46:金持ち父さん、貧乏父さん(46)

 

——-大勢の人間達に1つの目的を遂行させるには、まず一つの成功体験を村人に体験させる必要がある。

 

 

 そう、昨晩のヨルの言葉が頭を過る。あぁ、やっぱりヨルは凄い。オポジットのように、天性の才覚で人を率いる者も居れば、ヨルのように頭を使って率いる者も居るのだな。

 

 やはり、他者の上に立つ器を備える者は、才も思考の在り方も、他者とは異なる。この二人が協力して、ずっと村を引っ張ってくれれば、これほど安泰な事はないだろうに。

 

『スルー、何か思いつく事はあるか?』

『ふうむ』

 

 俺は土の事など一切考えていなかったところを、ヨルの呼びかけで、一気に意識が呼び戻されるのを感じた。あぁ、いけない。ヨルが、俺に意見を求めている。

 

———どう思う?スルー。

 

 まるで、今は夜のようだ。沢山の“試し”遊びをして、ヨルがたくさんの文字を使って何かを書き込む合間、尋ねてくるヨル。その静かな声が、俺は好きだ。俺は、この瞬きの一瞬で、ヨルのたくさんの声が、耳の奥に反響するのを聞いた。

 

———–お前の意見を聞かせてくれ、スルー。

———–あぁ、そうか。確かにそうかもしれない。

———–やっぱりお前は素晴らしいな。

 

 誰かに意見を求められて、聞いてもらえて、最後には受け入れられ、素晴らしいと言われる。俺はヨルに褒めて貰うのが好きだ。”分からない”から気付きたい、よりも今は“ヨルに褒められたい”から気付きたい。

 

 俺は、ヨルを少しでも助けたい。

 

『そもそも、土ではダメなのかもしれない』

『どういう事だ?』

 

 ほら、こうしてヨルは俺の言葉を聞いてくれる。もしかして、今はもう夜なのかもしれない。だって、俺の事を誰も咎めない。

そして、俺の傍にはヨルも居る。そうか、今は夜だったか。

 夜ならいいか!ヨルならいいか!だって、どちらも俺を怒ったりしないから!

 

『土は、一粒一粒の形が小さいだろ?だから、濡れたり、重みが掛かったりすると、形が簡単に変わる。粘土というのは、そういう面で凄く便利だけど、今回みたいな使い道で使うのは、全然ダメだ。粒が小さくて“そう”なるんだったら、土と呼ばれるモノは、全部使いモノにならないのだろうな』

『ほう、確かにそうだな。ならば、粘土で煉瓦を作り、煉瓦道にでもしてみるか?』

 

 ヨルの言葉が俺の耳に抵抗なく入ってくる。俺は村の裏手から取って来たであろう、粘り気の強い土を、手に取ってみた。

 確かに、この粘土は乾く前なら、このように柔らかいが、焼けば固くなる。だからこそ、この土は、陶器になったり、煉瓦に出来たりと、その用途は色々あるのだ。

 

 けれど、

 

『そんな事、本気で言っちゃいないだろう?』

『……まぁ、そうだな』

『この村からは、街道を埋め尽くせる程の粘土は取れないし、混ぜ合わせる他の砂も、そうない。というか、まず、煉瓦を大量に作れる窯がないから無理だ。この村にあるモノでは、煉瓦なんてそう作れない』

 

 煉瓦は簡単に作れるモノではない。この広場の脇にある、あの村の共同蔵。あれは、疾風にも負けないようにと煉瓦作りにはなっているが、この煉瓦は殆どが、街に行って少しずつ購入したモノだ。村で作ったものはほんの一部しかない。

 

『なら、どうする。スルー』

 

 今年の疾風までに、補正の出来ていない道、補正した道とで比較できるように、一部だけでもいいから、手早く準備しておかなければならない。ともかく、疾風で直接“試す”事が、村人たちを納得させ、今後の作業効率を上げる、唯一の方法だ。そう、ヨルの言う”成功体験”を、皆に味わって貰わなければ。

 

 疾風に耐え抜いた“実績”。それが“安心の道”計画の第一歩なのだから!

 

 

『川べりの石と砂利を使おう』

『石と、砂利……』

 

 俺の言葉にヨルが少しだけ、目を細めた。それと同時に、周囲からも何かガヤガヤと俺の意見に何か言う声が聞こえた。

 けれど、それは幻の声だろう。今は夜なのだから、俺とヨル以外は居ないのだ。全部、邪魔な声は“まぼろし”だ。俺の傷の痛みと同じで、無いものを在るように見せる。やっかいなモノだ。

 まぼろしを消す方法。それは、ヨルの声に集中する事だ。

 

『粒が小さいと形が変形しやすい。ならば大きければいい』

『それだと、道が逆にガタつくだろう』

『それは大きい石だけ使おうとするからだ。川べりの石と、その周囲にある砂利。大小様々なモノをあの街道に敷けばいい』

『……ほう』

 

 ヨルのこの、相槌が好きだ。ヨルの頷く仕草が好きだ。ほら、やっぱり周囲から余計な声は聞こえない。

 ヨルだけを見ていれば、別に何も気にする必要などないのだ。

 

『すると、大きい石の隙間を砂利が埋めるから、上から馬車や荷車で引いて馴らせば、ガタつく事もなく、時が経つにつれて頑丈さを増す。それに砂利は水はけも良い。砂利の隙間から下にある土が吸ってくれるからな』

『スルー、お前はソレも既に“試した”のか?』

『あぁ、俺の家の周囲は石と砂利を引いている。雨の度にぬかるまれては、面倒だからな。足も汚れるし、道具も悪くなりやすい。何より汚い。何だったら、見に来るか』

『あぁ、そうさせてもらおう』

『まぁ、俺の家のように狭い場所に敷くのと違って、道は広いし長いからな。多分一番、骨が折れるのは“馴らし”だ。まぁ、それでも煉瓦を焼くより、他の土を試すより、随分楽で、金もかからんと思うぞ』

 

 この村の奥には川が延々と流れている。なので、砂利など腐る程あるし、多少運ぶのは大変だろうが、それだって山肌から土を運ぶよりは随分と楽なハズだ。なにせ、平坦な道を歩くだけなのだから。

 

 そうだ。そんなに心配なら、今から二人で“試し”遊びをするか?

 そう、思わず口をついて出そうになった。しかし、その瞬間、それまで夜だった俺の意識が、一気に“昼間”へと引っ張られた。何故なら――。

 

『お父さーん!良かったねー!大人の人達の仲間に入れてもらえてー!』

『っ!!』

 

 インの声が聞こえた。それは、絶対に夜には聞こえない声である。

あれ、今は夜じゃなかったか?ヨルと二人で“考え”遊びをしているんじゃなかったっけ?いや、待て待て待て。

 

『……夜じゃなかった』

 

 俺がインの声に、殆ど夢でも見ていたような意識を覚醒させ、周囲を見渡してみれば、そこには、どこか驚いたような表情で此方を見ている、若い男達が居た。昔は俺と同じ、子供だった筈の、今は大人の男達。