『こりゃあ、またひと嵐来そうだなぁ』
『お父さん、これはきっと物凄いのが来るよ!だって物凄く顔がベタベタするもん!』
『おぉっ、インがそう言うなら間違いないな!じゃあ、しっかり備えるぞ!』
『はーい!』
夏の終わりだ!疾風の季節がやって来た!
俺とインはカラリと澄んだ青空の中、村でも一番小さくて狭いレイゾン畑の中で拳を握りしめていた。
このぐうの手は、誰かをポカリと叩く“悪い手”ではなく、“これから疾風を存分にお出迎えするぞ!”のぐうの手である!
『さぁ、イン!大きな疾風の前にやる事はなんだ?』
『収穫できるものは、先に収穫しておく!』
『そうだ!今から一つ一つ見て、収穫できるやつは収穫するぞ!インならもう、どれが収穫していいヤツか、分かるな?』
『もちろん!』
長い冬が終わり、春が来て、現在は、もうそろそろ夏を越えようという所まで来ていた。
爛々と照り付ける日の光が、少しばかりその強さを弱め、今は季節を片足だけ秋へとつっこんでいる所である。
『ねぇ、お父さん。どうしてうちの畑は他の皆の畑より凄く小さいの?たくさん採った方がウチもお金持ちになれるんじゃない?』
『広いとその分世話が大変だろ?疾風が来た時の準備にその分お金がかかるし、それに……』
『それに?』
『朝から晩までレイゾンの世話なんてまっぴらだ!』
『確かに!その通りだね!』
そして、今年は疾風が大量にワラワラと村にやって来る年だった。
もう既に、現時点でいつもより多い五つの疾風が村を襲っている。その五つは、まぁ、まだ強さでいくと中ぐらいの強さだ。
物凄く強い疾風ではなかったので、どうにか収穫前のレイゾンはダメにならずに済んだ。それもこれも、俺が夜通しかけて、麻の囲いを撤去したり、設置したり、レイゾンに袋をかけてやったりと、状況に応じて機敏に対応したお陰だ!
やっぱり、俺は素晴らしい!
『まぁ、疾風のおもてなし準備なんて、このスルーにかかれば朝飯前だけどな!』
『確かに!お父さん、こないだの疾風の時は、夜ご飯の後におもてなしの準備をしてたもんね!』
『そういう朝飯前とは違うんだ!イン』
まぁ、今年の疾風の数が多い事は、冬の時点で分かっていた事なので、別に驚く事ではない。なにせ、俺の疾風予想は15の頃から、大きく外れた事はないのだから!
だから、その事を皆に言うように俺はこっそりとヨルに頼んだ。そうしなければ、何も考えずに皆は無駄な準備をしたり、逆に何も準備が出来なかったりして、せっかく育てたレイゾンを無駄にしてしまうに違いないからだ。
けど、俺が頼んだのに、ヨルは皆に伝えてはくれなかった。
———言いたければ、自分で言え。
そう、とても意地悪な事を言ったのだ。
そんなヨルに、俺は心底ビックリしてしまった!
だって、前の年の夏にはヨルが『有名な疾風研究家が、今年は疾風が少ないと言っている』と言って皆を説得してくれたから、皆信じてすぐに動いてくれたのだ。
俺が言った所で、みんな信じるわけもないのに!
そんなのヨルだって分かってる筈だろう。けれど、俺が何度ヨルにお願いしても、ヨルの口から出るのは『自分で言え』の一点張りだった。
——–ヨル、分かるだろ?俺ではダメなんだ!
——–何がダメなのか、俺にはさっぱり分からんな。
ヨルは最近、俺に対して少し意地悪が過ぎる。
他にも色々な事を、前までは俺の代わりに皆に言ってくれていたのに、全然代わりに言ってくれなくなった。
——–スルー。それは自分で皆に言うんだ。
ヨルは本当に意地悪だ!意地悪でも、好きだけれどな!
——-ぐぬぬぬぬ。
でも、今年のレイゾンはヨルのお陰で売値が倍価すると言っていたので、もし疾風で俺以外の家のレイゾンの出荷量が大幅に下がったら、きっと皆ガッカリしてしまうだろう。
せっかくヨルがくれた、金持ちになれる機会を棒に振るなんて、本当に可哀想だ。
だから、今度はダメ元でオポジットに同じ事を頼んでみた。
———オポジット。有名な疾風研究家という奴が、今年の疾風は沢山来るし大きいから気を付けろと言っている。だから、そう皆に伝えた方がいいぞ!
そう、オポジットなら皆に慕われてるし、なにせ野蛮で声が大きいので、オポジットが言えば一発で皆に伝わると思ったのだ。
けれど――。
———おーい!みんな!スルーが今年の疾風は大量で規模も大きいから、備えはきちんとしろと言ってるぞー!
——–俺じゃない!有名な疾風研究家が言ってると言っているだろうが!
——–だから、それがお前だろ?
——–ちーがうっ!
やっぱり、オポジットはバカだった。
俺の名前を出したら意味がないのに、普通に皆に“スルーが”と言ってしまったのだ。バカバカバカ!オポジットのバカ野郎!
俺がオポジットの、余りにも愚かなバカさ加減にその場で地団駄を踏んで叫んでやると、何故か皆は『そうなのか。じゃあ、いつもより麻布をたくさん買わないとな』と、普通に頷いていた。
——–あれ?あれれ?
俺が言ったって言ったのに、どうして皆普通に信じるのだろう。俺は、俺の隣で腰に手を当てて何て事のない顔で此方を見るオポジットに目をやった。
——–なんで?なんで、みんな俺の言う事なのに信じるんだ?
そんな俺の疑問に対し、オポジットは何故かあきれたような顔を俺に向けて言った。
——–昔から、お前の家のレイゾンが一番収穫量が安定してるからな。つーか。もともと、皆はお前の家の疾風対策を真似して毎年やってるぞ?気付いていなかったのか?
言われて俺はハタと、固まってしまった。
そんな訳ないと思った。だって、最初に俺が『今年は疾風は少ないぞ!』と口にした時は、みんな全く話を聞いてくれなかったではないか!
———あれ?でも、それって。
けれど、そこまで思い出して俺はふと思った。
それって、一体いつの話だ?と。思い出そうとすると、それは酷く酷く昔の、まだ俺が子供の頃の話だったなと思い出した。
そんな俺は今年で三十になる。インなんて、もう十三歳になる筈だ。
三十歳にもなる俺の子供の頃の話って、実は物凄く昔の話じゃないか!
どうやら、俺は最初の皆からの否定的な言葉一つで『どうせ』と思い込み、自分の中で根拠のない幻の皆を作り上げてしまっていたらしい!
これって、村の老いぼれ達と何も変わらないじゃないか!
俺は少しだけまた自分の凝り固まった“思い込み”に恥ずかしい気持ちをいっぱにしていると、いつの間にか隣に立っていたヨルが、意地悪な目で此方を見ているのに気付いた。
——–だから、言っただろう。有名な疾風研究家よ。
そう言って笑う、ヨルの姿は意地悪だったが、とてつもなく素敵だった。