258:月の同族嫌悪

『なんなんですか!マスターがお休みって書いているのに!貴方にはコレが見えないんですか?』

 

 俺と扉の間に、一人の兵士の格好をした若者が割って入ってきた。

 俺を見上げてくる、その戸惑ったような表情。あぁ、どうやら、コレもどこかで見覚えがある。

 

「……お前」

 

 そうだ、思い出した。この表情。

 この顔は、あのアズという画家と、教え子のセイブが、周囲の目など気にせず互いに見つめ合っている様子を目撃し、戸惑っているアウトの表情そのものじゃないか。

 

「別に関係ないだろ。俺はアウトに用がある。店の客ではないのだから、この札に従う必要など一切ない筈だ」

『そんな……』

「さすが、俺様、ウィズ様。物凄い俺様な理論を持ちだしてきたね」

 

 兵士の格好の若者と、ヴァイスが同時に俺を見る目に呆れの色を強くする。けれど、俺に問ってはコイツらからの俺への評価など、一切合切どうでも良い。

 俺は客ではない。不法侵入者だ。だから、どこへでも好き勝手入らせてもらう。

 

『……あの、今アウトって言いました?』

「あぁ。お前らの言う所の“マスター”の名前だ。よく覚えておけ」

 

 憮然として答えてやれば、その兵士の若者は『アウト』と、何度か口に馴染ませるように呟くと、ゆっくり店の入り口へと目を向けた。

 

『マスターったら、俺達の名前は大切だから忘れないでねって言って思い出させてくれた癖に、自分はすっかり忘れてるんだもんな』

「……アウトが、そんな事を」

『そうです。マスターは最近、ずっと必死だった。客である俺達の中に“イン”って人が居ないか、ずーっとずっと、探し回っていた』

———ファーと一緒に。

 

 アウトがインを探している。ファーと共に。

 その流れるように出て来た単語と言葉の流れに、俺は、扉にかけていた手にグッと力を込めた。

 

「へぇ。だからアウトは自身のマナの深層まで潜っていたんだね。“イン”を探す為に。あぁ、それは一体、“誰”の為だろうねぇ」

「…………」

 

 やはり、そうだった。アウトが3日間も眠り続ける理由。その原因は、やっぱり俺だった。俺があの夜、アウトに投げつけた言葉のせいだ。

 

 

———–なにがっ!なにが!月みたい、だ!何が!ファーだ!なんなんだ!?お前は一体何なんだよ!?なぁっ!イン!インに会いたい!インに会わせて!僕を、インに!

 

 

 その言葉が、アウトの存在を揺るがし、こうして深い眠りへと縛り付けている。分かってはいたが、真正面から突きつけられた事実に、俺は改めて自身に、いや、“オブ”に一発重い拳をお見舞いしてやりたい気分だった。

 

 だいたい、何なんだ。あの身勝手な言葉は。一体アウトに何の謂れがあって、あんな言葉をアウトへとぶつけたというのだろう。

 

「身勝手甚だしいな」

「そうだねぇ。挙句、こうしてアウトが意図的に閉ざしている部分にまで、勝手に入り込もうとして、身勝手もこれ極まれりといったところだね!さすが“月の王様”だよ!」

「お前は、黙れ」

 

 俺は隣で楽し気に俺の傷を突いてくるヴァイスに、ギリと奥歯を噛み締めた。まぁ、どう反論しても俺に勝ち目などないので、それ以上は何も言わない。

 

 アウトはインを探して、見つけ出したらどうするつもりなのか。

 あぁ、そんなの、もちろん分かりきっている。

 

「インと交代なんて、そんな愚かな事はさせないぞ。アウト」

「いや、お前がそうしろって言ったからアウトは必死にインを探してるんでしょ?お前、身勝手を通り越して、希代の暴君なの?もう、首でも刎ねられたらどうだい?」

「アウトが刎ねてくれるのであれば、俺は喜んでソレを受け入れる」

「ひー!出たよ、出たよ!気持ち悪い重い想い!アウトもそんなの迫られたら迷惑だよ」

 

