———-上にある物は、必ず地面へと引っ張られるように出来ている。
あぁ、確かに!確かにそうだった!
『ヨルっ!?』
ヨルは、”こうしんりょく”に引っ張られて、見事に大岩の上から落ちた。こんなに勢いよく落ちて行く人間を間近に見る事など、滅多にない。いや、滅多にないどころか、ない!
『ヨル!大丈夫か!?』
俺は落ちたヨルの後を追いかけて、ひょいと大岩の上から跳ねた。跳ねて、草原の上で蹲るヨルの隣へと駆け寄る。
打った腰やら背中やらが痛いのだろう。ヨルはその、傷一つない美しい手で、自身の目元を覆い隠している。きっと、痛すぎて泣いているのかもしれない。
なにせ、目元を覆う手の隙間から覗く肌は、酷く真っ赤だった。ヨルは薄汚れた俺達と違って、肌が白くて綺麗だから、すぐ分かる。
『ヨル……?』
『っく』
真っ白が、真っ赤。これは相当痛いんだ。あんなに見事に“こうしんりょく”に引っ張られたのだから、仕方がない。
あぁっ!なんて可哀想なヨルなんだ!
『ヨル。ヨル?泣いているのか?泣くほど痛いか?』
『……っ誰が、泣くか』
『背中が痛いんだろう?ほら、背中を見せてみろ。俺が、たくさんよしよししてやる』
よしよし程度で痛いのが良くなる訳ではないだろうが、けれど、痛い部分は誰かに触れて貰うと、少しは楽になる。たぶん。きっとそう。
なにせ、インやニアが転んだり、体を打って大泣きした時『よしよし』と言って、その部分に触れていてやるだけで、多少大人しくなっていた。泣き止む訳ではないが、ピトと体を俺に預け『もっと、よしよしして』と甘えてきたものだ。
人というのは、痛かったり、それに、辛かったりすると、他人に体を預けて甘えたくなるモノなのだろう。
『ヨル、ほら』
『……』
俺は仰向けで寝転がっていたヨルを、それこそ樽のように転がし、横向きに寝かせた。ヨルは珍しく、俺のされるがままだ。
ただ、必死に顔を覆っているものの、俺がヨルの体を横に転がしたせいで、服の隙間から真っ赤な首筋がハッキリと見えた。これじゃあ、いくら顔を隠した所で意味はない。
あぁ、本当に痛いのだろう。早く“よしよし”してあげなければ。
『よしよし。よしよし、だ。ヨル』
『……』
けれど、いつの頃からだろう。インやニアは転んでも、体をぶつけても、余り泣かなくなった。それと同時に、俺に『よしよしして』とも、言わなくなった。
それを“成長”の証なのだと言えば、容易い。だが、痛かったり、苦しかったりして泣かない訳ではない。
そう。二人共、泣きに行く“相手”が変わったのだ。
今でも、あの泣き虫な二人の事だ。“泣かない”なんてあり得ない。泣いて、よしよしして貰う相手が、俺ではなくなった。俺にはそれが、どうしても寂しくて仕方がない。いつまでも一緒に居てくれると思っていたのに。
『なぁ、ヨル』
『……なんだ』
『よしよしして』と、俺の体に抱き着いて痛みを納める二人の、その“温もり”こそ、俺の体に残る、傷の痛みを『よしよし』してくれていたのだ。
俺は、いつかサヨナラしなければならない二人の家族を想い、腹の奥底に居る、小さな欠片のような本当の”スルー”が、キュウと縮こまったような気がした。
あぁ、ヨルの体は暖かい。まったく、俺は悪い奴だ。本当は、ヨルの痛いのを治す為に“よしよし”している訳じゃない。俺が寂しくてスースーするのをどうにかしたくて、ヨルの体に触れているのだ。
俺は、ずるい奴だ。
『ヨル』
『……なんだ』
ヨルの名を呼んでみる。そうすれば、当たり前のように返される返事。けれど、この何気ない返事だって“当たり前”なんかではない。このヨルは、きっとインやニアよりも、ずっと早く俺にサヨナラをするのだろう。
『どうした、スルー』
名を呼んだ癖に、何も言わない俺を不審に思ったのか、ヨルが背を向けていた俺へと体を向けようとしてくる。いつの間にか、ヨルの首元は、いつもの白い美しい肌へと戻っていた。
そんな、此方へと体を向けてこようとするヨルの体を、俺はソッと手で止めた。
『ヨル、そのままでいい』
俺はよしよしの手を止め、ヨルの隣に寝転んだ。寝転んで、ヨルの背に頬を寄せた。寂しくて、手だけでは足りなくなってきたのだ。
そんな俺の行動に、ヨルの背中がギクリと強張るのを、俺は頬で感じた。
あぁ、ヨル。勝手をしてごめん。ただ、背中が痛いヨルには申し訳ないが、俺もこうやってヨルに触れる事で、自分を“よしよし”してやらねば、もう、泣いてしまいそうなのだ。
『ヨルは、いつまで此処に居てくれる?』
『っ』
俺は震えそうになる声を必死に抑え、つとめていつも通りの“スルー”であるように頑張った。その努力が実っているかどうかを知るのは、ヨルだけ。ヨルだけなのだ。
『ヨルとのサヨナラは、いつ来てもいいように、俺は毎日頑張っているつもりだ』
『……』
『明日サヨナラだと言われてもいいように、俺はヨルと踊りたければ踊るし、歌いたければ歌う。ヨルが望むなら喉が枯れても歌い続けるつもりだ……けど』
俺は背中からスウッとヨルの匂いを嗅いだ。好きな匂いだ。とても、好ましい。安心する。素敵な匂いじゃないか。このヨルの全てと、俺は、いつかサヨナラをしなければならないなんて!
その時、俺は夕まぐれとのサヨナラした晩、あのヨルとの素晴らしいダンスをした時のように、思う事が出来るだろうか。
———俺はサヨナラを怖がらない!何故なら、俺は全部を“今夜”やってしまうからだ!
いや、思えっこない。だって、ヨルとしたい事は、やってもやっても全然無くならないからだ。“全部”やっても、またすぐに、やっていない“全部”が生まれる。これじゃあ、まるでサヨナラの恐怖も消えないではないか!
つまり、こうだ。
『俺は、ヨルとサヨナラするのが怖い』