33:金持ち父さん、貧乏父さん(33)

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 ヨルと一晩中「試し遊び」をした次の日。

 俺は殆ど寝ていないが為に、ボーっとする頭を抱えて、せっせっと畑仕事をしていた。

 

 あぁ、もう少し寝ていたかった。けれど、そんな俺の切実な願いは、元気に俺の元へと走ってきた息子によって、粉々に打ち砕かれた。

 

 もう少し寝ていたいと、寝床から起き上がらずに居たら、インが俺の上に、勢いよく飛び乗ってきたのだ!

 

———お父さん!畑に虫がきて、レイゾンが全部ダメになっちゃうよ!

 

 そりゃあ、いかんな。ただでさえ貧乏な俺の家が、もっともっと貧乏になってしまう。

これ以上貧しくなってみろ。次の収穫まで、俺はヴィアの捕ってきた、兎の肉を毎日食べる羽目になる。いや、飢えるよりは良いのだが、俺はどうしても、あの可愛い兎たちの肉だと思うと、食べる事が出来ない。

 

 涙で肉も塩辛くなってしまう。

 

『ねむいなー』

 

 ただ、体中どろだらけでヨルと“試し遊び”をしたにも関わらず、俺の体はピカピカで、とても良い匂いがしている。自分の匂いなのに、ちゃんと“良い匂い”だと分かるという事は、それが俺の元々の匂いではないからだ。

 インからも、起きがけに『お父さん、良い匂いだねー』と、しばらく匂いを嗅がれ続けた。

 インのその姿は、まるで子犬のソレと、まさに同じである。

 

——–あれではまるで、子犬ではないか。

 

 あぁ。まさにヨルの言っていた通りだ。オブが子狼ならば、うちのインは正真正銘、人懐っこい子犬だ。

 

 昨日の、ヨルとの別れ際。つまり、帰りがけの事だ。

 俺は、泥だらけになってしまった体を綺麗にする為、川へ駆け出そうとすると、ヨルは俺に『風邪を引くぞ』と言って、屋敷の“おふろ”を貸してくれた。

 

——-スルー。さぁ、体を洗ってこい。

——-何を言う!ヨル、さぁ一緒に水浴びをしよう!

——-は!?

 

 “おふろ” あれは、大層素晴らしいモノだった。“おふろ”に溜められた水は、全部温かかったのだ!

 

 加えて、体を洗い流す為の水もお湯、体を綺麗にするためのヌルヌルは、こするとフワフワの泡になった。

どれもこれも初めての経験だった俺は、一緒に水浴び……いや、あれはお湯浴びだ。お湯浴びをするヨルに何度も何度も話しかけてしまった。だって、どれもこれも“初めて”で、心が躍り出していたのだから、どうしようもない。

 

 それにやっぱりヨルは優しいから、俺が何を話しかけても答えてくれた。

 

 最初は一人で入るように言われた“おふろ”だったが、俺はこんな所初めてで勝手が分からないし、俺はヨルとまだまだ遊びたかったのだ。

だから、無理やり一緒に“おふろ”に入った。

 

 おかげで、俺はピカピカになったし。お湯は暖かくて、楽しさのあまり、興奮して目のギラギラしていた俺を、しっかりと眠る態勢へと連れて行ってくれた。

ただ、一つだけ失敗したと思った事があった。

 

『ヨルをびっくりさせてしまったなぁ……』

 

 俺は自分の右手で、自身の体に触れると『やってしまった』と、改めて昨日の自分のウッカリ具合に頭を抱えた。

 

———–スルー、その体の傷は、一体なんだ?

 

 そう、俺の体の至る所に付けられた傷の痕に、眉を顰めながら尋ねてくるヨルの顔。それを見た瞬間、俺はやっと自分の体の見苦しさを思い出したのだった。

 あぁっ!昨日は本当の、本当に楽し過ぎて、俺は自分の体の事などすっかり忘れてしまっていた。

 

 普段は水浴びも、人前では、余りしないようにしているというのに!なんたる迂闊!でも、俺は昨日はどうしても、まだまだヨルと遊びたかったのだ。

 けれど、そのせいでヨルを困らせてしまった。

 

『でも、まだ今夜もヨルと“試し”遊びの”まとめ”をするからな!楽しみだ!』

 

 そう、俺は籠を背中に背負いながら、気持ちを切り替えて歩いた。

ともかく、昼間はしっかり仕事をしなければならない。春、夏の畑の手入れが、秋の収穫を良くも、悪くもするのだから。

 

『けもま、けもみ、けもむ、けもめ、けもむ……可愛い子らは、今日もきっとさぞかしフワフワで可愛かろう!』

 

 俺は籠を揺らしながら、村の中を踊るように駆けた。レイゾンに必要な肥料を、村の入口まで取に行かねばならないのだ。

入口には、村の皆で飼っている、馬と、数頭の家畜が居る。それは、村の皆で飼っている、共同のかぞくだ。村の皆の家族なので、皆で大切に大切に育てている。俺達のような貧乏な村の人間は、一つの家で家畜を所有する事など、到底できないからだ。

 

『ふん、ふん、ふーん。フワフワ、フワフワー』

 

 みんなで平等に分け合い、こうして畑の肥料なんかも、あの子達の屎尿でまかなっている。本当に大事な子らだ。そして、とても可愛い。

 

『おー、可愛いみんな!よしよし、スルーが来たぞ!』

 

 と、俺が可愛い子らに声を掛けたところで、別に、彼らが何か返事をくれる訳ではない。ただ、数等の羊の子らは、俺を見ると、そろそろと寄ってきてくれる。

そう!俺達は仲良しなのだ!あぁ、今日もいつも通りもこもこで、本当に可愛い!

 

『あぁ、可愛い可愛い!俺の次に可愛いふわふわ達!けもも、けもみ。けもる、けもま、けもむ!今日もお前達が、お腹からサヨナラしたモノ達を少し貰いにきたぞ!』

 

 俺は寄って来たふわふわ達の体を、ちゃんと平等に撫でてやっていると、すぐ傍から、苦し気に咳き込む声が聞こえた。

 

 

『げっほ、ごほっ!』

『やぁ、ヴァーサス。今日も具合が悪そうだが、大丈夫か?』

 

 

 俺がふわふわの合間から顔を出して声をかけると、ヴァーサスは咳き込み過ぎて目尻に涙を溜めた状態で、忌々しそうな目で、俺を睨みつけた。

 あぁ、ヴァーサス。また首の骨がそんなにハッキリ浮かんで。また、一層痩せてしまったようだ。顔色も悪い。

 

 まだ18なのに、もうその様子は、村の老いぼれ共と、何ら変わりないじゃないか。