「アウトの恋人!さぁ、この子に美味しいご飯をくれ!」
そう言って前後の脈絡など一切無視してプラスは無理やり腕の中に収めていたベストを、ズイとウィズの前へと突き出した。
突き出されたウィズはと言えば、ベスト同様、眉間に深い皺を作り上げ、チラと俺の方へと視線を向けた。
「アウト。これは一体どういう状況だ。順を追って一から説明しろ」
「えっと……」
少し考えれば分かる事なのだが、ウィズが若干不機嫌だ。ウィズの顔には「なんだ、このやかましい男は。お前と一体どういう関係だ?」とハッキリ書いてある。いや、むしろもう口に出さん勢いだ。
さて、どこから説明したものか。
そう、俺が「えっと、」と頭の中をぐるんぐるんさせている時だ。やっぱりプラスは一切黙る事など出来ないようで、俺とウィズの間に入り込むと、先程同様、ベストをウィズの前へと突き出した。
「さぁさ!ここは俺が説明しよう!俺の次くらいに可愛いアウトの恋人!ウィズ!」
「……俺の、次に、だと?」
「そうだ!この中ではこのベストが一番可愛くて、その次に俺とアウト、最後がウィズ。君だ!」
「いや、待て!ちょっと待て……その圧倒的に独特な言い回し、まさか」
まさか、と言ってウィズがプラスを前にその切れ長の美しい目を大きく見開いた。
はて。どうやらウィズはプラスを知っているらしい。しかし、プラスは一切そんな様子を見せない。それどころか「待て」と口にするウィズに対し、プラスは一切の“待った”を聞く気はないようだった。
「俺の名はプラスだ!ウィズ!この物凄く可愛い子を、俺とアウトの二人で育てる事になった!だから美味しいご飯をこの子にくれ!」
「は?プラス?いや、だいたい、この子供は何だ!?それに……やはり、この相手を一切顧みない説明の飛躍感、俺より可愛いなんていう言い回し……」
「む?」
「スルーさんか!?」
「するー?」
ウィズの口から飛び出した名前は、まったくもって俺の知らない人間の名前だった。そして、スルーと呼ばれたプラスはウィズの問いかけに、珍しくハッキリと怪訝そうな表情を浮かべている。
あぁ、これってもしかしてウィズはプラスを前世の誰かと勘違いしているのではないだろうか。
「何を言ってるんだ?ウィズ。俺はプラスだとさっきも言っただろう?まったく、アウトの恋人は、とんだおバカさんなんだな!」
「何かにつけて、おちょくられる腹の立つこの感じ……俺は、忘れんぞ」
ははっ。そんな軽い笑い声と共にプラスの口から飛び出した言葉は、ウィズの眉間の皺をどんどんと濃くするばかりだ。あぁ、これはもしかして俺が後から叱られるヤツなのではないだろうか。
「あの、ウィズ?えっと……プラスは俺と同じで、前世の記憶が無いんだ」
「記憶が?」
もう遅いかもしれないが、一応プラスの後ろからおずおずと伝えてみる。すると、ウィズの鋭い視線が一瞬だけ俺へと向けられた後、すぐにプラスの下腹部へと移動した。
「……ほう、確かに。そうみたいだな。けど、これは明らか過ぎる。こんな人間、二人と居てなるものか」
「なぁ、前世とかマナとか今はどうでも良いだろう!まずは可愛い可愛いこのベストに、ごはんを食べさせる!それが先決だ!」
「……」
ずい、ずい。とウィズの方へベストが押し付けられる。同じような表情を浮かべた大人と子供が、まるで鏡合わせのように向き合う姿は、なんというか……ちょっとだけ面白い。
「……はぁ。もう分かった。アンタに逆らうと、それはそれで面倒だったのを思い出した」
「わぁっ!良かったな!素晴らしい!ベスト、さぁ美味しいご飯が食べられるぞ!」
