「なぁんだ!学窓の教諭か!つまらん答えだな!」
「俺の仕事は、お前を楽しませる為にあるわけじゃない!」
俺とプラスのダンスが終わった後、ウィズは唸るような声でプラスに自身の職業を明かした。明かしたと言っても、神官とは言わない。
けれど、さすがウィズである。上手いもので、完全に嘘ではない言葉で、自身の職業を表現していた。きっと、今までもそうやって自身の職業への質問をかわし続けたのだろう。
そうか、確かにウィズの仕事は教会神官の育成教師だ。俺も、「恋人の職業は?」なんて聞かれたら「学窓教諭!」と答える事にしよう!
まぁ、誰も俺に恋人が居るなんて思わないので、そんな事を聞いて来る人間なんて殆ど居ないのだが。
「……あ、そうだ」
俺はウィズとプラスの会話を聞きながら、とても良い案を思いついてしまった。学窓。この手があったではないか!
「なぁ、プラス!ベストを学窓に入れてあげたらどうかな?」
俺は未だに行儀よく椅子に腰かけるベストを見ながら、そんな提案してみた。少しだけ、手元にあったルビー飲料が減っている。ちょっとは飲んでくれたらしい。
「おお!そうだ!アウト、それは良い案だ!」
「だろ?ベストはきっと賢い子だから、学窓に入っていっぱい勉強したら、すぐに偉い人になれるよ!」
「そうだそうだ!将来は夜の王様だ!」
そう、俺とプラスが顔を見合わせて盛り上がっていると、それまで黙っていたベストが、今までにないくらい大きな声を上げた。
「いやだ!」
「え?」
余りにもハッキリと口にされた拒絶の言葉に、俺もプラスも、そしてウィズも驚いた顔でベストを見る。
「勝手な事を言うな!俺はもう、何も学ぶ気はない!」
「でも、ベスト」
「そんなに俺の存在がお前らを生活を圧迫するようなら、俺は出て行く。迷惑をかけたな」
ベストの口から洩れるのは、やはり一切の子供らしさを捨てた淡々とした口調だった。まだ幼い高い彼の声と相反するその口調は、どこか歪でベストの危うさを如実に表している。
ベストは言いたい事だけ言うと、腰かけていた椅子からひょいと下りた。きっとろくな食事をしてこなかったのだろう。
昨日教えてもらった九才という年齢に反して、ベストの体は非常に小さかった。
「あ、あ、ぁ」
椅子を降りてこの場を去ろうとするベストの姿に、それまで飄々とした笑顔をくっつけていたプラスの顔が、一気に崩れた。
崩れ去り、そこに現れたのは、くしゃりと表情を歪め、今にも泣き出しそうな顔の、まるでベストよりも子供のようなプラスの顔だった。
「ベスト。ベスト、行かないで……ベストが居なくなったら、俺は、寂しい」
「っ!」
寂しい。
そのプラスの口から放たれた言葉は、とても端的で、だからこそ非常にまっすぐだった。寂しいなんて言葉、大人に成ってからあまり口にしなくなっていたが、そうか。
プラスはこんなにアッサリと「寂しい」を口に出来る人間だったんだな。だから、きっと俺はプラスの事が好きなのかもしれない。
プラスは、とても素直だ。
「……ベスト、ごめん。ごめんなさい。もう学窓へ行けなんて言わない」
「……」
プラスはいつもの勢いをまるでどこかへ落っことしてきたみたいに、恐る恐るベストの背に近寄っていった。近寄ってその手を伸ばしたり、引っ込めたり、ともかく非常に慌てている。
これまでのプラスなら、ベストの気持ちなど顧みる事なくギュッと抱きしめ、頬ずりをし、
可愛い可愛いと連呼していた筈なのに。今のプラスはベストの背中に、何をどうする事も出来ずに居る。
「どうしよう、俺はベストがどうして怒ったか分からない……ぜんぜん、分からない」
「おい」
「プラス?」
「どうしよう、どうしよう」
終いには肩を大いに揺らし、その場に蹲ってしまった。蹲りながらも「さみしい、さみしい」と、震える声でうわ言のように口にしている。さすがの俺も、こんなプラスは初めて見る。少し様子が変だ。
「おい!プラス!どうしちゃったんだよ!」
ベストもプラスの様子がおかしい事に気付いたらしい。出口へと向けられていた体を一気に此方へ振り返らせた。
「っおい、なんだ。どうした」
振り返り視界に飛び込んできたプラスの蹲る姿に、ベストはそれまでスンとしていた目を大きく見開いた。見開かれたその目が、一気に後悔の色へと染まる。その顔を間近に見ていた俺は、またしても強い既視感に襲われた。
「……この顔」
その時のベストの顔に、どうしてだろう。やはり俺はウィズの顔を思い出していた。
「おい、俺は、そんなつもりじゃ……なぁ、おい」
それは、俺に『インはどこだ!』とオブの気持ちを叫んだ直後に見せた、あの後悔と痛みに塗れたウィズの顔ソックリだったのだ。
———……アウト。待て。待って、違う。
———-アウト、違う。聞いてくれ。
「さみしい」
プラスは最後に絞り出すように呟くと、蹲っていたその場にパタリと倒れ込んだ。倒れ込んだプラスの姿に、俺もプラスの元へと慌てて駆け寄った。
一体どうしたんだ。プラスは一体どうしてしまったんだ!
「ウィズ!どうしよう!プラスが倒れた!」
「分かっている!急いでベッドに連れて行くぞ!」
慌てふためく俺達大人の隣で、ベストはプラスの手を力いっぱい握り締めていた。握り締め、その時の彼が口にした名は、プラスという名前ではなかった。
「スルー。俺はここに、いるぞ」
そう口にした時の“彼”は、“ベスト”の顔をしては居なかった。