70:金持ち父さん、貧乏父さん(70)

 

        〇

 

 

 オポジットと別れた直後、俺は今度こそ探していた人物を見つける事が出来た。

 

『オブッ!』

『……スルーさん』

 

 いつもなら、ここで『用がないなら話しかけてこないでください』なんて、スンとした顔で容赦なく顔を背けられるのだが、さすがに今日はそうはならなかった。

 

『あの、この度は……ご愁傷さまです』

『オブ、お前難しい言葉を知ってるな!ソレ、どういう意味だ?』

『……この人に、真面目に向き合った俺がバカだった』

 

 そう、吐き捨てるように口にされたオブの声は、度重なる声変わりを経て徐々に徐々に低さを増していた。まだ十二歳だというのに、なんとまぁ成長の早いものである。体つきも、以前よりも少しばかり逞しくなったように思える。

 

『用がないなら、俺は行きますけど』

『いや!用ならある!とびきり大事なヤツ!そして!それは、お前にしか頼めないやつだ!』

『……なんだ』

——-なんだ?スルー。

 

その短い返答に、俺は一瞬、目の前に立つオブがヨルに見えてハッとしてしまった。ただ、もちろん目の前に居るのはヨルではなく、オブだ。

 

『……ぁ』

 

だから!ヨルは今、首都のお屋敷に帰っていると言ったではないか!

まったく、俺ときたら困ったものだ。ヨルが居なくなって、たった数日でこれだ。これじゃあ、また会う約束をしていても、サヨナラの時が思いやられる。

 

『ちょっと、場所を変えよう』

『面倒くさいな……ここで話せよ』

『他の人間には、あまり聞かれたくない。特に……インには』

『イン?』

 

 俺がインの名を出した途端、それまでスンとしていたオブの目に、少しの温もりが宿るのを見た。まったく、一見表情が乏しいように見えて、この親子ときたら、本当にその瞳は表情豊かだ。

 

——-どうした?スルー。

 

この目は、ヨルが俺を見ている時の目に、まるでソックリではないか。あぁ、まただ。また幻のヨルが、オブと重なって見える。

 

『わかった』

『っはぁ。助かるよ、オブ』

 

 今度は静かに頷いてくれたオブに、俺はホッと息を吐くと、村の通りの脇。森へと抜ける脇道へと入り込んだ。オブは黙ってついて来ている。

 

『まぁ、ここでいいか』

『で、話って何?』

 

 周囲に人が居ない事を確認しながら、俺はオブへと向き直った。さて、どこまで話そうか。どこから話そうか。どう、短くまとめようか。

 

『しばらく、インを一人にしないでやってくれ』

『どうして』

『オブ、お前は頭がいい。それに、元々この村の住人じゃない。だから、なんて言っていいのか、俺も分からないのだが……』

 

 ハッキリしない俺の言葉に、オブの眉間に深い皺が刻まれる。あぁ、この表情もヨルそっくりだ。この子は、本当にどこからどう見ても、ヨルを思い出させてくる。でも、実際に目の前に居るのはヨルじゃない。

 

 あぁ、もう。寂しいなぁ。ヨル。早く、会いたい。

 

そう思った瞬間、俺は不安を吐露するように、考えていた内容以上の事を、口にしていた。

 

『俺は、あの村長の本当の子供じゃない』

『え?』

 

 俺の言葉に、オブの目が驚いたように見開かれる。

 そして、それは俺自身もまったく同じ気持ちだった。予想外にハッキリと口を吐いて出た言葉に、俺は思わず「間違えた!」と口元を手で覆いそうになった。

けれど、抑えそうになって止めた。

 

『もう、いいか』

 

 俺は、オブには聞こえない程の小さな声で、自分自身に向かって呟いた。先程、オポジットに話した時のように、少しだけ他者に本音を漏らしてみてはどうだろうか。

言っても無駄かどうか。どうせ分かって貰えないのかどうか。それは、俺が心配すべき事ではない。

 

相手の問題だ。

 

それに、もし理解して貰えなくても、ヨルだけは俺の事を分かってくれている。俺はそれさえ揺るがなければ、どうってことないのだから。

 

『この際だ。ハッキリ言おう。あの村長は、俺を自分の後釜に据えるのを、心底嫌がっている。ただ、他に6人居たあの親父の息子達は、昨日死んだヴァーサスをもって、全員居なくなった。そうなれば、残るのは俺だけだ』

『……スルーさん、まさか村長になるの?』

 

 みるみるうちにオブの表情が歪み尽くしていく。特に“まさか”の部分は、これまでにないほど声に感情が滲み出ており、存外に『冗談でしょ?』という言葉が、重なって聞こえてきそうな程だ。

 

いや、気持ちは分からなくもないが、ここまでの反応をされると、さすがの俺も少しくらい反発してやりたい気分になる。

 まぁ、話が拗れても何なので、そんな無駄な反発はグッと堪える事にしたが。

 

