(外伝20):金持ち父さん、貧乏父さん(20)

 

 歌う、歌う、歌う。

 

 

 とうとう、この日がやって来た。

 

 

『夕まぐれさん?あなた、明日、都会のおうちに帰るのよね?』

 

 夕まぐれとニアのダンス特訓最終日。

 まぁ、正確に言えば、夕まぐれが帰るのは明日。しかし、明日の昼には此処を発つそうなので、実質ニアとのダンス練習が出来るのも、今日までだ。

 

 二人は最初よりは互いの足を踏まなくはなったが、けれど、それにしたって2~3日で、見違える程上手くなるほど、世の中甘くはない。

 夕まぐれはニアの足を踏むし、ニアも夕まぐれの足を踏む。

 

 ただ、36回は5回に減った。

 あれ、意外と見違える程、上手くなっているのではないか?

 

『あぁ、そうだ』

 

 俺はダンス中に喋る余裕すら出てきた二人の横で、ただひたすらに歌い続ける。ニアが癇癪を起して、夕まぐれに自分を侮るな!と怒ったあの日から、俺は二人のダンスの先生ではなくなった。

 俺は、ただの音楽を奏でる楽器と化したのだ。

 

 ふうむ。これはこれで重要な役割なのだろうが、なかなか解せない役割である。

 

『私はおもったわ。夕まぐれさんはビニースにかっこうわるいところを見せたくないのよね?』

『……まあ、そうだな』

 

 それにしても、今更ながら凄い体格差だ。夕まぐれは俺よりも身長が大きいので、ニアも夕まぐれも踊るのはなかなか骨が折れるだろう。最初こそ、女神なんだから、とニアに発破をかけたが、いや、二人共よく踊っている。

 

『でもね、夕まぐれさん。ビニースはもう12歳でしょう?きっと、知らないフリをしてあげているだけで、夕まぐれさんが格好悪いことを、きっと、もうちゃんと知っているわよ?』

『……そんな筈は』

『あるのよ。だって、私。おとうさんが、ぴーちゃんが死んでこっそり大泣きしているのを見てビックリしたのは5歳の時よ?わたし、びっくりしたんだから。男の人は泣かないって思ってたから。でも、私はやさしいから、気付かないフリをしてあげたのよ』

 

 ニアの言葉に、夕まぐれが何とも言えない表情で俺の方を見てくる。いや、そんな顔で此方を見られたとて、俺もその事は今初めて知ったのだ。

 ニアが5歳の時ともなると、あれは15代目ぴーちゃんあたりかもしれない。

 

 しっかり周囲を確認していたとは思うのだが、まさか5歳のニアに見られていたとは。

 

 本当は歌を止めて『え!どこで見てたんだ!?』とニアに追求したいくらいだったのだが、如何せん、まだダンスは途中だ。歌が止められない以上、この妙に居たたまれない空間で、何も反応も取れぬまま、歌い続けるしかない。

 

『もしかしたら、夕まぐれさんがダンスを苦手な事だって、ビニースも5歳で気付いていたかも。女の子はね、やさしいから男の人が“本当に”気にしている事は口にしないのよ』

『そ、そんなものか?』

『そうよ、だからね。もういいと思うわ』

 

 あ、今、夕まぐれがニアの足に引っかかった。引っかかったうえで、一瞬夕まぐれの体勢が崩れかける。これは一旦ダンスが止まるな、と俺が思った時だった。

 

『っ!』

『お父さんが、格好良くないって事を知って、女の子はちょっとおとなになるわ』

 

 ニアの小さな体が、よろめいた夕まぐれの体を体重で支えた。あの体格差で、だ。しかも、ニアの表情は一見、そんな事は何もないかのように、一瞬も歪む事はない。

 ダンスは続く。何事もなかったかのように。

 

 待て、待ってくれ。ニア。そんなに早く大人になる必要はないんじゃないか?

 

 俺は少しだけ泣きそうな気分だった。

 2~3日でダンスが劇的に上手くなる程、世の中甘くないって誰か言ってくれよ。そんなに急に子供は大人になれないって、誰か俺を慰めてくれよ!

