(外伝70):金持ち父さん、貧乏父さん(41)

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『やはり、間違いないな』

『そうだな!ヨル!この土はどんなに水を含ませても、この傾きだと、これ以上は落ちてこない!すごい!すごいな!』

 

 ヨルと俺の土砂崩れの“試し遊び”は、あれから、何日も続いた。

山肌の土を何度も持ち帰り、二人で何度も何度も“試す”毎日は、本当に楽しかった。もう二人で何度小さな山を作ったか知れない。どの山の傾きまでが崩れ落ち、どのくらいの水を含ませると、その傾きが変化するのか。

 

 まだ誰も知らない事に“気付く”為の行為は、いつも、俺の心を躍らせる。けれど、今回のソレはいつもの一人でやる“試し”よりも、物凄く楽しかった。

そりゃあそうだ。なにせ、今回は、俺一人じゃない。

 

 いつもは、一人で黙々と試して考えるのだが、今はヨルが居る。ヨルが一緒に手を繋いで、心を躍らせてくれる。

 

 二人って、こんなに楽しいのか!

 あぁ!すごい!すごい!楽しい!楽しい!

 

『やっぱり、この角度が、この地質での安息角か』

『あんそくかく……崩れない傾きのことか?』

『あぁ、そうだ。これだけ実験をすれば、そろそろ確証に入っていいだろう』

 

 ヨルはそう言うと、今日も固い板に挟んだ黄身がかった用紙に、黒々と光る細長い棒を、サラサラと紙の上へと走らせていく。棒が走った後には、それを追いかけるように黒い色をした線がくっついて回る。まるで、紙の上で追いかけっこをしているようだ。

 

『……わぁ』

 

 線と線が重なったり、離れたり、くるりとしたり。ともかく、ヨルの描くソレは、その姿カタチが様々で、見ていてとても面白い。

 

『ヨルは、今日もいっぱい書くなぁ』

『あぁ』

『あ!これ!この形は面白い!』

『ふふ、そうか』

 

 そう“文字”というやつだ。ヨルは分かった事や、気付いた事があると、文字を使い、紙をびっしりと埋めていく。

 どうやら、忘れない為に書いているらしいのだが、俺からすれば忘れない為に書く、その文字を忘れず覚えているヨルならば、書く必要なんてないんじゃないかと思う。

 

『ヨルの鞄は何でも入ってるなぁ』

 

 ヨルは“試し遊び”の際、たくさんの本や、紙、そして文字を書く道具を持って来る。俺にはヨルの持ってくる、その道具の一つ一つが、その“試し遊び”と、同じくらい興味を引いて大好きだった。

 特に好きなのは、ヨルが文字を書く時に、真っ暗だと見えないと言って持って来た“らんぷ”という、ずっと火の消えない火の入った入れものだ。

 

 それは形も色も、中で揺らめく火さえも、全部が俺の”すき”の中へと納まる。あぁ、本当に最高に素敵だと思う。

 

 お陰で、最近の俺達の周りは夜なのに明るい。なので、昼間みたいにとはいかないけれど、ヨルの顔もよく見えるのだ。

 

『これは、傾きを図る板。これは、文字を書く為の黒い水。まっすぐ線を引く為の棒。水を運ぶ銀色の入れもの。小さいモノを見る為に、顔に引っかけるもの』

 

 俺はたまにヨルが顔にひっかける、丸い透明なガラスが二つ付いたソレを、文字を書くヨルの隣で自分の顔にも引っかけてみた。

 

『目の前がおかしい!』

『似合うじゃないか』

『そうか?……うえ。気持ち悪い』

 

 ヨルに似合うと言われて嬉しかったが、どうにも掛け続けると頭がグワングワンして、目が回ってしまうので、すぐに外した。外して、口元に薄い笑みを浮かべたまま、チラと此方を見たあと、文字を書くのに戻ったヨルの顔へと引っかけてやる。

 

『やっぱり、ヨルの方が素敵で似合うなー』

『それは嬉しい限りだな』

 

 そう、俺の方は見ずに、やっぱり文字を書き続けるヨル。その顔には、先程俺が引っかけた2つの透明なガラスの道具が掛かっている。それを掛けたヨルは、いつもと違って見えて、少しだけソワソワしてしまう。

 

『素敵だなぁ』

 

 俺はヨルの隣に寝転がって、ヨルを眺め続けた。らんぷをヨルに近づけて、ヨルの顔が昼間みたいに見えるようにする。

 ゆらゆらと揺れる火の光が、ヨルをぼんやり照らし出す。あぁ、素敵だ。

 

『この赤土における安息角の平均値は……』

『…………』

 

 こうして、ヨルは一つの“試し”が終わると、何かブツブツと言いながら、しばらく考え込む。考え込んで、難しい事で頭をいっぱいにしているのだ。その間、俺はヨルの邪魔をしないように、出来るだけ黙るよう心掛けている。

けれどそれは、いつも物凄く失敗に終わる事が多い。

 

『ヨル』

『あぁ』

 

 黙っていたいのに、俺はヨルの名を口にしてしまう。ヨルが余りにも、素敵だから。

 だから、こうして返事のいらない呼びかけを、俺はせずにはいられない。

そして、ヨルもそれが分かっているのか、こういう時の俺の呼びかけには、いつも『あぁ』とだけ答える。

 

『ヨル』

『あぁ』

 

 こうして考え込むヨルを眺める時間が、俺にとっては一番の”お気に入り”だ。ヨルは素敵だ。ヨルは優しい。何度も、何度も思う。

 俺はヨルの名を口の中で転がしながら、あの日の夜を想った。

 

 

———-スルーが此処まで生き延びて、本当に良かった。

———-俺が此処に来るまで、生きていてくれて、本当に、良かった。

 

———-ありがとう、スルー。

 

 俺が生きている事を、俺の家族以外に、こんなに喜んでくれる人が居るなんて。

あの瞬間、俺は他人から自身の“生”を求められるという喜びに、激しく胸を高鳴らせた。こんなに、体中がドキドキと激しい音を立てたのは、生まれて初めてだ。体が心に手を引かれ、まるで楽しく踊っているように、体中が熱く、激しく、高鳴る。

 

『ヨル』

『あぁ』

 

 別に、俺の父親が誰であろうと、体にたくさん傷があって見苦しかろうと、ヨルは全然変わらない。変わらずに、俺の傍に居てくれる。俺の存在を喜び、共に手を取って心を躍らせてくれる。

 

 あぁ、ヨル。大好きだ。

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