275:変わった奴

 

 

 俺と同い年の眼鏡の男は、とても変わった奴だった。

 

——-俺の名はプラスだ!さぁ、アウト!週初めで非常に気分は最低だったけど、君に会えて急に元気が出てきた!一曲、俺と踊ってくれないか!?

 

 

 そう言って俺に手を伸ばして来た男は、その日から俺の同僚となり、同じ寮で共同生活をする人間となった。

プラスと名乗ったその男は、常にご機嫌な舞台で陽気にダンスを踊っているような奴で、いつもいつも楽しそうだ。

 

——-ららららー!

——-プラス君!仕事中は歌わない!

——-仕方ない、じゃあ踊るしかないか。

——-ダンスも禁止だ!

 

 そうやって仕事中も歌ったり踊ったりと、ひたすらに変わった行動ばかりをみせるプラスだったが、どうやら俺とは酷く気が合ったのである。

 

 あ、そうそう。

 アボードに最近教えてもらったのだが、こうして気が合う事やモノを“ウマが合う”と言うらしい。どうして“ウマ”なのか、俺はよく分からないのだが、ウマは大きいけれど、優しい顔をしていて俺は気に入っているので、ちょっとだけ訂正する事にする。

 

 そう、俺とプラスはウマが合ったのだ!

 

 プラスの上手な歌を聞くと俺は元気が出るし、歌がへたっぴな俺とでもプラスは楽しそうに一緒に歌ってくれる。同じ寮で、しかも入寮者は俺とプラスの二人きり。

 

 いつもは、仕事終わりには酒場を飲み歩くだけだった俺の日常に、プラスとの楽しい合唱と、ダンスの時間も加わった。けれど、毎晩俺はウィズの酒場にも行かなければならないので毎日大忙しだ。本当に、以前の俺の生活とは大違いになってしまった。

 

 まぁ、プラスもプラスで夜になると歌を歌う為に、いつの間にか寮から居なくなっているので、この辺はお互い様なのである。

 

———俺には愛好者が居るからな!歌わない訳にはいかないのさ!

 

 そう言って、笑うプラスの周りには、みゅうみゅうと可愛らしい鳴き声を響かせる毛のモノ達で溢れかえっていた。

 

 みゅう。

 

 そうやって高くて細い鳴き声を放つこの子達は、プラスが次から次へと連れてくる謎の生き物達である。

 

 耳がピンと立っていて、尻尾は長くまるでそれだけで一つの生き物のようにウネウネとしている。目は黒目がちできょろきょろとしており、とにもかくにも可愛いの一言に尽きる謎の子らだ。

そして、この毛のモノ達は、プラスの部屋にも、寮の炊事場にも、そして当たり前のように俺の部屋にも居る。彼らは自由気ままなのだ。

 

 

 今は全部で十匹の大所帯だ。

 

——-ほら!アウト!この子は俺の次に可愛いから、この子も家族になるぞ!

——-え、えぇっ!また!?

 

 俺が寮に戻って来て、そんな事が既に数回あった。

 とにもかくにも、プラスは何でもかんでも拾ってくる、非常に変わった奴なのだ。

 

 仕事中にも歌うし踊るし、上司に怒られても気にした風でもない。

そして、一番変わっている所は「俺の次に可愛いからな!」と言う言葉と共に披露されるプラスの拾い癖だ。

 

 俺はいつ、管理者にバレて退去命令を出されやしないかとビクビクしていたのだが、いや、まぁ、こんな萎びた誰も入寮を希望しない寮の事など、誰も気にしない。

 

 気にされなければ、もちろんバレる事もない。

 

——–アウト?何をそんなに恐れる必要がある?バレなければ何の問題もないだろう!

 

 そう言って毎日大いに笑ってみせるプラスの言葉に、そのうち俺も「それもそうか!」と、いつしかパーンと緊張の糸が切れた。切れた瞬間、俺はそれまでのソワソワが嘘のように、ふわふわの毛のモノ達との日々を純粋に楽しめるようになったのであった。

なにせ、彼らは非常にふわふわで気持ちが良いのだ。

 

 みゅうみゅう。

 

 そういって今朝がた、俺に頬を寄せて共に寝ていた子の名前は、確か“けもる”と言ったか。

もちろん、これもプラスが付けたとてもヘンテコな名前だ。

けれど、なんだかそう言われてみるとこの子は確かに“けもる”以外はあり得ないと思えてくるので、プラスはやっぱり不思議な奴だと思う。

 

 俺の中のファーみたいに、けもるやけもも、けもみに、けもこ。ともかく沢山の毛のモノ達は、俺の心の中にすんなりと馴染んでいった。

 

 そんな俺とプラスの変わらぬ日常に大いなる変化をもたらしたのは、やっぱりプラスだった。

 

どうやら俺はプラスの拾い癖を酷く侮っていたようだ。

 

「アウト!この子は俺よりも可愛いから、今日から此処で一緒に暮らすぞ!」

「は?」

 

 目の前の光景に、呆けた俺の声がみゅうみゅうと言うけもる達の鳴き声の中に沈んでいく。

 

「ちょっ、え?プラス、それは……さすがに拾って来たらダメだろ」

「なんでだ?」

「なんでって……だって」

 

そう、いつものキラリと光る眼鏡の奥に潜むにっこり笑顔を浮かべるプラスの腕の中には、薄汚れた男の子がスンとした表情を浮かべ抱えられていた。

 

「人間じゃん!」

 

 そう、俺はプラスの口から初めて聞く「俺よりも可愛い」という言葉と、どこか不機嫌そうな紺色の髪の毛の男の子の顔に、目を瞬かせるしかなかった。

 かくしてこの寮には、大量の毛のモノ達と、二人の成人男性、さらにそこに一人の男の子が加わろうとしているのであった!

 

 

 最終章:酒は百毒の長