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『スルー、どうした?』
『……ヨル』
今日も今日とて、俺はヨルと大岩の上に居た。隣にヨル。いつもと同じ。けれど、俺だけはいつもと違った。
『おい、スルー。元気がないな。具合でも悪いのか?』
『…………』
ヨルが俺へと体を寄せる。そんなヨルの体の暖かさと、ヨルの匂いに、もう俺は頭がおかしくなりそうだった。だって、やっぱり疼くのは、俺の種を出す“雄の方”でない。乳だし、穴だし。もう、こんなのは完全に“雌”だ。
『おい、スルー。なんとか言え。なんで、そんな泣きそうな顔をしている』
『よ、よる。あの』
ヨルに助けを求めたい。けれど、口を吐いて出そうになる、ヨルへの言葉は、全て音のない呼吸音で終わる。ダメだ。こんな事は、恥ずかしくて言えない。言えっこない。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!!
理由のつかない、当たり前じゃない事をしている。きっと俺は正真正銘の“変わり者”になったのだ。頭がおかしくなったに違いない。もしかすると、頭の病気にかかったのかも。だから、こうして雄ではなく、体が雌だと勘違いしているのかも。
恥ずかしい、怖い、恥ずかしい、怖い、っヨルに、知られたくない!
『スルー』
『…………』
雄なのに、種も蒔かずに種まきが終わったあの日。俺は一睡も出来なかった。ずっと、ずっと考えてしまったのだ。
これは俺の癖。分からない事は気持ち悪い事だから、俺は必死に俺の頭の中で考える。俺の体に起きた異変を。俺の不可解な状況を。けれど、そんな俺の苦しい状況に対し、明確な答えを導き出す事は出来なかった。
『スルー!聞こえていないのか!おい!』
『っ』
そして、そうこうしているうちに、夜は明けてしまったのだ。もう、本当に……きっと、俺は頭が狂って、病気になったとしか言いようがない。
あぁ、ヨルの強い言葉がすぐ隣で耳を突くのに、ヨルの方すら向く事が出来ない。
『スルー、頼む。此方を向いてくれ』
『……いや、なんでも』
『何でもない訳ないだろう。どこか具合でも悪いのか。お前、今日は本当に様子がおかしいぞ。熱でもあるんじゃ』
そう言って俺の額にヨルの手が触れる。触れた瞬間、俺はとてつもない失態をおかしてしまった。
『っぁう』
種まき遊びの時に出る声が、出た。だって、ヨルが体を触ると思ったら、思わず気持ち良い事をされると想像してしまったのだ。
ヨルは、俺の体を心配してくれていただけなのに。なのに、もう俺は、ダメだ。完全に穴がうずくし、乳も疼く。
けれど、もう雄なのに種は出ないかもしれないのだ。じゃあ、何のためにアレをする?
『スルー』
ヨルが驚いた顔で、俺を見ている。あぁ、暑い暑い。夏だから仕方ないけど、これは夏の熱さのせいか?こんなに、体の内側から熱くなるのは、違うんじゃないのか。
『お前、恥ずかしがって、いるのか?』
『……うぅぅ』
しかも、すぐにヨルにもバレた。それは、きっと俺の顔が真っ赤だからだろう。
どうして、人間は恥ずかしい事はバレたくないのに、すぐバレるように出来ているのだろう。なんで、バレたくないのに、こんなに体中が真っ赤になる?どうして?どうしてだ?
