72:金持ち父さん、貧乏父さん(72)

『えらいぞ、スルー。えらい、えらい』

 

 俺は開かれた右手で撫でていた左手を握りしめてやる。

 握り締め、自分で自分を褒める。自分で褒めてはいるのだが、俺の中ではこれはヨルに褒められているという設定だ。そう思った方が嬉しい。

 

『スルーは一番偉いぞ!』

 

 

 そう、俺は物凄く偉いんだ!そんな気持ちを込めて、俺はその場で声高に叫んだ。そのせいで、通りがかった村人や、集会場にいた年寄り達の目が一斉に俺へと向く。けれど、俺はそんなのはまるで気にしない。

 

『俺はものすごーく!えらい!』

 

 だって、俺は毎日会いたくもないアイツの家へと向かい、足の悪いあの老いぼれに変わって、洗濯や薪割を命じられるままやっているのだ。もちろん、礼の一つもありはしない。

今日も畑仕事がひと段落したら、またあの家へと行かねばならないと思うと、本当にウンザリしてしまう。

 

 愛された事なんて一度もないのに、親の面倒は子が見なければならないなんて、なんて理不尽な風習なのだろう!

 でも、大丈夫。俺はやれる。何だって笑ってこなせる!だって、俺は――

 

『スルーは、一番素晴らしいんだ!』

 

 

 そうやって俺が広場でひとしきり自分自身を褒めたたえていると、広場の反対側から俺を呼ぶ高い声が聞こえてきた。

 

『あ、お父さーん!』

『ん?インと、オブ』

 

 そう俺に向かって手を振りながら近づいてくるのは、もちろんインだった。隣にはインにピッタリとくっついて歩いてくるオブの姿も見える。

 

『よしよし』

 

どうやら、オブは俺の言う事を鵜呑みにしないなんて言いながら、インの傍に居てくれる時間を増やしてくれているようだ。

 ヨルも居なくて色々と忙しい事もあるだろうに、ありがたい限りである。これは俺からの最大限の感謝を伝えてやらなければ!

 

『よお!オブ!お前は最高に素晴らしいな!俺とインの次に可愛いぞ!』

『……スルーさん。あまり往来で頭の悪い叫び声を上げない方が良いですよ。子供のインまで頭がおかしいと思われたら困るので』

 

ただし、オブから俺へと向けられる言葉は相変わらず容赦がない。最近は、オブから投げられる小石が、少しずつ大石に変わってきている気がする。そのうち、大岩を投げられてきやしないかと、俺はヒヤヒヤしているが、まぁ、今はいいだろう。

 

『そんな事を言ったってダメだぞ!よぉし!オブ、お前に感謝の気持ちを表すためにギュッと抱きしめてやろう!』

『あ?何でそんな返事になるんだよ!?』

『ザンも居なくて寂しかろう!俺を父親だと思ってもいい!ほら、ほら!』

『っひ、気持ち悪い!本気でやめろよ!』

 

 せっかく抱きしめて全身全霊で感謝の気持ちを表そうとしていたのに、オブは全力でインの後ろに隠れてしまった。そして、その顔は本気で俺の事を気持ち悪がっているのが見てとれる。

そんな顔をされてしまっては、この広げてしまった手を、俺はこの後どうすればいいのだろうか!

 

『あはは!オブとお父さんっていつも喧嘩して!まるで兄弟みたいだね!』

 

 俺とオブの間では、インが無邪気な笑顔を浮かべ、そんな事を言う。その言葉に、インの後ろに隠れていたオブの顔が、一気に絶望の色に染められた。

 いやいやいや、その顔は余りにも酷すぎやしないか!俺に対して!

 

『……ねぇ、イン。今日は一緒に秘密基地に行くんだったよね?もう、早く行こう』

『うん!今日は二人で何する?』

『それは、二人だけの時に話そう。今は、ほら』

 

 そう言ってチラと俺を見て、眉間に皺を寄せてくるオブの表情は本当に俺を邪魔者だと思っているのが分かる。インを一人にはしないが早く二人きりにさせてくれよ、と存外に伝えてくるその目は、ニアの為に周囲に牙を剥いて牽制してまわるフロム以上のモノがある。

 

『うん!そうだね!ここはお父さんが居て邪魔だから、早く秘密基地に行こう!』

『おいっ!そっちから話しかけてきた癖に、俺を邪魔者扱いするな!二人して楽しい予定を見せびらかしやがって!もっと俺とも喋ってくれ!遊んでくれ!』

『アンタは仕事をしてくれよ』

 

 オブのピシャリと放たれた一言は、本当に取りつく島など欠片もない。しかも、俺がまだ言い足りないと口を開こうとしていると、既に二人は俺の方など見ておらず、ピタリと並んで俺の横を通り過ぎて行く所だった。

 

あぁ、これは余りにも酷すぎる!

 

『もう!イン!オ』

ブ、と言って俺が再び二人の前へと駆け出そうとした時だ。ふと、何かを思い出したのか、奇跡的に、オブが俺の方へと振り返ってきた。そして、振り返って俺の思考をピタリと止める言葉を口にした。

 

『あぁ、そうそう。一昨日の朝、父が首都の家を発ったそうです。早ければ明後日、いや、明日の夜には帰ってくるんじゃないかと思います』

 

『……本当か?』

『本当ですよ。こんな事、嘘をついたって仕方がない。そんなに急いで帰ってくる必要、ないのに』

『へぇ!ザンさん帰ってくるんだ!帰って来たら、おかえりなさいを言いに行かないとね!』

『いいよ。インがそんな事言いに行かなくて』

『いやだ!言いに行く!お父さんも一緒に言いに行こうね!』

 

——–ザンさんに「おかえりなさい」って!

 

 そう、俺に向かって笑顔を向けるインに、その後どう返事をしたか、俺は分からない。気付けば村の広場の真ん中で、俺は一人でぼんやりと立ち尽くしていた。もう、目の前にインやオブの姿はない。

 

 いつの間にかあの二人は秘密基地に遊びに行ってしまったらしい。

 

 

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