『そうかっ!そっか!じゃあ、俺はこれからも特別に、ザンと色々な事をしてもいいんだな!?』
『どうぞご勝手に』
『口付けも!抱擁も!よしよしも!たねっ』
種まきも、と口にしようとした時、俺の口はヨルの綺麗な掌で抑え込まれていた。何故止めるのかと、ヨルの方を見てやれば、もうそのヨルは真夏の昼間のように、大量の汗をかいていた。
はて、今は夏真っ盛りだっただろうか。冬の入口に差し掛かった所だと思っていたが。
『いい加減にしろっ!スル―!……オポジット、さっさとこの家畜達を村へ連れて帰れ!』
『あぁ、俺達はその為に来たんだ。お前がそう言ったんだろ?こんなモンまで俺に持たせて……使う機会も無かったがな』
そう言ってオポジットがヨルに、何やら小さくて固そうなモノを手渡している。あれは一体何だろう。
『貴族は銃なんてモノも持ち歩くんだな』
『……護身用だ』
ヨルは熱を吐き出すように言うと、オポジットからその固いモノを受け取り、自身の腰に突っ込んだ。
へぇ。あれが“銃”というヤツか。
昔、狼狩りに来た連中が持っていた猟銃とは、また見た目が全然違うのだな。ほう、へぇ。
『さて、なら羊達を連れて帰るか。……子羊が四頭。まさか、双子まで居るとはな』
『おう!けもるが産んだんだ!』
オポジットや村人達が俺達の足元に居る羊の子らを見て、思わず顔を綻ばせるのを、まるで俺は自分の子であるかのように得意気な気分で見ていた。
『オポジット……スルーは一旦屋敷に連れて行くぞ』
『はいはい、好きにしろよ』
『違うからなっ!このナリではあんまりだから、風呂にっ』
『だーかーら、好きにしろよ!?別に俺達は何も言ってないだろ!』
どうやら、俺はこれから村には帰らずにヨルの屋敷に行くらしい。このナリ、と言われた自身の体を上から眺めてみれば、確かに俺は酷い有様だった。体中、けもる達の出産で出たベタベタでぬるぬるしているし、一日中走ったので、酷く汗臭い。
正直、川は寒いのでヨルの屋敷のお風呂に入れて貰えるのであれば、それは非常に有難かった。
『オポジット、その子らの名前は俺が明日きちんと付けるからな!勝手に変な名前を付けるなよ!』
『あぁぁあもう!お前ら本当に面倒臭ぇな!さっさと屋敷で、口付けでも情交でも好きにしてろっ!俺ももう早く帰って寝たいんだっ!』
『だからっ!違うと言っているだろうがっ!』
〇
そんなヨルの大声が夜の森に木霊して、その日の一日は幕を閉じた。
幸いな事に、家畜は全員無事どころか、最終的に数を4頭も増やしたので、家畜場は非常に賑やかになった。
帰ってみると、あの老いぼれは、もう俺には一切関わって来なくなった。
むしろ、家にも来るなと言われるようになってしまったので、俺としては願ったり叶ったりだ。
——-もうっ、私に構うなっ……汚らわしいっ!
全く、最後の最後まで酷い言われようだ。
けれど、足も悪くないなら世話する必要もないのだから、当然と言えば当然だろう。
ただ、ヨルを見ると酷く怯えた様子になるので、もしかしたらヨルが何か言ってくれたのかもしれない。
それに、あんなに怒っていた筈の村の皆も、俺が帰った時には、そんなに怒っていなかったので、俺としてはホッとしたのだった。
『おーい!ザン!今からこの子らの名前を決めるから、お前も来―い!』
『……俺はいい』
『ダメだ!けもるの子は、ザンが上手によしよしして助けたんだから、ザンが付けるんだ!』
村の子らが家畜場で子羊達を撫でる中、俺は広場でオポジットと何やら話しているヨルへと、けもるの第一子を抱えて見せてやった。すると、けもるの子はやはりヨルが好きなのだろう。
メエェェェッ!
ヨルを見るなり、それまでの鳴き声とはうってかわった叫び声を上げた。きっと、訳するとこうだ。
——ヨルヨルヨルヨール!
これは俺がヨルを見ると思わず言ってしまう台詞そのものだ。あぁ、気持ちは凄くよくわかるぞ、けもるの子。
すると、俺の足元ではけもるの第二子が『ぼくも!』と言わんばかりに俺の足元に頭突きを食らわせてくる。俺は不公平はいけないとばかりに、白いふわふわの子らを両腕に抱え込むと、スリと俺の頬にそのフワフワを寄せた。
あぁ、気持ちが良い。やわらかい、素敵なフワフワだ。
そして、頬に寄せた子羊達と、もう一度大声でヨルを呼ぶ。
『ザーーン!』
メェェェェェッ
メエェェェェッ
こうして呼べば、ヨルが来てくれるのは分かっている。
次の瞬間には、きっと『まったく』という顔で来てくれるんだ。
ヨルがこの村を出るまで、あと季節は、この冬。そして、春と夏を残すのみ。
この子らの名前でもいい。残りの季節で、俺はこの村に、ヨルの暖かさの残るモノを出来る限り残したい。
『まったく……オポジット。少し頼む』
『あぁ、言ってこい。でないと、うるさくて敵わん』
残ったヨルの暖かさと、心の中のヨルとで、俺は約束の日まで生きるのだ。
『ザーン!』
俺は、ヨルを、心から愛している。
————
———
—-
———スルー。村の併合が完了したら、正式に首都に戻る事が決まったよ。
あぁ、とうとう恐れていた日が来た。
俺は納屋の隅にある藁の上で蹲りながら、自身の荒い息に身を委ねた。
『ヨル……』
俺は久々なまでの体の不自由な感覚の中で、自身の腹を撫でた。ここには、俺のヨルが居る。
あぁ、あと数回しか会えないのに。俺は一体何をやっているんだ。
俺は熱いのに、まるで体の中身は真冬の川の中のような、ままならない感覚の中、目を閉じた。
目を閉じ、そこから何故か、とても嫌な夢へとドプリとその身を委ねたのだった。
それは、俺が全てを失う、とても恐ろしい夢だった。