『イン?』
『お父さん!これ、お父さんの石でしょう?オレが拾って来てあげたよ!』
ほら!
そう言って、太陽と見間違わんばかりのキラキラの笑顔を俺に向けてくるインの手には、俺がこれまで道に落として来た大量の小石が抱えられている。
あぁ、イン。お前が拾って来てくれたのか。俺の落とし物を。
『イン!お前は素晴らしいな!今からちょうど拾いに行かねばと思っていた所だったんだ!』
『でも、あんまり落ちてるから、オレ一人じゃ無理だったんだ!だから、オブとフロムにも手伝って貰ったよ!ほら!二人にもちゃんとお礼を言って!』
そう、自分の隣に並び立つ、二人のインの友人達の手にも、各々俺の落としてきた小石が抱えられている。フロムはともかく、オブは非常に迷惑そうな表情で俺を見ている。
あぁ、オブの素敵な服が、小石に付いた砂で汚れてしまっているではないか!こりゃあいかんな!俺から最大限の労いの言葉をかけてやらなければ!
『二人共!よくやった!さぁ、このスルーが褒めてやろうじゃないか!さぁ、来い!抱きしめてやる!』
『インのとーちゃんに褒められても嬉しくねー!抱きしめられたくもねー!』
『まったくだね』
俺の最大限の抱擁を、二人は石を抱えたままスルリとかわす。お、驚くほど可愛くない反応である!まったく、なんなんだこの子供達は!
『まったく。じゃあ仕方がない。……そうだな、お前ら二人の願いを、この俺が叶えてやろう!さぁ、何でも言うといいっ!』
『スルーさんに一体何が出来るっていうんですか』
『ははー!俺は何でも出来る!さぁ、言ってみろ!』
『なんでもっ!何でもいいのか!?』
『あぁ、いいぞ!フロム!俺に叶えられない事など、この世にない!』
俺は二人から、大量の小石を籠の中に受け取りながら言うと、その瞬間、フロムの表情がパッと明るくなった。まったく、フロムのヤツめ。可愛い表情をするじゃないか!まるで野蛮なオポジットの子だとは、欠けらも思えないな!
うん、フロムは可愛いヤツだ!俺の次の次の、まぁその次くらいに可愛い!
『……っは。また、そんな事ばっかり言って』
しかし、そんなフロムの隣では、オブの胡散臭そうな目が俺を射抜いてくる。
俺はジトリとした目で俺を見てくるオブに、ズイと顔を近づけ『さぁ、オブ!願い事を言うといい!』と両手を広げた。すると、さすがオブだ。ヨル同様、最高の“まさつりょく”を発揮して、俺から離れて行った。
『ちょっ、あんまり近寄らないでください!気持ち悪い!』
『きもっ……!オブ。お前……物凄い冷たいまさつりょくを出してくるな』
『は?なんですか?また意味の分からない事ばっかり言って』
『……冷たすぎる』
けれど、まさつりょくの中身が全然違った。ヨルのまさつりょくは熱いけれど、オブのまさつりょくは氷のように冷たい。
同じまさつりょくなのに、何故だろう!冷たいまさつりょくは、なんだかとても心が痛くなるのだが、どうしてだ!
そう、俺がオブの極寒のまさつりょくに心をやられていると、それまで可愛い顔で喜んで居たフロムの口から、とんでもない言葉が飛び出してきた。
『じゃあ、インのとーちゃん!俺へのお礼はニアでいいぞ!早くくれ!』
そう言って、オポジットそっくりのニコニコ笑顔で、フロムが俺へと片手を広げてみせる。そんなフロムに、俺は先程までの「かわいいじゃないか!」と思っていた、フロムへの感情を一気に撤回してた。
『はぁぁっ!?小石を拾った程度で、何を言い出すんだ!このクソガキ!』
『なんでも願いを叶えてくれるって言ったじゃねーか!ウソつきか!お前はっ!』
俺の返しに、フロムが俺に飛び掛かってくる。とびかかって俺の繕い跡だらけの服を、これでもかと言う程引っ張ってくるのだから、たまらない。
『おいっ!止めろ!この服は只でさえボロボロなんだ!また破けるだろうが!』
『知るか!この嘘つきヤロウめ!ほら!お礼しろ!ニアをよこせ!はーやーく!』
『ぐっ!』
畜生!可愛いと思った事は撤回だ!撤回!