 そう言って心の底から俺への嫌悪を露わにしてくるヴァイスの表情も、俺は最早見慣れて見飽きた。こんなヤツの顔を見続けるのは、時間の無駄だ。

 なんでも良いから、そろそろ店に入るとしよう。

 

『あの!俺は斬首の仕方は、先輩にキッチリと習いましたから!俺、できますよ!やりましょうか?』

 

 それまで、しんみりしていた兵士の若者が、何故かこのタイミングで勢いを盛り返す。しかも笑顔で斬首の執行官への立候補ときたものだ。とんでもない立候補があったものである。

 まったく、こういう奴までアウトは身の内に平然と共存させているのか。

 

「っふふ。まったく。たまらないなっ」

 

 俺は思わず笑ってしまうと、ふと気になって尋ねてみた。

 

「おい、お前。名前は何という?」

『っ!』

 

 この世界の住人にとって、名は大切だ。何故なら、アウトとそれ以外を分けるのに、とても重要だから。だから、俺は尋ねたのだ。この若い兵士の名を。

 すると、若い兵士はしばらく驚いたような表情で、俺の顔を見つめると、どこか懐かしそうな表情を浮かべ、口を開いた。

 

『月の王様?貴方はまるで正反対のようなのに、とてもうちの王様と似ていますね。月と太陽、とても正反対なのに。とても良く似ている』

 

 不思議だなぁなどと、まるで幼い子供のような顔で俺を見てくる兵士の若者に、俺は本能的に湧き上がってくる、漫然とした不満を抑えられなかった。

 

「俺を、あんなギラギラとしたヤツと一緒にするな」

 

———ねぇ、ウィズ先生?

 

 そう、全く俺の事を師などと仰いでも居ない癖に、抵抗なく口にしてくる眩しい奴。俺は、アイツが苦手だ。苦手で、とても相性が悪い。

 

「ねぇ、ウィズ?知ってるかい。今思い出してる“彼”に抱いている感情。その名前を僕が教えてあげよう!」

「言わなくていい。黙れ。それで、お前。名は?」

 

 俺が再度、若い兵士に尋ねると、その兵士は苦笑して口を開いた。それと同時に、隣からヴァイスが余計な事を言うのは、殆ど同時だった。

 

———–ペンディングです。

———–同族嫌悪って言うんだよ。

 

 まったく困ったことに、俺は賢過ぎて、どちらの言葉もハッキリと聞き取ってしまった。

 何でもすぐに聞き取って理解してしまうというのも、考えものだ。理解したくないモノまで、流れるように頭が処理してしまう。

 

「なぁ、アウト?」

 

 そう、心の中でアウトへと言葉を語りかけると、次の瞬間、俺は扉に手を掛けていた手に力を込めた。

 

 

 

 

          ●

 

 

きみとぼくの冒険。第8巻。第6章

 

 

【どこ!どこ!どこ!】

 

 

 

 

王子様と私は、あの子の夢の中へとひょいと入りこみました。夢の中です。とうぜん最初はまっくらなトンネルを抜けるように、手探りで前へと進むつもりでいました。

 

そのつもりで、私はあの子にあげた指輪の光を辿っていくつもりだったのです。

 

けれど、なんという事でしょう!

夢の中に入り込んだ瞬間、私はとてもびっくりしてしまったのです。

 

そこは月の王国でした。あの子が夢の冒険に出る時、いつも王子様を迎えに行くので、もう見慣れた月の上。

 

星のオモチャに月の大穴。

それらは、いつも見ているふうけいと、まるきり同じで、私は夢の中に入り間違えて月の国へと来てしまったと、かんちがいしたほどです。

 

けれど、そんな筈はない。

だって、私はあの子の指輪の光が、月の王国のお城の中にあるのを見つけてしまいました。

そして、隣に居る王子様のゆびわも、同じようにお城の中に向かって光を飛ばします。

 

———ここにいるんだ。

 

隣で、王子様の声が聞こえます。

ええ、確かにそのようです。

 

ここは、向こう側そっくりの姿をしているけれど、やはりあの子の夢の中の世界で間違いありません。

 

私と王子様は光のしめすほうへと、いっぽいっぽ進んで行ったのでした。