51:金持ち父さん、貧乏父さん(51)

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『おーい!ザンザンザンザン!』

 

 俺は村の真ん中の通りを、大声を上げながら駆けた。駆け抜ける拍子に背中に背負っていた籠から、大量の小石が落ちていくのが分かる。なにせ駆ける度に、なにやら背中の重さが減っているようなのだ。

 

『っふぅ!暑い!』

 

 ついでに、季節は夏の扉を開けてしまったのだろう。俺の体からは大量の汗も零れ落ちる。

 

『ザーン!』

 

 けれど、俺は気にせず走った。

 だって、昼間もヨルに話しかけてもいいのだ。昼間もヨルと沢山遊べるのだ!

 

『早く!早く!』

 

 村の広場には、きっとヨルが居る!これは走らずにおれない!

 

『うわっ!』

 

 けれど、どうやら背中の籠に小石を入れ過ぎたようだ。春先に壊れて修理したばかりの籠の肩掛けの部分が、一気に壊れた。壊れて、俺の周囲には背負っていた小石が一気に散らばった。。

 

『あーあ』

 

 お陰で、周囲から元々聞こえていた老いぼれ達からの『変わり者が』だの『また、アイツか』などと聞こえていた不満気な声が、更に強くなる。けれど!これは、いつもの声なので無視だ。無視!どうせ、あいつらの俺への不満に、大した中身などないのだから!

 

『面倒だな……』

 

 もう、零れた石など一旦置き去りにして、ヨルの所まで走ろうか。うん!いいじゃないか!そうしよう!俺は早く昼間のヨルに会いたいのだ!

そう、俺が籠を置いて走り出そうとした時だった。

 

『こらっ!スル―!』

 

 老いぼれ達の声の隙間から、無視できない声が混じっている事に、俺は気付いてしまった。

 

『スルーったら!道が汚くなったじゃない!ちゃんと片付けて行きなさい!』

『あ、ハイ』

 

 ちょうど通り掛かった女の人達の集団の中から、その両手に洗濯物を抱えた、妻のヴィアがひょこりと現れた。

 

『こんなに沢山石が落ちていたら、子供達が転んでしまうわ!』

『……ハイ。今すぐ片付けます』

 

 しかも、言っている内容が、酷くごもっともなのだから、俺は駆けだすのを止めざるを得なかった。

 

『ぐぅ。これは、もうオンボロだから使えんな……』

 

 俺は肩から落ちてしまった籠を、しっかり地面に置き直すと、周囲に落ちた小石や砂利を拾って行った。よく見ると、道沿いに、まるで俺の足跡のように小石が落ちているのが見える。あぁ、早くヨルの所へ行きたいのに、これじゃあ一旦、今来た道を全部、戻る羽目になってしまったじゃないか。

 

『面倒だなぁ』

 

 ボソりと呟いた俺の言葉に、女の人達とカラカラと喋りながら歩いていたヴィアが『しっかり拾うのよ!』と捨て台詞のように口にして、俺に背を向けてしまった。どうやら、手伝ってくれる気は微塵もないらしい。

 

『……ふむ。女の人達は、今から皆で洗濯遊びかぁ』

 

 どうやら、女の人達は、今から皆で川へ洗濯をしに行くようだ。夏は洗濯も気持ちが良いから、皆少しご機嫌である。俺も、夏だけなら洗濯仕事は変わりたいモノだ。冬はまっぴらだが。

 

『ヴィア。力を入れ過ぎて……また、俺の服を破かんといいがな』

 

 俺はヴィアが『また、やってしまったわ』と言って、破いた俺の服を申し訳なさそうに持って来るのを想像した。想像して、何故か想像では終わらなそうな嫌な予感がする。

 ヴィアは普通の女の人よりも力が強い。元々、狩りによる移住生活をしていた余所者の娘なので、力も、その持っている能力も、村の普通の女の人達とはケタが違うのだ。

 

———スルー。ごめんなさいね。また、やってしまったわ。

『……ぐふぅ』

 

 特に夏は川の水が気持ちが良いのか、破く頻度が増える。しかも、ヴィアは縫い仕事は大の苦手なので、ヴィアの破いた俺の服を、俺は自分で繕わねばならないのだ。今着ているこの服も、古いせいもあるが、ヴィアのお陰で、どこもかしこも繕い跡だらけだ。

 

『……糸。まだあったかな』

 

 俺が既に、今晩作ろう覚悟で周囲の石を拾い集めていると、俺の後ろからボソリと低い声が聞こえて来た。

 

『良い気なモンだな』

『っ!』

 

 振り返った先には、洗濯物を抱え、夏の日差しに眉を顰める、弟のヴァーサスが立っていた。やはり、今日もその顔色は青白い。夏と共に肌が小麦色に焼けてしまう俺とは異なり、ヴァーサスは肌が赤くなるだけで、焼けた所を見た事がない。

 

 どうやら、ヴァーサスも川に洗濯に行く途中らしい。

 

『ヴァーサス。川は止めておけ。具合が悪いんだろう』

『じゃあ、誰がうちの洗濯をするんだ』

 

 そう、言い返されてしまえば、返す言葉もない。確かにそうだ。ヴァーサスには、まだ嫁が居ない。そして、きっと嫁に来てくれる人も、なかなか居ないだろう。なにせ、この体の弱さだ。元気な子供を作り、育てられる甲斐性が、ヴァーサスにはないのだ。

 そして、あの家に居るもう一人の男は――。

 

『あの、おい……親父にさせればいいだろう』

『っと、父さんは……最近、具合が余りよくない』

『そうか』

 

 とうとう、あの老いぼれも潮時という訳か。せいせいする。早くくたばればいい。

 

『もうじき死ぬかもな』

『お前っ!よくもそんな事が言えたな!父さんはお前のせいで、あんなになったんだぞ!』

 

 眉を顰め、必死に俺を睨んでくるヴァーサスに、俺は溜息を吐いた。俺のせい?何がどう俺のせいだと言うんだ。

 

『親父が、村長なんて名前だけの地位に拘って、自分の“血”や、そして、お前に必死に縋るのは……俺のせいじゃないだろう。全部、アイツが弱いからだ』

『うるさいっ!お前に何がわかるっ!お前みたいに何でも持ってるヤツには、何も分かりっこない!』

『俺が何を持っているというんだ?』

『……お前は、健康じゃないか。家族も居る。最近じゃ……あの金持ちにも縋って、金も貰ってるんだろう』

『っは』

 

 コレだ。このヴァーサスという末の弟は、兄弟の中でも最も賢かった。なのに、あの親父のせいで、このシミったれた思考が完全に、その身に叩き込まれている。常に他人と自分を比べ。他人にはあって自分に無いモノにばかり追いすがる。

 最も愚かで、何も生まない思考だ。