267:偽物と本物と

 

「おいっ!いい加減にしろっ!この偽物がっ!」

『そうだ。俺は偽物だ。けれど、分からないか?アウトが求めているのは“本物”じゃない』

 

 そう。俺が求めているのは、本物とか偽物とか、そういうモノじゃない。

俺の事を、傷付けないウィズだ。俺の事を大事にしてくれるウィズ。俺だけを見てくれるウィズ。

 

 俺が背中から抱きしめる手を、俺のウィズの手が優しく撫でてくれる。

 

「っおい、お前!それ以上アウトに触るなっ!」

『出て行けと言っているのが分からないのか?お前は”アウトではない者”を望んでいるのだろう?アウトは俺が大事にする。お前は外で、誰でも好きな奴を大切にしろ。そして、勝手に幸せになれ』

 

 あぁ、嬉しい。このウィズは本当に俺の事を、全部分かってくれるウィズだ。このウィズさえ居れば、俺はこの狭い部屋の中でも大丈夫。寂しくない。

 だって、“アウト”を大事にしてくれる。

 すき、すき、だいすき。

 

「っお前が!」

 

 俺がウィズの背中に頬ずりをしていると、それまで、ただ怒鳴るだけだった男の人が、俺の大事なウィズに掴みかかった。そのせいで、ウィズを抱き締めていた俺の体がよろける。

 

『っ!』

 

 よろけるだけならいい。

 けれど、そのせいで俺の体がウィズから離れてしまった。

 

「俺の“幸福”を勝手に決めるな!」

 

 あぁ、いやだ!俺からウィズを取らないで欲しい!このウィズまで居なくなったら、俺は本当にこの狭い部屋で一人ぼっちになってしまう!

 もう、一人ぼっちは嫌だ!絶対に嫌だ!

 

『…………っうう!』

 

 俺は声の上がらない悲鳴を上げながら、ウィズに掴みかかる男へ近寄った。歩くのも久々で、とても素早くは動けない。けれど、それでも行かなければ。この人は、俺の“大切”を壊そうとする。

 こんな人、大嫌いだ!

 

『う!!』

 

 俺は唇を噛み締めながら、俺のウィズに掴みかかる男の体を勢いよく押した。あっちへ行け!という気持ちを込めて。力いっぱい押した。

 

「アウト……!」

 

 押したつもりだったけど、歩くのもやっとだった俺の“力いっぱい”なんて、たかが知れていたようだ。けれど、俺は弱くてもいいから、全部の気持ちを込めて男の体を押し続ける。何度も、何度も、何度も。

 

『うう!!』

 

 あっちへ行け、あっちへ行け!早く外へ出て行け!出て行って、誰とでも幸せになれ!もう俺に構うな!

 

 そう、俺は男の人の顔をしっかりと見据えながら押した。俺では幸福にしてやれない男の人。俺の幸福には必要だったのに、相手にとってはそうでなかった。

 

『うううう!』

 

 頬を何かが、たくさん流れている。唇を噛んでいないと、もう全てに耐えられない。静かに此処で終わる筈だったのに。だから、俺は部屋に鍵を掛けて、俺の大切な記憶と一緒に目を閉じていたのに。

 なんなんだ!なんなんだ!

 

『アウト、もういい。こっちに来い。辛かっただろう』

『~~~~っ』

 

 隣から優しいウィズの声がする。もう嫌だ。そうだ。帰ろう。ウィズの所に。俺は、このウィズだけ居ればいい。俺の心の中のウィズの記憶だけ。

 

「あ、あうと……」

 

 俺は茫然と此方を見てくる男の人から手を離すと、優しいウィズの方へと体を向けた。そう、俺の帰るべき場所はこっちだ。あっちじゃない。

 だって、俺が居ると辛くなるって、出てくるなって言われたんだから。

 だから、“俺”はこっち。あっちは、あっちの“俺”がきっと上手にやる。でも、俺が居ると、あっちの俺は上手にやれない。

 

『…………』

 

 ふと扉の向こうに目を向けた。

 そこには、その場に膝をつきながら、少年のような一つの影に抱きしめられる“俺”の姿。あぁ、久しぶりにこうして目が合う。久しぶりに互いの顔を見た。どのくらいぶりだろう。

 でも、もう会う事はない。きっと俺は、“俺”を捨てるだろうから。

 

 俺は、俺の姿に湧き上がってくる感情のまま、首を傾げて微笑んだ。どうして、笑ってしまったのか、俺にも分からない。ただ、最後だと思ったら、自然と微笑んでしまっていたのだ。

 

 ジッと互いに見つめ合う。俺達は、”俺”だ。だから、見てれば気持ちくらい伝わる。

 

———-ごめんな。俺のせいで、ずっと辛かったな。でも、

 

 俺は目を伏せた。そして、もう永遠にサヨナラの気持ちを込めて、そのまま俺へと背を向ける。

 

———-俺も、こんな狭くて暗い場所で、ずっと辛かったよ。

 

 ウィズ。俺の大好きな人の記憶の寄せ集め。

 そう、俺はまた、その幸せの記憶にピタリと体をくっつける為に、両手を広げて飛び込もうとした。

 

 その時だ。

 

「行かないでくれ」

 

 震える声が、俺の背に向かってかけられた。先程までの、怒鳴るみたいな声ではなくて、それはシンシンと雪の降る夜のような、そんな静かな声だった。

 静かで、願いに満ちた、祈るような声。

 

 「いかないで、あうと」

 

 あぁ、どうしたらこんなに俺を求めてるみたいな声が出せるのだろう。まるで、貴方の望みが“俺”みたいじゃないか。

 俺は再び放たれた、今度は幼子の泣き声のような声に、思わず立ち止まってしまった。立ち止まって、振り返ってしまった。