84:金持ち父さん、貧乏父さん(84)

 俺は怒っていた。

 そりゃあもう、怒っていた!

 

『けもるー!けもみ!けもも!なんでだ!なんでお前らは俺の言う事を聞かない!』

 

 俺は暗くなってしまった森の中で、モシャモシャと足元にある草を一心不乱に食べる可愛い子らに、初めて怒りの声を上げていた。

 

『草ならちゃんと村でやるから!帰るぞ!こんな事をしてたら、お前らが狼に食われてしまうだろうがっ!』

 

 そう言って何度、けもる達の体をむりやり押した事だろう。何度、けもる達の周りを駆け回った事だろう。

 けれど、けもる達は俺の言う事など一切気にした様子はなく、ただむしゃむしゃと草を食っては歩き、草を食っては歩く。たまに軽く歩き出したかと思ったら、森の奥に入ろうとするのだから、目も当てられない。

 

『いい加減にしろ!お前ら、いつ赤ちゃんが出てきてもおかしくないんだぞ!こんな所で赤ちゃんが出てきて狼に見つかったら、ひとたまりもないからな!』

 

 めぇ

 

『めぇじゃないっ!お前らがこんなに言う事を聞かない子らだったとは、俺は全然知らなかったぞ!もう!』

 

 俺はけもる達をちゃあんと発見出来た。

発見できたが、その三頭をどうやって連れて帰ればいいのか、俺には分からなかった。抱えるにしては大きい上に、そもそも三頭全員を抱えるのは無理だ。だからと言って、一頭に集中して返していては、他の二頭を見失ってしまう。

 

 俺はどうにかこの三頭を一気に村に帰さねばならないのだ。

 

『……誰か、俺を探しに来ては……くれんよなぁ』

 

 一人でなければ、まだ何とかなるのだ。オポジットあたりが探しに来てはくれないかと、最初などは少し期待もした。けれど、ここまで遅くなってしまっては誰も夜の森に入ってまで、俺の事など探しに来てはくれないだろう。

 

———お前のせいで!

———またスルーが厄介ごとを引き連れてきた!

———どうするんだ!

 

 最後に俺に向けられていた皆の視線や言葉のどこに、俺を探しに来てくれる可能性があるというのだ。

 ほんの少しでも期待してしまった自分に、俺は酷く嫌な気持ちになってしまった。あり得ない期待をしてしまったせいで、無駄にガッカリする羽目になった。

 

『ヨル……』

 

 俺はまだ帰って来てもいない男の名を呟いた。呟いた途端、妙に一人の寂しさが増した気がする。葉の散った木々の隙間から見える夜空へと目をやると、夜なのに妙に空が明るい。どうやら今日は満月らしい。どおりで夜にも関わらず、手元が明るいと思ったのだ。

 

『けもる、けもみ、けもも。お前ら、いつもは俺の言う事を聞いてくれるじゃないか。外に出たら楽しくなったのか?もう、狭い場所へは戻りたくないのか?』

 

 めぇ

 

 俺がけもるの顔を見て話しかけてみる。すると、けもるはいつものようなとぼけた顔で、俺の体に自身の頭をグイグイと押し付けてきた。

 これは、するーだいすき、の合図だ。けもみや、けももも何故かそれに習うように俺に頭を押し付けてくる。

 押し付けながら、ドサリとその場に座り込んでしまった。まさか、もうここから一歩も動かないつもりではないだろうか。

 

『……頼むよ、皆。スルーが好きなら、村に帰ろう』

 

 そう、俺が座り込んだ三頭の頭を撫でている時だった。

三頭の様子が、どうもおかしい。ぐいぐいと頭をおしつけながら、どこか苦し気な呼吸になってきている。しかも、俺におしつけられた三頭の体から、生暖かい水が大量に零れ始めた。

 

『えっ、えっ!』

 

 俺は自身の足元がびしゃびしゃになっていくのを感じながら、ただただ目を見開く事しか出来なかった。

 これは、まさか。

 

『もしかして……産まれそうなのか!?』

 

めぇ、め。

 

 三方から聞こえてくる苦し気な声。何故、三頭が夜になるにつれ、酷く動きが鈍くなり始めたのか、俺はやっと理解した。

 けもるも、けもみも、けももも、実はずっとずっと体がきつかったのか?

それに気付かず、俺は皆の体をおしやったり、怒鳴ったり。ともかく、無茶をさせていたのか!?

 

『あわわ!あわわ!どうしよう!しかも皆一気にか!?なんで、こんな時に!』

 

 俺は頭上で明るく此方を照らす真ん丸の月を見上げながら、ともかく、ともかく落ち着く事にした。一人でだってやれる!

なにせ俺はインだって、ニアだって上手に取り出したのだ!これまでだって、沢山の羊の赤ちゃんも取り出してきたのだ!

 

『やれる、やれる。スルー!何故なら俺は素晴らしいからだ!』

 

 そう、ヨルが言った。俺の事を素晴らしいと。素晴らしいヨルがそう言うのだから、間違いない。

俺は素晴らしい、素晴らしいスルーだ。だから、ここで3頭の可愛い子らの赤ちゃんだって上手に取り出せる。

 

 そして、今日は満月だからきっと凄く良い事がある。幸運だから、狼だって来ない筈だ。そう、信じて俺は今はけもる達のお産に集中する事にした。

 

『よし、みんな!ここで産め!スルーが全部なんとかしてやる!』

 

 俺は痛さで『めぇ、めぇ』と鳴き喚き始めたけもる達の隣で、必死にその手をぐぅにした。このぐぅは、絶対に元気な赤ちゃんを取り出してやる、の決意のぐぅだった!