プラスの歓声がウィズの酒場を埋め尽くす。とにかく、一旦ベストに何か食べさせるという当初の目的は達成されそうで何よりだ。
「別に……俺は、腹など減ってない」
「ふふん。俺は知ってるぞ!ベストの腹がさっきからくぅくぅと可愛い鳴き声を上げているのを!ふふ、可愛い可愛い」
プラスはベストを抱えたまま、調理を始めたウィズに一番近いカウンターの席へと腰かけた。腰かけて、プラスにスリスリと頬ずりまでするおまけ付だ。
きっとベストは一人で座りたいし、プラスからの容赦ない頬ずりが嫌なのだろう。先程からモゾモゾとプラスの腕の中でもがいている。
もちろん、プラスがベストを離そうとする様子は一切みられない。
「なぁ、プラス?ベストはきっと一人で座れると思うぞ?顔が物凄く嫌そうだ」
「ダメだ!ベストは俺が抱っこしておく!これは俺の役割なんだ!確かにベストはアウトと育てるけど、これは俺の役割だ!まったく、すぐアウトはベストをドロボーしようとするからいかん!」
「いや、ドロボーって」
どうやら、未だに俺がプラスよりも先に自己紹介をした事を根に持っているらしい。別に俺はベストを取ろうなんて思っちゃいないのだが。
「おい、スル」
「プラスだ!」
「まったく、面倒な。なら、プラス。その子は一体何なんだ。何故、アウトがアンタとその子を育てる事になっている」
最早ウィズは俺に問いかける事を諦めたようだ。どうせ、俺に問掛けたところで、間にプラスが入ってくると、ウィズは既に理解したらしい。
「ふふ、この子は可愛いだろ?この子は俺の愛好者で、今日カラスに虐められていたから、ウチで飼う事にした!だから、アウトと二人で家族として育てるんだ!」
「アウト……」
「……へへ」
プラスの言葉にウィズが料理中の手を止め、自身の眉間を親指と人差し指で挟み込むように摘んだ。あぁ、この動作はアレだ。俺が何を言ってもウィズの言う事を理解できない時などに、ウィズが行う“お手上げ”の仕草だ。
どうやら、ウィズはもう既に今回の件を“お手上げ”と決め込んだらしい。しつこいウィズにしては珍しいモノだ。
「ん?」
そうえいば、どうして諦める事を“お手上げ”と言うのだろうか。俺はこれまで諦める時に、一度だって手なんか上げた事はないのだが。
ふむ。今度、この言葉を教えてくれたアボードに何故“お手上げ”は手を上げないのに“お手上げ”なのか聞いてみなければ。
「……なぁ、アウト。やけに余裕そうじゃないか。今晩は此処に泊まってもらうぞ。色々と“お前”に聞きたい事があるからな」
「ぐう」
俺が全く現実とは関係ない事をぼんやりと考えていると、ウィズはそんな俺の思考を察したかのように、その鋭い視線で俺のボケっとした思考を真っ二つにしてきた。
最近、ウィズは俺に対する鋭さに磨きがかかってきた。
ヴァイスみたいに俺と“どーき”している訳でもないのに、こうやって俺の頭の中を読んでくるのだから。
「返事は?」
「はい」
俺はこれからウィズの納得のいくまで、根ほり葉ほりと様々な事を聞かれるのであろう。それこそ、根っこや葉っぱをぜんぶ引っこ抜くみたいに。
そう、俺が長い夜に向けてウィズにバレないように溜息を吐きかけた時だ。俺の隣から、にこにこのプラスがお似合いの大声でウィズの両手を上げさせた。
「そうかそうか!助かったぞ、ウィズ!ご飯を食べたら子供は眠くなってしまうからな!明日は休みだから、ちょうど良かった!なあに気にするな!ベストは俺と同じベットで眠るから、部屋は一つで構わないさ!」
「……」
その時のウィズの顔は、もう完全に、全面的に、誰がどう見ても“お手上げ”の顔をしていた。