今や野蛮な親子の事は置いておく。俺は体ごとインに向け、その成長途中の、まだまだ小さな肩に手を乗せた。やはりその顔には、満面の笑みが浮かべられている。もう、不安になるから、理由の分からない最高の笑顔は止めてくれ!
『だって、オレ!大人になったら、オブと首都にお店を開くんだ!だから、村は出て行くんだよ!』
『はぁぁぁぁ!?』
大人になったら村を出る!?オブと!?待て待て!
俺はすぐ隣に立つオブに目を向ける。しかし、オブはと言えば、何やら顔を赤くしたり、俺の後ろに立つヨルに視線を向けては逸らしたりと、ともかく忙しそうだ。
『ね?オブ!そうだよね?オレ達、一緒にお酒を出すお店を開くんだよね?』
『あっ、イン。えっと、その』
『約束したよ!そしたら、オレ達、ずっと一緒に居られるからって!ね!』
『……う、うん』
待て待て待て。なんでオブは、そんなに顔を真っ赤にしながら頷くんだ!なんだ「ずっと一緒」って!さっきオブの言ってた「お礼にインをください」ってヤツは、もしかして、もしかしなくとも事後承諾の話だったのか?既にインはオブに“貰われて”しまっているのか!?
『どっ、泥棒!オブの泥棒!』
『はぁっ!?何を言ってるんですか!?』
『だって、ドロボーじゃないか!オブがインを盗った!父親の俺に話を通さず、勝手に婚姻の約束をして、首都に誘拐しようとしてるんだ!野蛮なオポジット一家と同じだ!いや、それより性質が悪いっ!あげませーん!インはあげないぞ!ずっと俺の所に居るんだ!』
『……』
そう、俺がオブに向かって勢いよく言い募ってやる。すると、先程までチラチラと父親の方を見ては、どこか気まずそうな表情を浮かべていたオブが、眉間に皺を寄せ、完全に俺の方へと立ち向かってきた。
『スルー、お前……!』
こ、怖い。オブが本気で怒ってしまったようだ。その証拠に、いつもは曲りなりにも俺の事を「スルーさん」と、取って付けたような「さん」付けなのに、今はそれがない。
これはオブの癖のようなもので、俺がオブをからかい過ぎると、いつもオブは最終的に、俺を「スルー」呼ばわりしてくるのだ。
『うっ!』
その皺の寄せ方といい、不満気な表情といい、本当にオブは父親ソックリである。故に、その顔で怒った顔をされると、俺は非常に弱い。まるで、これからヨルに怒られるみたいじゃないか!
『そ、その賢そうな口で、何をどう言ってきたって、俺は負けない!負けないからなっ!?オブ!お前は泥棒だ!』
『じゃあ、言わせてもらいますけど』
そう、オブが再三の俺からの「ドロボー」発言に、腕を組んで俺を睨みつけてきた時だった。
『息子が泥棒扱いとは頂けんな』
『っへ』
その瞬間、俺は急に後頭部を殴られたような衝撃を受けた。なにせ、思ってもみない場所から、思ってもみない声が聞こえてきたからだ。どうやら、この衝撃は俺と同じくオブにも走ったようで、俺の背後を見て、その目を大きく見開いていた。
『父親から頼めば問題ないのか?』
『あぁ、そうだな。婚姻の話し合いは、まずは父親同士でやるのが習わしだ』
『……ならば、そうさせて貰おう』
俺の後ろでヨルとオポジットの嫌な会話が聞こえてくる。一体、二人は何の話をしているのだろうか。何故、オポジットもヨルも、楽しそうな声をしているのだろう。俺だけ仲間外れで。
俺はすぐに訪れるであろう、肩への衝撃を想像し、眉を寄せた。俺の目の前に立つ、オブの視線が俺のすぐ後ろにまで動いた。
『スルー』
ポンと、俺の肩に軽い衝撃が走る。近づかれた途端、俺の鼻の奥に、とても素敵な匂いが入り込んでくる。この匂いが、誰のモノかなんて分かっている。
『ほら、此方を向け。このままでは話し合いにならないではないか』
そう言って、掴まれた肩にソッと力が籠められる。俺はヨルの“こうしんりょく”だから、ヨルの力に逆らう事なんて出来ない。俺はヨルにされるがまま、オブの方からヨルへと体を向け直した。
『さぁ、父親同士の話し合いがあればいいんだろう?オブはインを貰いたいそうだ。インはオブに貰われていいのか?』
『うん!いいよ!オレ、オブとずっと一緒がいいから!一緒にお店をやって、お金を稼ぐんだよ!』
そう言って、にこにこ笑いながらインは隣に立っていたオブの手を掴んだ。あぁ、なんて幸せそうな顔なんだ。なんて、素敵な未来の話なんだ。手を繋がれたオブも、顔を真っ赤にして、目を逸らしてはいるが、手だけは離さない。逆に力強く握り返している程だ。
『いっ、イン?でもそしたら、俺とは余り会えなくなるぞ?それでもいいのか?寂しいだろ?』
俺は無駄と分かりつつ、インに言い募ってみる。村を出る。そう、インは大人になったら、この村を出て行くつもりなのか。そんな事になったら、俺はどうなるのだろう。
『いいよ!』
『ぐはっ!そんなアッサリと父親を捨てるな!寂しいって言えよ!イン!』
『だって、オレ!お父さんと居るより、オブと居た方が楽しいもん!』
インの言葉に、俺は正直、よく倒れずに立っていられたものだと、自分を褒めてやりたかった。いや、これは……!あまりにも、あんまりではないか!俺がチラとオブの方を見てみれば、オブは勝ち誇ったような顔で、俺にニヤリとした笑みを浮かべてくる。
『イン!そしたら、俺はどうするんだ!インが居なくなったら、俺は……!』
『お母さんが居るじゃん!』
『ヴィアは、お前らが巣立ったら森で動物達を狩りながら暮らすのが夢って言ってるんだぞ!』
『じゃあ、一緒に森に行けば?』
『イン!分かるだろ!俺はヴィアみたいに強くないから!森での生活なんて1日ともたん!お父さんを一人にするな!』
『そんな事言ったってなー』
インが俺の方を見て『困ったなぁ』と、全然困ってなさそうに言う。ヴィアにはヴィアの夢があり、ニアにはニアの夢がある。そして、インにも大切な夢が出来た。
じゃあ、俺は?夢ってなんだ?そんなの、ずっと皆で一緒に居る事だったのに!