『……はず、かしい』
意味が、わからない。もう、いやだ。
『スルー、言え。お前、いつも俺にして欲しい事はちゃんと口出すだろう。なのに、どうして今日は黙る。何がそんなに恥ずかしい。スルー、スルー。なぁ、スルー』
『よ、ヨル』
スルー、とヨルから名を呼ばれると、俺の体はもっともっと熱くなった。
もしかしたら、俺の体は燃えているのかも。火にくべられているのかも。そう、思ってしまうくらい、熱い。そして、恥ずかしくて仕方がないのに、ヨルの言葉の力は凄くて、もう、恥ずかしいのに、ヨルの言葉にも抗えず、俺は口に出していた。
『よ、よる。た、助けて、くれ』
『あぁ、助ける。助けるから、教えてくれ。お前は一体何に苦しんで、何に羞恥を覚えている』
『きいて、くれるか?すごく、へんなんだ。おかしくて、はずかしい』
『聞く。一晩かかっても、二晩かかっても。お前の傍で聞き遂げよう』
ヨル。あぁ、ヨル。
恥ずかしくて苦しいけれど、もう我慢できないから言う。全部言う。もしかしたら、言いながら火を吹いて死ぬかもしれないけれど、もう死んでもいい。
ヨルに聞いてもらいながら、死ねるなら、それもいい。
『おれ。おす、なのに。もう、めす、かもしれない』
『……は』
『きのう、家にかえって、眠れなくて。ヨルと種まき、したのに、またっ。……夜に、種まきしたくなって。した。けど、雄の方じゃ、ぜんぜん、きもちよくなくて、だから、いつもヨルがしてくれるみたいに、乳と穴をさわった』
俺はヨルの肩に触れながら、縋るように言った。口の中に唾がたくさん出てくる。ゴクリ、ゴクリと話しの合間に飲み込むせいで、上手く、いつものように喋れない。恥ずかしい、恥ずかしい。
体が熱い。
『……それで、スルー。自分で触れて、どうだった』
なのに、ヨルが余りにも射抜くような目で、俺を見てくるものだから、俺も、ヨルから目を離す事が出来なかった。ヨルの呼吸が、少し荒くなっている気がする。あれ、俺の息が荒いのか?
『き、気持ちよかった。……はぁ、あの、雄を触るより、雌みたいに乳にさわって、穴に、ヨルがするように、ゆびを、挿れた。めを、瞑って、ヨルを思い、出しながら。した』
『……それで、俺を想って。最後はどうした』
いつの間にか、ヨルの手までもが俺の肩に触れている。いや、触れているなんて生優しいモノじゃない。ギリと、力いっぱい握り締められている。強く、強く。俺の言葉が先に進むにつれて、その力は、もう俺の肩を砕かん勢いだ。
でも、俺はその痛みを気にしている余裕は、これっぽっちもなかった。恥ずかしくて、俺は俺で燃え死にそうなのだ。
俺を茹でる窯にくべられる薪は、どんどん量が増え、炎の勢いがゴウゴウと増しているようだ。
『っはぁ、気持ちよさが沢山になって。種が、出たって思ったのに』
『あぁ』
言っていいだろうか。こんな、頭のおかしい事を。さすがのヨルも、変わり者すぎて、俺の事を、気持ち悪く思うかもしれない。
そう、俺が言うのを躊躇って、は、は、と荒く短い呼吸を繰り返しているとヨルが、俺の肩に置いていた手を離し、俺の唇に親指と人差し指で、ソッと触れてきた。
触れて、言った。
『言え、スルー』
まるで、獲物を目の前にした、獣の唸るような声だった。
あぁ、目の前に居るヨルは、最早本物の狼だった。ヨルの薄く開いた口の隙間から、白い歯が見える。あれは牙だ。腹の下からゾワゾワと湧き上がるこの感情は何なのか、俺にもよく分からない。俺はヨルを怖がっているのか?
ただ、一つ分かるのは。
『で、なかった。種が、全然でなくって。なのに、体はちゃんと、種をだした、みたいなかんじ、なんだ』
逆らえないという事。ギラギラとした目で俺を見つめるヨルの、その目で捉えられるだけで、俺は気持ち良くて気持ち良くて、もう正直、雄とか雌とかどうでも良かった。
『ヨル、ヨル、ヨル。俺は狂ったかな。雄なのに、体は雄なのに、雌みたい、なんだ。なぁ、ヨル、助けて、くれ。こわい……はずか、しいっ』
俺が言い終わるか終わらないかのうちに、俺の体はヨルに引きずられて、いつの間にか岩の上から、原っぱの草の上まで引きずり降ろされていた。まるで、俺は今から狼に食われる、弱い獲物のようだ。
『クソッ!スルーっ!恥ずかしいだとっ!今までそんな素振り、一度も見せなかった癖にっ!ここに来てなんだ!?俺をどこまで狂わせれば気が済むっ!クソクソクソクソッ!』
『っひ、んんんっ』
ヨルが俺の口を食べた。いつもより、激しく食べる。舌に歯を立てられる。呼吸もまともにさせてもらえない。けれど、何故だろう。
自由の利かなさが、どうしてこんなに気持ちが良いのだろう。