65:金持ち父さん、貧乏父さん(65)

        〇

 

 

『オブとインには二人だけの隠れ家があるそうだ。場所は秘密だと言って教えてくれない!』

『ほう。秘密基地というやつか』

『何かある度に二人でそこに行っては、秘密の計画を練っているらしい。ふふっ、妹のニアが二人ばかりズルイと膨れていた』

 

 俺とヨルは二人して夜の森を並び歩きながら、軽くお喋りをした。いつもは、あの大岩の上で月を眺めながら話すのだが、場所が違うだけで何だかとても新鮮だ。物凄く、楽しい。ワクワクする。

 やっぱり気分も、足取りも、今の俺はまるでちょうちょだ。

 

『きっと、その計画というのが、昼間に言っていたアレの事なのだろうな』

『あぁ、きっとそうだろう。まったく、インの奴。俺に内緒で勝手にオブに貰われて行く事なんか決めて。男同士なのに、秘密なんて水臭いにも程がある!』

 

 インの言っていた「オブと一緒に村を出て行く」と言う言葉を思い出し、俺は溜息を吐かずにはおれなかった。赤ちゃんの頃から一緒に居た俺よりも、まだまだちょっとしか一緒に居ないオブを選ぶなんて。

 

 インの奴は本当に薄情なやつだ!

 

『男同士、か。お前ら親子は、本当に俺の思う“親子”とは違った関係性を築いているのだな』

『そうか?まぁ、俺は変わり者だからな。インが生まれるまで、友達は一人も居なかったし、インが生まれてからは、インが唯一の友達だった』

『友達……』

 

 ヒラヒラと舞い歩く俺の隣で、ヨルが顎に手を添えながら小さく呟いた。そうやって考え込む姿のヨルは、やっぱり物凄く素敵だ。ヨルは色んな姿が、どれもこれも素敵なのだが、やっぱり一番は“考えている姿”だろう。

こんなに素敵なヨルが、俺の隣を当たり前みたいな顔で歩いているのが、俺には誇らしくてならない。本当は大声で『このヨルは俺だけのモノなんだぞ!』と叫んでやりたい程だ。

 

『じゃあ、スルー。お前にとって“俺”は何だ』

 

考え込んでいたヨルの視線が、ふと俺へと向けられた。それと同時に、ヨルから不思議な質問が飛んで来る。俺にとっての“ヨル”とは何か。短い問いにも関わらず、俺はその問いの意味を上手く受け止めきれなかった。

 

『俺にとっての“ヨル”?』

『そうだ。ともだち、か?』

『ともだち』

 

 ともだち。

そう、どこかたどたどしくヨルから口にされた言葉を、俺も何故か同じような口調で繰り返した。俺には友と呼べる人間は“イン”しか居なかった。だから、俺にとって“ともだち”はインなのだ。

 俺はヨルの隣を歩きながら、少しだけ深く考えてみる事にした。何故だか、このヨルからの問いには、適当に答えてはいけないような気がしたのだ。

 

『ヨル、少しだけ考えさせてくれ』

『あぁ、よく考えてくれ』

 

 静かに返された言葉に、俺は先程のヨルを真似して、顎に手を添えてみた。こうすれば、ヨルみたいに賢い答えが出せるかもしれない、とおかしな事を思いながら。

 

『……ともだち、ともだち』

 

 俺にとって友達はインだ。そして、こうして隣を歩くヨルは、インと同じだろうか。

俺は、チラとヨルの姿を横目に映した。俺の好きな静かな瞳が、此方を見ている。その瞳の中いっぱいに広がるのは“優しさ”だ。静かで優しい目が、俺の事を見ている。

 

あぁ、友達かもしれない。一緒に居ると楽しいし、ワクワクする。だからこそ、ずっと一緒に居たいと思う。これは、確かにインと共に居る時に感じる気持ちと同じだ。

 

『ともだち、なのか?』

 

自分自身に問うてみる。けれど、何故かしっくりこない。もっと、深く、深く、考える必要がありそうだ。

 

『ヨル、ヨル、ヨル』

 

 答えを手繰り寄せるように、ヨルの名を口にする。

ヨルが俺以外の誰かと仲良くしているのを見ると、心の中がゴウゴウと火事みたいになる。ぱぁの手が、ぐぅになる気分だ。

あとは、いつの日か必ず訪れる“サヨナラ”を想像すると、心が崖から落っことされたような気分になる。最近では、眠る前にその事を考えると、上手に眠れなくなってしまうのだ。

 

そして、サヨナラが訪れた時、俺は――。

 

 と、ここまで考えて、俺はハタと思った。全然ちがう、と。

 

『ヨル。どうやら、俺にとってヨルは友達ではないようだ』

 

 そう、俺が口にした時だ。木々に囲まれ、薄暗かった周囲が一気にひらけた。どうやら、森を抜け崖の目前まで到着したようだ。月の光が明々と俺達の周囲を照らす。そして、俺はその瞬間、初めて見る光景に息を呑んだ。

 

『これは……』

『あぁ、美しいな』

 

 俺達の目には、深い崖の下に存在する湖がハッキリと見えた。まあるく崖の中に出来上がった湖には、空に浮かぶ半分の月やキラキラの星が、そのまま映し出されている。

 

まるで、空と地面が逆転したような光景に、俺は頭がクラリとするのを感じた。

 

『川じゃ、なかったんだな』

『崖に囲われた湖とは……こんなモノは、初めて見るな』

『ヨルでも初めてか』

『あぁ、初めてだ』

 

 では、この水の流れる音は一体どこから聞こえてくるのだろう。

俺は思わず吸い込まれるように、一歩前へと踏み出した。少し、深く覗き込んでみる。すると、すぐにその水の流れる音の正体に行きついた。

 

『小さな滝がいっぱいだ』

 

そこには岸壁に空いた複数の穴から、大量の水が流れ出ている光景が広がっていた。それは、それぞれが小さな滝のようであり、穴から流れ出た水が湖へ勢いよく流れこんで行っているようだ。どうやら、この音を、俺達は川の流れる音だと勘違いしていたらしい。

よく目をこらせば、滝のそれぞれから小さな虹がかかっている様子も見える。

 

『すごい。これは、本当に凄い』

 

まさか、これが“死の歌”と呼ばれるモノの正体だったとは。

昼間は霧がかかっているせいで、谷底の様子を見る事は叶わなかったが、まさかこうしてハッキリと目にする日が来るとは思わなかった。

俺はあまりにも美しく、神秘的な光景に、知らず知らずのうちに一歩、また一歩と足を前へと歩み進めていた。それこそまるで、“死の歌”に誘われるように。