 

『わたしね、昨日聞いちゃったの』

『……どうした?』

 

 先程、夕まぐれの体を支えた時は全然表情を変えなかったニアが、ここへ来てくしゃりと泣きそうな表情を浮かべた。ダンスをする夕まぐれが、焦ったようにニアの顔を覗き込む。

 

『あのね。お兄ちゃんとフロムが、小さい子を集めて、言ってたの。私から足を踏まれても、せめないであげてって』

『……それは』

 

 あぁ、インとフロムのニアに対する優しさが完全に裏目に出た事態になっている。だからか!いつもはお兄ちゃんお兄ちゃんのニアが、昨日はインとは一緒に寝たくないと、ヴィアと俺のところにすり寄ってきたのは。

 

 あぁ、イン。フロム。

 お前らは本当に優しくて、だけど、女の子の扱いが下手くそだな。

 

『そしたら、小さい子達ね。わかった。知ってるから大丈夫って言ってたのよ……わたし、あんな小さい子達に、どうじょうされたの』

『同情、とはまた違うんじゃないのか?』

『どうじょうよ。私はダンスが下手で、かわいそうがられたの』

 

 あ、多分あの流れだと今度はニアが夕まぐれの進行方向に足を出して、足を踏まれるぞ。と、俺がまたしても“いつもの”彼らのダンスの実力による予想を立てた時だった。

 

『ニア。君は可哀想ではないだろ。立派だ』

『……どうじょうはいいわ』

『俺は、可哀想な女は好まない。しみったれて泣いてばかりな女は性に合わんからな。その点、ニアは違う』

 

 夕まぐれは、ニアが進行方向を塞ぐ事を分かっていたのだろう。一瞬にして、ダンスの移動場所を変え、そのままニアの足を踏む事なく、優雅に踊り続けている。

 

 あれ、あれれ?

 もうすぐ曲が終わるが、ダンスを中断する事なく、今のところ足は互いに一度も踏んではいない。

 

『ニアは、その辺によく居る、弱い女の子でもなければ、可愛いだけの女の子ではない。まるでビニースのようだ。でなければ、この俺がこんなに毎日一緒に踊ったりはしない』

『……あなた、びっくりするほど“うぬぼれや”よね』

『ニア。お前もな』

 

 ダンスがもうすぐ終わる。

 これは、予想以上の成果だ。それも、俺が口を挟まなくなってからの方が上達が早かった。なんだろうか、俺は心から今、自信を無くしつつあるぞ。

 

『だからね、もう私もいいかなって思ったの』

『なにを』

『自分がかっこうわるい事を、みとめても、いいかなって。そしたら、もう何でも出来そうな気がしてきたから』

『ほう』

『夕まぐれさんも。そうしたらいいかなって、教えてあげたのよ』

『それは良い事を聞いた』

 

 歌が終わった。そして、ダンスも同時に終わる。

 二人は優雅な姿勢のまま、しっかりと体を維持して、なにやらクスクスと笑っている。え、ニアのお父さんは俺なんだが。

 

『おい!夕まぐれ!ニアのお父さんは俺だぞ!』

『お父さんは黙ってて!今、私達は大事なところなのよ!』

『あぁ、大事なところだ』

『泣くぞ!』

『泣いてろ』

『泣いてなさい』

 

 俺は二人で何かをクスクスと笑いながら話すのを、何も言わずに眺める事しか出来なかった。

 なんだ、なんだ!俺は蚊帳の外か!俺が二人を一緒にダンスさせようと考えたのに、なんだこれは!俺なんて居ないようなものじゃないか!

