(外伝20):金持ち父さん、貧乏父さん(20)

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『スルー、お前。今日はいやに大人しいな』

『……ヨル』

 

 俺は今日も今日とて、月に照らされたヨルと共に原っぱに座り込んでいた。あぁ、今日もヨルは素敵の上の素敵が月まで到達している。

 やはり、ヨルはいつ見ても素敵だ。

 それなのに、俺ときたら。

 

『エアも急に大人しくなっていたが、アレはお前が原因か。それともアレが原因で、お前が大人しいのか』

『……ヨルは』

 

 エア。確かそれは夕まぐれの名だった筈だ。そうか、夕まぐれも今日は元気が少なくなってしまったか。それはそうだろう。

 ニアの言葉が俺も未だに耳をついて離れないのだから。

 

———-おとうさんはその時までの“代わりの”おうじさまなんだから!

 

『ヨルには、娘はいるか?』

『娘?いや、俺の子はオブだけだ』

『そうか、じゃあ。わからんだろうな。俺と夕まぐれの気持ちは』

 

 そうか、そうか。ヨルの子はオブだけだったか。

 確かに、あのオブの性格は、兄弟に揉まれたような“粗さ”がない。オブは、あのぼんやりしたインと苦もなく合わせられる空気感を持っていると思ってはいたが、それは一人っ子故のモノだったのかもしれない。

 

『なんだと?』

『え?』

『今、なんと言った』

 

 俺がまたしてもニアの言葉を脳内で反芻させていると、隣から急に不穏な空気が流れてきた。これは、夜の嵐の前触れの空気感である!

 どうした!なぜだ!最近のヨルはすぐに嵐の前になるじゃないか!

 

『なぜ、エアに分かって俺に分からない等と、屈辱的な事を言う』

『くつじょく……?よく分からんが、あれだ。娘がいなければ、なかなか理解し難かろうなというだけで』

『俺は……エアのように、自己評価を過大にする自惚れ屋とは違う。違うが故に、俺の自己評価は限りなく正しい。断じて自惚れている訳ではなく、事実として、俺には深い理解力がある。つまり』

———頭がいい。

 

 至極真面目な顔で、何を言い出すかと思えば。

 俺はヨルの顔を見ながら、ただ何と言って良いのか分からなかった。いや、ヨルが頭が良いのは分かる。

 

 俺が一番ヨルの事は知っている!この村の誰よりも!

 だから、俺は分かってしまった!一体ヨルが何を言いたいのか!求めているのかを!

 

『そうか!ヨル!分かったぞ!お前は俺に褒めて欲しいんだな!』

『ちがう!エアに理解できて、俺に理解できない事などないと言いたいんだ!昔から学府での成績は、兄弟の中で、俺が最も良かった!』

『そうか!凄いじゃないか!末っ子が一番頭が良いというのは、まるでうちと同じだ!すごい!すごいぞ!ヨルお前はすごい!』

『ち、ちがう……俺はそんな事を言って欲しい訳では』

 

 戸惑いながらも、先程までの夜の嵐がシュンと収まっていくのを、俺はこの肌でヒシヒシと感じた。ほら!やっぱりそうだ!俺はヨルの一番の理解者だから分かるのだ!

 

 ヨルは褒めてほしいんだ!よしよしして欲しいんだ!俺は分かる!

 

『ヨル!こい!よしよししてやる!』

『……ちょっ、ちょっと、待て』

『ほら!早く!』

 

 正当な評価は人をもっと頑張らせる。逆に正当な評価を貰えないと、人はどんどん頑張れずに腐っていくか、自分を下へ下へと落としていく。だから、ヨルは今まで勝手に自分から夕まぐれの下に向かっていたのだ。

 

 それに気を良くした夕まぐれは、今度は自分の不安から目を背けるのに、ヨルを見下して他者との距離感を狂わせた。

 

 これは“よしよし”がいかに大事か分かる、とても大事な例だ!世界中の人間には皆誰しも、隣に“よしよし”してくれる他人が必要だ!皆、よしよしして、そして、今度はよしよしされなければならない!

 そうすれば、世界はいつも平和だ!

 

 ヨルにとっては、それが俺だ!俺だけだ!

 

『よしよし、ヨル。お前は一番頭が良くて、理解力がある。俺がそれを一番に知っているぞ!よしよし。よしよし』

『…………』

『ヨルの素敵は月まで届く程だ!よしよし。そんなヤツはそうは居ない!よしよし』

 

 こうして俺は、その晩。夜の嵐を見事鎮めた。

 嵐を鎮め、俺の知るヨルの素晴らしさを歌うように語りながら、ひたすらによしよしをした。

 どうやら、俺はヨルをよしよしすると、俺まで元気になっていくという不思議な状態になる事を知った。先程まで感じていた、娘へのモヤモヤはなくなり、今はただ、ただ、カラカラに元気だった。

 

『今日は、もう……帰ろう』

『もうか?』

『……少し、考えたい事が出来た』

 

 そう、頭の良い、理解力のあるヨルですら、どうやらすぐに理解できない事にぶち当たってしまったらしい。

 それなら仕方がない。理解力のない俺では、きっとその謎を共に考えてやる事はできないだろうから。今日は少し早いが、ここでおやすみをしよう。

 

『ヨル、また明日!おやすみ!』

『……ああ』

 

 ただ、よしよしのし過ぎで、帰り際のヨルは俺が見たことのない程、ぐしゃぐしゃの髪の毛になっていた。本当は最後に髪を整えてやりたかったのだが、ヨルが余りにも真剣な顔で、口元を抑えて考え事に集中するものだから、俺はもう手出しできなかった。

 

 ヨルの事だ、きっと凄まじく難しい。きっと世界の、なにか、おおきな、なにか、ともかく難しい、おおきな……なにかを考えているに違いない!

 明日、ヨルがその答えに辿り着いていたら、俺はまた、よしよししてやればいい!

 

 俺は、ヨルがきちんと答えに辿り着いていればいいなぁと思いながら、夜の小道を踊るように帰って行った。

 

 

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