺が片目を瞬かせて言ってやれば、目の前の夕まぐれの子の顔が、一気に明るく熟れた果実のような色に染められた。その顔は、やはり親子。あの夕まぐれの顔とソックリだ。

 

『な、何が聞きたいんだ!?あの可愛い女の子の親!』

『俺が言うのもなんだが、凄い呼び方だな。ニアと呼べばいいだろう!』

『いいのか!?』

『いいもなにも、いいだろ!名前なんだから!』

 

 後ろから!ダメだダメだ!と騒ぎ散らすフロムのやかましい声と共に、俺の背中にガツガツと小さな拳で殴られる衝撃が走るが、ともかく俺は、それら全てを無視した。

 なんなら、序盤からずっと『スルーさん!?』と俺に向かって怒声を響かせ、今や『おい!スルー!』と、ガッツリ呼び捨てになっているオブも、しっかりと無視し続けている。どうでも良い事を気にせず歩き続けること!

 それが一番俺は得意だ!

 

『ニ、ニア』

『そうそう!いいじゃないか!で、一ついいか?』

『なんだ。ニアの親』

 

 ニアの親。まぁ、先程の“あの可愛い女の子の親”よりはマシになった。これでは一体俺はどこの可愛い女の子の親か、分かったものじゃないからな!

 

『お前に兄弟は居るか?』

『いる』

『兄か?弟か?それとも』

『お姉さまが居る』

 

 よし!予想通りだ!

 俺はニアと踊る夕まぐれの姿を思い出しながら、グッと拳を握りしめた。

 

『姉さまは何歳だ?』

『12歳。もうすぐプレ社交界デビューをする』

『ぷれしゃこうかいでびゅー?それはなにをするんだ?』

 

 そう余りにも聞き馴染みのない言葉に、俺が首を傾げると、夕まぐれの子は酷く得意気に俺に“ぷれしゃこうかいでびゅー”について教えてくれた。

 

 しゃこうかいでびゅー。

 どうやら、それは貴族の女の子の中では、とても重要な儀式の一つで、それをする事で一人前の貴族の女の子として認められるモノだという。つまり、女の子にとっての”成人の儀”のようなものなのだろう。

 

 ただ、成人の儀同様、本当の“しゃこうかいでびゅー”は16歳。

 そこで本来ならば結婚相手に見初められたり、自身の在り様を貴族界へと見せつけ、その後のきぞくしゃかいでの……とまぁ、得意気に夕まぐれの子が説明してくれたが、あまり俺には意味が分からなかった。

 

 そして、その16歳の”しゃこうかいでびゅー”の前段階で行われるのが“ぷれしゃこうかいでびゅー”。12歳になった女の子が、父親に連れられて貴族の世界を見て回る、貴族社会の見学のようなものらしいのだが――。

 

『本当に素晴らしい女性というのは、もうプレ社交界デビューの時から一目置かれるんだ!うちのお姉さまは美人だから、きっとプレ社交界デビューでも話題になるだろうさ!お父様も鼻が高いとおっしゃっていた!』

『父親に連れられ……というと、それは父親と何かするのか?』

『する。プレ社交界デビューは、まだ他の男が手を出してはいけませんという事で、父親と娘が皆の前でダンスをするんだ!きっと皆見惚れるにちがいないぞ!』

『…………そうか』

 

 俺は目の前で、父親と姉のダンス姿でも思い浮かべているのだろう。先程、ニアを想い浮かべている時とは、また違った明るい顔で語ってくる、夕まぐれの子の、その純粋極まりない頭をよしよしと撫でてやった。

 

 すると、よしよしに対し、余りにもビックリしたのだろう。

 頭を撫でてやっている最中、ピシリと体を固めてしまった夕まぐれの子の姿に、俺は『夕まぐれのヤツ、子供の頭をよしよしもしてやった事がないのか!?』と衝撃的な気分だった。

 なにせ、よしよし慣れを一切していない。体も表情もガッチガチじゃないか!

 

 これは、まるで初めて抱擁をしてやった時の、ヨルと全く同じ反応だ。

 

『よしよし。礼にニアの居場所を教えてやろう』

『っ』

 

 知りたい事も知れた。言ってやらねばならない事も見えてきた。

 だとすれば、この後は子供達だけで好きに遊ぶ時間だ。大人はそろそろ退散しよう。

 

『ニアは、そこに居る』

『なあに。最近、お父さんはかってね!すごくかって!私もひまじゃないのよ!』

 

 俺は此処に来る前にニアに原っぱに来るようにと声をかけていた!こんな事もあろうかとな!

 

『に、に、にぁ』

 

 なんだ、子猫か?子猫でも居るのか?

 そう、俺は隣で囁くように口にされた娘の名に苦笑していると、それまで俺の背中を延々と叩き続けていたフロムが、すぐにニアへと駆け寄った。

 

『ニア!ここから離れろ!コイツはお前に恋をしている!』

『おおおおい!何言ってんだ!』

『下らない、行こ。イン。二人の秘密基地に』

『うん!行こう行こう!』

『なあに?その子が私を好きなのはしってるわ!あと、フロムが私を好きなのも知ってる!当たり前だもの』

『えっ!?えっ』

『そうだ!当たり前だ!』

『オブ、今日はなにする?』

『酒場を作る計画を立てよう』

『いいね!』

 

 あぁ!これだから子供って良い!素晴らしい!

 俺は急に好き勝手動き始めた子供達の作り上げた、夏の嵐の真っただ中のような空間に、思わず腹を抱えて笑ってしまった。

 

『っはははは!いいな!お前ら本当に!』

 

 周りの事なんて気にしなくていい!好きな事を好きなようにやって、でも皆楽しそうだ!

 

 俺はしばらく、その変な空間を眺め、ひとしきり楽しみつくしたのだった。