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「良かったな!ベスト!ウィズのお陰で俺達が仕事の時は、ここでウィズとお店屋さんが出来るぞ!これで寂しくないな!」
「……」
「おい、ずっとは無理だからな。ひと月が限界だ。それまでに今後どうするか、きちんと考えておけよ」
プラスが目を覚ましたあと、俺達は少しの、いや大きな違和感を抱えたまま、二度目のベスト育児計画を立てる事になった。
一回目の時と違うのは、俺が学窓の事を提案しなかった事。
そして、ウィズが自分からベストの面倒を見る為に、ひと月という期限付きではあるが役目を買って出てくれた事だった。
「あぁ、分かっているさ!ひとまず、プラスを一人ぼっちにせずに済んで、本当に嬉しい!ありがとう!そして、喜べウィズ!お前は俺と同じくらい可愛いに昇格したぞ!」
「……はぁっ、全く嬉しくない」
ウィズの深い溜息に、プラスの腕の中に居たベストが、ほんの少しだけ申し訳なさそうに眉を寄せた。
話し合いの中、ベストは何度も「俺は、一人でも平気だ」とプラスに言った。けれど、プラスはその言葉にだけは耳を傾けなかったのである。
「ひとまず、丸く収まって……良かった」
俺は騒ぎ散らすプラスの隣で、一人ホッと自身の胸を撫でおろした。
そう、俺達の二度目のベスト育児計画は此処に辿り着くまでに、本当に、本当に難航したのだ。一度は難破しかけ、氷山にぶつかりそうになりながら、必死に必死に港を目指して航海した。
そして無事に漂着できたのは全て、そう全て!
「勘違いするなよ。これはプラス、お前の為じゃない。全部、アウトの為だ」
「あはは!アウトの為なら、引いては俺の為という事じゃないか!」
「違う!引いても決してお前の為にはならん!何故そうなる!?」
「いやぁ、俺の為にありがとう!ウィズ」
「……自己肯定感が凄まじいな」
俺よりもとびきり可愛い、俺の恋人のお陰なのだ!
〇
『俺は、一人でも平気だ。大人しくお前らの寮で待っている』
『ダメだ!ダメだ!一人ぼっちは絶対にダメだ!どうしてベストはそうやって一人になろうとする!?悪い子だな!』
そうやって、どこか異常なまでに“一人ぼっち”を嫌がるプラスに、俺はなんとなく倒れる瞬間のプラスの「寂しい」という言葉が頭を過った。
『……そうだな。一人ぼっちは、寂しいもんな』
『そうだろ!さすがアウトだ!アウトなら分かってくれると思ってた!』
俺の同意に、プラスは勢いよくベストに抱き着くと、容赦なく頬ずりをした。もう、ベストはその事で眉間に皺を寄せる事はない。そして、ひとしきりベストを抱き締めた後、プラスはとんでもない事を口にしたのだ。
『こうなったら、仕方がない!俺が仕事を辞めよう!』
『はぁっ!?プラス!何言ってんだよ!仕事を辞めたら、あの寮にも住めなくなるんだぞ!』
そう、まさかの今回はプラスが仕事を辞めると言い出したのだ。
俺も驚いたが、俺以上にベストはプラスの腕の中で驚愕していた。もう、その目は驚き過ぎて今にも零れ落ちん勢いである。
何も言葉は発せられないが、口までパクパクと動かしている様子は、やっと九歳と言う彼の身体年齢相応の顔になっていた。
『分かっているさ!でも、今は冬じゃないし、夜はベストとくっついていれば、寒くないし平気さ!そして、ベストも一緒に居ていい仕事を探す!』
『ちょっと待って待って!俺達みたいなマナの使えない奴、そうそうどこも雇ってくれないよ!ちゃんと考えないと、野垂れ死ぬぞ!』
『大丈夫だ、アウト!人はそう簡単に死なないんだぞ!』
『そういう極限状態の話をしてるんじゃないっ!』
プラスは仕事を探すなんて簡単に言うが、ただでさえ、マナ無しには仕事なんてないのに、幼い子供を抱えてなんて、それはもう無謀過ぎる決断だ。
今の仕事だって、俺達のようなマナ無しは、国から斡旋してもらってようやく就く事ができているのである。
『無茶だ!無謀だ!ダメだ!』
『大丈夫だ!俺はやれる!』
その斡旋の為には、役所の個人帳票に永久的に“マナ無し”の印を押してもらわねばならない。そして、この印はその後の人生で、消される事は絶対にない。
マナが使えない事。それはこのマナ至上主義の世界では、本当に、ほんっとうに、厳しい足枷なのだ。
『考えなおせよ!プラス!俺も一緒に考えるから!』
『でも、二人して仕事は連日休めないぞ?』
『うう、それは……そうだけど』
難航するプラスの育児会議の中、最初に手を上げたのはプラスの腕の中で俯いていたベストだった。
『お前達が、構わないのであれば、俺を……学窓に』
『えっ!ベスト!?』
一回目の会議では絶対に行きたくないと口にしていた学窓へ、今度はベスト自身が行くと言い出したのだ。
しかし、それがベストにとっては非常に苦しい決断である事は、一回目を経験した俺には非常によく分かる。いや、きっと経験していなくとも気付けただろう。なにせ、ベストの眉間には深い皺が刻まれ、声はピシリと固くぎこちないのだから。
『ベスト』
『いいんだ。学窓ならば、俺は一人にならない。これで、心配はないだろう』
ベストは言いながら自身の腕に巻き付くプラスの腕に手を添えた。もう、プラスが苦しい想いをしないならば、自分が我慢をすればいいと、そう思っているに違いない。
『一人ぼっちもダメだけど……我慢も、やり過ぎはダメだ』
そう、そうなのだ。自分を狭い部屋に閉じ込めると、後からとんでもなく大変な事になってしまう。それを、俺はつい最近、嫌ってほど経験したのだ。
『おい』
俺が八方塞がりな状況に頭を抱えていると、それまで黙って会議を見守っていたウィズが、腕を組みながら無情なる事実を突きつけてきた。
『今はどこの学窓も夏季休暇中で休みだぞ』
『っは!そっ、そっか!学生ってそういうのがあったな!』
成人してから時間が経ち過ぎたせいで、学生達の行事にはかなり疎くなってしまっていた。
そうだ、そうなのだ!夏は子供達、引いては十代にとっては非常に解き放たれる素敵な季節なのであった!
『どうしよう!夏季休暇ってまだまだ長いじゃん!』
『仕方がない。やっぱり俺が明日、辞紙を出すか。アウト、書くモノと紙を貸してくれ!』
『いやいやいや!だから早まるな!待てって!』
このまま万事休すかと思われた時。俺達を窮地に叩きつけたウィズ本人が、今度はそのまま救いの手を差し伸べてきた。
『夏季休暇中ならば、俺も仕事の休暇申請が通りやすい……ひと月だけ、俺の所でベストの面倒をみよう』
『っ!!ウィズ!』
そう言ってやれやれと肩をすくめるウィズに、俺は思わず抱き着いて頬ずりをした。もちろん『かわいい、かわいい』と口にするのも忘れない。
どうやら、余りにもプラスがベストを抱き締めるものだから、俺にも移ってしまったようだ。
『ありがとう!可愛い可愛い俺のウィズ!』
この時、俺は何故プラスがベストをギュッとするのか改めて分かった気がした。好きな人をギュッとすると、幸せなのだ。幸せを腕の中に抱えたいから、抱きしめる。
『……お前の方が、可愛いさ』
抱きしめた俺の腕の中で、静かに告げられた言葉に、俺は更に幸せになったのであった。