30:金持ち父さん、貧乏父さん(30)

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———–なんで?

———–どうしてだ?

———–教えてくれ!

 

 そんな事ばかり言う子供だった。

 

 ”荒地の街道”を最初に見たのは、まだ俺が子供の頃だった。

大人達から『絶対に近づくな』と言われていたこの場所に、俺は『なぜ、近寄ったらいけないんだ!』と、村の広場の真ん中で叫んだ。

 

そんな俺に、大人達は面倒臭そうな顔で言った。

『危険だから、近づいたらいけないんだ』と。だったら、何がどう危険なのか、それが俺は知りたかった。けれど、その理由を聞けば、もう大人達は、俺の言葉など誰も聞いてはいなかった。

 

 まぁ、こんなのはいつもの事だ。皆、理由も分からないまま、信じている事が多すぎる。どうして”昔から言われているから”と言う理由だけで、こうも何も考えずに信じる事が出来るのだろう。

 

 ただ、あんまりうるさくすると、今度は親父が俺を物凄く殴ってくるので、俺はここで叫ぶのを止めた。これも、いつもの事だからだ。

誰も教えてくれないのであれば、自分で考えて、自分で調べて、自分で答えを出すしかない。分からないままは、気持ちが悪くて腹の底がモゾモゾする。

 

『ふん!』

 

 だから、俺は答えが知りたくて、一人、この荒地の街道にやって来たのだった。けれど、到着して、すぐに理解した。ここに、近寄ってはいけないと言われている、その理由を。

 

『……っ!』

 

 言葉にならない、理解できない恐怖と言うモノを。親父以外で、俺は初めて知った。

 

『な、なんだ。これ……』

 

 自然と共に生きてきて、恐怖を覚える事は、そりゃあたくさんあった。巨大な疾風が村を襲ったり、食べる物がなくて空腹の先で死を意識したり。

 

『こわい』

 

 けれど、その恐怖には全て“理由”があった。

理由の分かる恐怖は、まだいい。理解できるから。理解出来れば、怖くない。理解できなければ、恐怖はより一層大きくなる。飲み込まれる。

 

だから、俺は理由の分からないモノをそのままにはしておけないのだ。俺は、怖がりだから。

だから、分からないモノを、どうにか分かるようにしたかった。けれど、荒地の街道に初めて来た、その時ばかりは、そうもいかなかった。

 

『なんで、どうしてだ……。なんで、こんなに、こわい?』

 

 荒地の街道なんて名前はまやかしだ。もう、そこは道ですらなく、傍にある山肌は、今にも俺に襲い掛かってこんとする、野生の狼のようだった。圧迫感があり、押しつぶされるような“重さ”を、俺は目と、そして肌で感じた。

 

 そして、確かに思った。

ここには、近寄ってはならない、と。

 

 何故、近寄ってはいけないのか。理由が知りたくて、そこへ走った筈だった。けれど、理由を調べたり、考えたりする余裕は、子供の俺にはなく。ただ、本能に従って、走って村に戻った。

 

 理由の分からぬ恐怖は。理由の分からぬせいで、俺の中に大きく、深く、そしてひっそり横たわり続けた。

 

 その理由を、俺は大人になった今、やっと理解したような気がした。

 

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『ヨル、どうして疾風が来ると、土砂崩れが起こるんだ?』

『土砂崩れが起こる理由、か』

 

 俺は、荒地の街道の、すぐ脇にある山肌の土へと手をかけながら、ヨルに尋ねた。尋ねられたヨルは、自身の手を顎に添え、少しだけ考えるような仕草を見せる。

俺の質問に、こんなに真剣に考えてくれる人間が、これまで居ただろうか。いや、いないな。

 

『ふふ』

 

 ヨルはいつも、俺にとっての“初めて”をしてくれる。それが嬉しくて、俺は思わず考え込むヨルを横目に笑ってしまった。

 

『どうかしたか』

『いや、なんでも』

 

 笑う俺に、ヨルは考え込む仕草から、目だけ此方に向けてくる。あぁ、ヨル。お前は考えてくれる。俺の問いを受け入れて、投げ捨てたりしない。それが、俺はたまらなく嬉しいんだよ。

 きっと、ヨルには分からないだろうけれど。

 

『そうだな……そもそも、この世界には全てのモノに対し、向心力というモノがある』

『こう、しんりょく?』

『上にある物は、必ず地面へと引っ張られるように出来ている。その引っ張る力の事だ。石を持ち上げ、手から離せば地面に落ちるのは、その向心力のせいだ』

『確かに!俺も昨日、屋根を修理していて、足を滑らせたら、屋根から落ちた!あれも、こうしんりょくのせいか!』

『……頼むから、気を付けてくれ』

 

 眉を寄せて此方を見てくるヨルに、俺は今しがたヨルの教えてくれた事を試す為に、足元に落ちていた小石を持ち上げた。持ち上げて、手を離す。当たり前のように、小石は地面に落ちていった。

 

『これか!』

『そうだ……スルー。それで、怪我はなかったのか』

 

 当たり前だと思っていた事にも、理由や名前がある。俺が落ちる事にも、この小石が落ちる事にも。この世界のものは、常に下へと引っ張られていたのか!

 

『だから、俺は空に落っこちないんだ!』

『スルー、怪我は』

 

 俺は幼い頃に、思っていた『どうして俺は空に落っこちないのか?』という疑問に、時を経てヨルに答えを貰った気がした。これを周囲に尋ねた時、俺は酷く周りからバカにされたというのに。

ヨルは、俺の“どうして?”を無視しない。無視しないどころか、俺の求めている以上を答えてくれる!

 

 この街道の件が落ち着いたら、その”こうしんりょく”がどういう理由で起こるのか、是非とも聞いてみたい。