フロムはちっとも可愛くなんかない!やっぱりオポジットと同じだ!まったく!これだから嫌なんだ!野蛮なオポジットの子は、どこまで行っても野蛮なオポジットの血を引いている!
『誰がやるか!バーカ!』
『バカはお前だ!ウソつき!』
そう、俺がフロムからの攻撃と言葉をかわしていると、今度はそれまでスンとしていたオブまでもが、とんでもない事を言い出した。
『じゃあ、スルーさん。おれにはインをください。お礼はソレでいいです』
『はぁっ!?オブッ!お前まで何を言い出すんだ!?フロムに毒されたか!?』
『なんですか?何でも願いを叶えてくれるって言ったじゃないですか。嘘つきですか?』
まさか、ここへ来て俺の宝物が2つ共、奪われそうになるとは!こんな事なら、小石くらい全部自分で拾うんだった!というか!小石に対して礼が過剰過ぎるだろう!
『あははっ、オブへのお礼はオレかぁ』
『オレかぁ、じゃないっ!イン!お前は俺のだからな!俺はお父さんのだから、オブにはあげられませんって言いなさい!』
『オレはお父さんのじゃないよ?オレはオレのだよ?』
『ぐふっ!』
ケロリと、ごく真っ当な事を口にしてくる息子に、俺は目の奥が熱くなるのを感じた。もっとコロコロと小さな頃は『インはお父さんのだもんな?』と言うと、訳も分からず『うん!』と頷いてくれていたのに!
『っく!』
どうやら、やっとインも訳が分かるようになってしまったのか!もう少しくらい、訳が分からないまま居たらよかったのに!
まぁ、ニアはコロコロの小さな頃から『ニアはお父さんのだもんな?』に対し、そこそこ冷たく『なにいっているの?』と返してきていたのだが。
そこが、女の子と男の子の違いと言う奴だ。女の子の成長は、本当にいつだって一瞬だった。
あぁっ!だから、インくらいっ!もう少し俺のでいてくれたって良かったじゃないか!
『くそっ!ウソつきでも何でも言え!俺の宝物は、お前らにはやらん!シッシッ!』
『この嘘つきが!』
『最低の大人め』
『あははっ、なんかよく分かんないけど面白いや!』
インのカラカラとした笑い声が、辺りに響く。いや、まったくもって面白くもなんともないのだが。この辺の性格は、本当に妻のヴィアそっくりだ。訳がわからない部分で、インとヴィアはよく腹を抱えてわらっている。謎だ。
俺はフロムに引っ張られて伸びきった袖を整えていると、それまでスンとしていたオブの表情が、一気に焦りに染められるのを見た。
そして『あっ、あっ。えっと、その』と、訳の分からない言葉で、俺の背後へと何かを取り繕おうとしている。
まさか、これは――。
『……まったく、何をしているのかと思えば』
声が聞こえた。その声は、俺がずっと会いたくて会いたくて仕方がなかった声だ。あぁっ!そうだった!俺はこの声の主に会いに行こうとしていたのだ!
『ヨ……ザンっ!』
俺は思わず「ヨル」と口にしそうになるのを、必死に飲み込む。「ヨル」は夜だけ、俺だけの大事な呼び名だ。インも昼間には「ヨル」と呼ぶが、それとは違う。「ヨル」は夜に、俺とヨルの二人きりの時に言うから、特別になるのだ。
そう「ヨル」は俺だけのモノ。俺だけの大切な呼び名なのだから、皆には隠して大切にする事にした。だから、昼間は「ヨル」ではなく「ザン」。
みんなの「ザン」だ。
『スルー、早く来い』
でも、そう言って俺を見る今の顔は、昼間だけど「ヨル」だった。
あぁ、これは、俺だけの「ヨル」だ。