『まさか。確かに俺は素晴らしいが、この俺に大勢を束ねる器があるなんて思っちゃいない。そんな面倒な事は、フロムの父親にでも任せておけばいい。それにな。今は……オブ、お前の父親も居る』

 

 オポジットが村長で、隣でヨルがそれを補佐する。本当はヨルの隣は誰にも取られたくないのだが、もし実際にそうなるのであれば、俺は癇癪を我慢して二人の村の運営を外側から応援できるだろう。

 ただ、それは叶わない願いだと、俺はハッキリと理解している。

 もし、ヨルが帰るのが次の次の次の次の……もっと遠い未来であれば、それも叶ったかもしれない。そんな素晴らしい未来が、この村にも訪れただろうに。

 

 そう、俺が訪れる事のない未来を想い、少しばかりしんみりしていると、オブが顎に手を添えながら此方をジッと見て来た。

 

『でも、村長は世襲制なんでしょ?』

『せしゅうせい?』

『特定の地位に、決まった血統の人間が就くこと』

『へぇ、オブは本当に物知りだなぁ』

 

 せしゅうせい。うん、初めて聞いた。さすがはヨルの子だ。賢い、賢い!

 俺は思わず湧き上がってきた誇らしい感情のままにオブの頭に手をのせ、グシャグシャと髪の毛をかきまぜてやった。

だが、次の瞬間、容赦なくその手は払いのけられる。

ハイ。そして、迷惑そうな顔で一言。

 

『あの、気安く触んないでくれます?』

『……』

 

 あぁ、もう!まったく、ヨルと違って可愛くないヤツである!

 俺は払いのけられた手を、空中で二、三度振りながら、オブに向かって口を突き出した。突き出して、もう思った事をそのまま言ってやる事にした。

 

『昔からそうだと言うだけで、今の俺達が根拠もないソレに従う必要なんてどこにある?器の足らぬ者が人の上に立つ事ほど、本人にとっても周囲にとっても不幸な事はない。血なんてなんの保証にもならんのだからな』

『……まぁ、そうだね』

 

 すると、急にオブの言葉からいつもの棘が抜けた。これは、いつもの小石を投げ合うような、子供のじゃれ合いのようなやり取りではない。

 

『その通りだと、俺も思うよ』

 

まるで、俺の投げた小石がオブの掌の中でしっかりと握り締められているようだ。その瞬間、先程まで肩に入っていた力がフッと抜けた。それは、先程オポジットに俺の言葉を頷いて貰えた時に感じた感情と、似たようなモノだった。

 

『あの男は、直接血の繋がらない俺の事を憎んでいる。俺は、他の兄弟が死ぬ度に、アイツから手酷い暴力を受けてきた』

『そう』

 

 短く返される言葉には、同情も哀れみもない。ただ、静かに受け止めてくれている。それが、今の俺には酷く有難かった。

 

『だから、次はインが同じ目に合うんじゃないかって?』

『その通りだ、オブ』

『そっか』

 

 ここまでの内容だけで、オブは理解してくれた。さすがだ。話しても分かって貰えないかもしれないと思っていたのに、むしろ必要以上に話さなくても分かってくれた。

 

 そんなの、まるで――。

 

『……ちがうな』

『なに?』

 

 ヨルみたい、と思う寸でのところで、俺は小さく首を振った。この子はヨルじゃない。オブだ。この子自身の持つ聡明さまでヨルの血のせいにしては、俺は先程の自分の言葉を否定する事になる。

 この子は、オブだ。オブだからこそ、こうあってくれたのだ。

 

『……俺は、スルーさんの話を鵜呑みにはしないよ。偏った情報は、誤った結論を生むからね』

『あぁ、それでいい。俺の話なんて鵜呑みにするな。オブ、お前はお前として、お前の思うままに行動してくれていい。それが最も、インの為になると俺は信じている』

『へぇ』

 

口元に薄く笑みを浮かべ、愉快そうに首を傾げたオブの姿に、俺はこの子にも同様に“器”を見た気がした。なんというか、インがよく言う。

 

———オブはね!月の王様なんだよ!

 

 不遜で尊大で、自身の腕の中に在る者は必ず守ってくれそうな、そんな一国の主のような器を。俺はオブに見たのだ。それは、ヨルの夜空のような、全てを覆い尽くし見守るようなソレとは違う。

 

『ねぇ、スルーさん』

『オブ、お前はまた俺に失礼な事を言う気だな』

『本当の事を言うだけだから、安心して』

 

 オブから俺に向かって小石のような言葉が飛んできた。それを俺は片手で受け止め、小脇に捨てる。これが、俺達の普段のやり取りだ。

 

『スルーも、大人になったね』

 

 そう言って、俺の肩を叩いて背を向けたオブに、俺は思わず吹き出してしまった。まったく、本当にこの親子には敵わない!

 

 

 

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