 

『夕まぐれさん、明日お見送りにいくわ。村の広場を通って帰ってちょうだい』

『あぁ、わかった』

『お父さんも、もちろん一緒に来てよね!』

『いやだ!』

『来ないと、私はお父さんを一生きらいになるわ!』

『行くから嫌いにならないでくれ!ニア!』

 

 嫌いになると言われれば行くしかない。まったく、俺は最近ずっとニアによって道化にさせられている!まったく!まったく!である。

 

『じゃあ、明日もあるし。私のサヨナラは明日言うわ。じゃあ、また明日ね。夕まぐれさん』

『また明日な、ニア』

 

 俺はスカートを揺らめかせ、振り返る事なく走り去っていったニアに、まるでそれが、大人へ向かって駆け抜ける姿のように思えて寂しくて仕方がなかった。

 こんなに早く、女の子は大人になるなんて!聞いてないぞ!

 

『なんだよ!友達みたいに!』

『お前、一体どんなヤキモチの焼き方してんだ……まぁ、戦友みたいなもんだからな』

『ニアは俺の娘で、俺がお前のダンスにと連れて来てやったんだからな!』

『ハイハイ、感謝してる。感謝してる』

 

 面倒臭そうに、脱ぎ捨てていた上着を着ながら頷く夕まぐれは、最初に見た頃の顔よりも、大分と嫌味な部分が抜け落ちている。

 きっと、ニアとのダンスが夕まぐれを変えたのだ。そして、それは逆もまたしかりだ。

 

『なぁ、スルー』

『なんだよ。ニアは俺の娘だからな。夕まぐれの娘にはさせない』

『人ん家の娘を勝手に攫ったりするかよ。そして、アレが黙って攫われるようなタマか?いや、そうじゃなくて、だ』

 

 夕まぐれは、形の良い上着についた砂や草を払いながら、何気なく俺の方へと向き直ってきた。なんだ、またアレか。

 

『つばつきやろうのばいしゅんふ?か?』

『それはいい!それはもう忘れろ!……アレだ、最近。俺の弟とはどうだ?上手くやれてるか?』

『なんだ?急に』

『アイツ、最近様子が変じゃないか?』

 

 夕まぐれの問いに、俺は最近の、いや、昨日の夜のヨルを思った。

様子がおかしい?ヨルの?そんな……

 

『……確かに、おかしいな!』

『ふふ。お前の前だと更にだろう』

 

 弟の様子がおかしくて笑うなど、やっぱりコイツは非常に嫌な兄貴である!やっぱり、準備しておいた春はやらない事にした。ポケットに白の花を摘んできたのだが、これはやはり俺の頭行きだな。

 

『物凄くむつかしい事を考えてるんだ。頭の良いのに、会う度にずっと何かを考え込んでいる。かわいそうなんだぞ!お前も兄貴なら、一緒に考えてやったらどうだ!』

『ぶはっ!俺はアイツの兄貴だからな!アイツの悩みの答えを知っている!面白いから教えてやらんだけだ』

『お前は……!本当に嫌な奴だな!』

 

 あぁ、可哀想なヨル。こんな兄貴の下じゃ、かなりやも黒くなるし、苦しんでいても何も助けては貰えない。挙句に裏で話のネタにして楽しむなんて。

 

『ただ、毎晩会っているお前には。最後に一つだけアイツの手助けになるであろう事を教えてやろう。ダンスの特訓に付き合ってもらった礼だ』

『お前は少しだけいい奴だな!』

 

 たくさん良い奴ではないが、少しだけは良い奴だ。

 俺はヨルのようには賢くないので、ヨルの、きっと大きくて星空くらい大きな悩みを解決してやる事は出来ないだろうと思っていたが、俺がヨルの助けになれるのだ。

 

『今晩も、アイツがブツブツと何か考え込んでいるようであれば。スルー。アイツに言ってやれ』

『なんと言えばいいんだ!?』

『お前は、ただ微笑みながらアイツの目を見て言ってやればいいのさ』

 

———-それは恋だ、と。

 

 夕まぐれの面白がりながらも、どこか真剣な声色に、俺は思わずゴクリと唾を呑み下した。

 

 それは、こい?どれが、こい?

 あれ?こいって、恋か?

 

 俺は、ともかく意味は分からなかったが、ひとまず深く頷いた。

 

 もしかしたら、ヨルは恋の悩みを抱えているのかもしれない。

 

 

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