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ヴァーサスが死んで数日。
俺の周囲では特に何も起こらなかった。やはり、俺の考えすぎだったのだろうか。そう思う事もあったが、連日ムダに村の集会場で行われる年寄り達の話し合いを見ると、やはり心から警戒を解く事が出来ない。
『はぁっ』
俺は思わずため息を吐く。
遠くから流れてくる会話の一端だけでも分かる。あの無駄な話し合いも、中で意見が真っ二つに意見が分かれているのだ。
なにせ、俺が広場を通り過ぎる度に聞こえてくる。“スルー”という俺の名。
アイツらの中で二分する意見はこうだ。
一つ目は、オブの言う“せしゅうせい”に則って、俺を次の村長に据えおこうという案。
それに対しもう一方の意見は、別の誰かに代理村長を任せるのはどうか、という案。
一見、後者は血筋に拘らない、非常に秀でた案のように感じられるが、実際はそうではない。
村長の地位を経験の浅い者には任せられないという謎の理屈から、代理に選ばれるのはあの年寄り連中の“誰か”だと言うのだ。
『バカらしい』
どうしても物事の利権を自分達の世代に残したいのだろう。年寄りは、自分達に不利になるような事を、若い連中が決めはしないかと不安で仕方がないのだ。年寄りにとっては、今のように変化を起こし、受け入れるヨルやオポジット達のような者達の動きは、恐怖で仕方がないのだろう。
——-もう、ここはスルーでいいんじゃないか。
——-あぁ、俺もそう思う。
けれど、それは俺を村長に推す奴らとて思考の根底は同じだ。俺の親父以外の老いぼれ達にとっては“頭のおかしいスルー”を据え置いていた方が、やりやすいと考えている。
なにせ、俺は頭がおかしいやつなのだ。だとすれば、俺を担ぎ上げておき、実際の決定権は裏で自分達が牛耳っていた方が、表面上、血脈の正当性を維持しつつ利権も手に出来る。昔から、愚かな人間の筆頭者を決める時に、まことしやかに言われる事だ。
担ぐ神輿は軽い方が良い、と。
どちらの意見も、バカらしくて声を上げて笑ってしまいそうだ。
本当に、死にぞこない共の井戸端会議なら、子供達を見習って邪魔にならないように草原の真ん中でやっていればいいものを。正直、勝手に名前を挙げられるのも、前を通るたびに不躾な視線を向けられるのも、いい加減ウンザリだ。
『……』
俺は空の籠を背負って歩きながら、気付かれないように視線だけ、あの老いぼれへと向けた。
あの死にぞこないは、話し合いの中心に居ながら、もう既に実権なんてほぼないに等しい。アイツが生きがいのように縋ってきた“村長”という称号は、今や飾り物のように空虚だ。
そして、担ぎ上げる為だけの軽い神輿として、俺を村長職に就かせようとする周囲に対し否の一点張りを決めこんでいるのが、あの男だ。
最初に意見が二分していると言ったが、二分させているのはあの男以外他にない。もう老いぼれて、いつ死ぬか分からないにせよ、一応アイツは現在の筆頭者だ。
——-なぁ、一応スルーもお前の血筋だろう。
——-もういいじゃないか。
——-お前も、その足じゃ色々ときついだろう。
周囲も頷かないアイツに、ほとほと困り果てている。けれど、どう言われてもあの男は頷く事などない。
その目に宿る意思と言えば、絶対に俺の事だけは村長にさせてたまるかという、怨念にも近い執念だけのように見える。
夏にヴァーサスが親父は体調が悪い、と言っていたが、アイツはいつになったら俺の前から居なくなってくれるのだろう。俺の見たところ足が悪いだけで、体調が悪いようには見えないではないか。
『早く、くたばれ』
あぁ、冬の寒さよ。どうか早いところ、アイツをこの世から連れ去ってくれないだろうか。
『くたばれ、くたばれ』
俺の呟きが、まるで呪いのように繰り返される。俺の、俺だけに聞こえる“くたばれ”の言葉は、まるで俺に対して放たれているようで、少しだけ頭がクラリとした。眩暈がする。少し、吐きそうだ。
そう、俺がその場に思わず座り込みそうになった時だ。
——–スルー。
『っ!』
耳の奥から、ヨルの声が聞こえた気がした。スルーと、俺の名を呼ぶ優しい声。俺の事を、そんな慈しむような声で呼ぶ相手なんて、この世には一人しかいない。
『……ヨル、ヨル、ヨル』
俺は座り込みそうになった体を、その二本の足でしっかりと支えると、その場で踏ん張った。“くたばれ”から“ヨル”へと呟く呪文を変えた。すると、気持ち悪かった気分もじょじょにスッキリしていく。
『あぁ。そうだな。ヨル。これは、いけなかったな』
とっさに独り言を呟き、自身の心に静止をかける。言葉は言葉をもって、打ち消さなければ。
『俺はいけない事を言った。ごめんなさい』
俺はたった今、心の底から他者の死を望んでしまった。そして、望んだ時の俺の手は、案の定、ぐぅの悪い手になっていた。
『ひらけ、ひらけ』
どんな理由であれ、他者の死を願うなんてダメな事だ。何故なら、それをしてしまったら、俺は俺の中で最も忌むべき存在である、あの老いぼれと同じになってしまう。
あの男が、俺の死を本気で願っていたとしても、俺はソレをしない。俺は、アイツとは違うのだから。
俺はあいつの子供じゃない。俺にとって、それは不幸の始まりでもあったが、今では唯一の救いでもあった。
俺は右手に作られた拳を、左手でよしよしをして、そっと開かせた。