288:お迎え

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「ベストー!プラスが来たぞー!」

「ただいまー!ウィズ!」

 

 俺達二人は仕事を手早く終わらせ、ベストの待っているウィズの酒場へと向かった。酒場の扉を開けウィズの顔を見た瞬間、自然と自身の口から出た「ただいま」という言葉に、少しだけおかしな気分になる。

 ただいまなんて、普段ウィズの酒場に来ても言う事なんてなかったのに。

 

「あぁ、アウト」

「……あぁ」

——おかえり。

 

 ハッキリと言葉にされる訳ではないが、やはり二人の言葉と表情からは、俺達を出迎える「おかえり」という言葉がひっそりと此方を覗いている。

 

「ふふ」

 

 まるで、お父さんが生きていた時のようで、心が妙にこそこそとする。その、妙にくすぐったいこの感覚は、やっぱり嬉しいからだろう。

いってきます、ただいま、なんて一人で暮らすようになって、ずっと無縁の言葉だったのに。

 

「二人とも、ちゃんと仲良くしてたかー?」

 

 出迎えの言葉を貰える事にほっこりする俺の隣では、プラスがバタバタと店のテーブルをかき分けてベストの元へと走って行った。

 ウィズとベストは酒場の一番奥にある、丸テーブルに互いに向かい合って腰かけている。

 

 珍しい事にウィズのベストを見る目は、とても柔らかく親しみが込められている。それは、振り返ったベストも同様で、そこに居たのは今朝までのスンとした表情のベストではなかった。

 

「まぁ、元親子だもんな」

 

 どうやら、二人とも案外楽しくやっていたようだ。

 

「ああぁぁっ!!」

「うわっ!?」

 

 突然、ベストの元へと駆け出していたプラスが大声を上げる。何やらベストを見て驚愕の声を上げているようだが、一体どうしたというのだろうか。

 

「ベスト!なんだ!?その格好は!」

 

 俺がプラスの背後からひょいとベストを覗き込むと、そこにはとても素敵な姿のベストが居た。

 

「……あぁ、これか」

 

 ベストはプラスによって両肩を勢いよく掴まれた状態で、自身の身に着けている真新しい洋服へとソッと触れる。

ベストが身に着けているのは、それまで俺達が着せていたガボガボのシャツやズボンではなかった。

 

 真っ白で明らかに質の良い滑らかなシャツ。それに下は紺色の膝丈のズボンに、肩からは同じく紺色のズボン吊りが用いられている。吊りの途中にはキラリと銀色の留め具が光り、その姿は今朝までとは異なり、明らかに金持ちの子供、といった風体に成り代わっていた。

 

「ウィズが買ってくれた」

 

 ベストの言葉に、俺はそうだろうなと納得した。きっと、今日はウィズが昼間からベストの身に着けるモノやアレコレを二人で買い物に出たに違いない。

 

「へぇ!似合ってるじゃないか!ベスト、素敵だよ!」

「今朝の格好はあんまりだったからな。昼間、仕立てて来た」

「仕立て……」

「あぁ、俺の行きつけの店だ。似合っているだろう」

「……まぁ、うん。似合ってるね」

 

 サラリとウィズの口から出た得意気な言葉に、俺は思わず苦笑するしかなかった。子供服を買うのに、まさか仕立てから入る特注品とは。

普段の休日は、二人でのんびり過ごす事が多いので忘れかけるが、そうなのだ。

 

『アウト、何か欲しい物はあるか?欲しい物は全部俺に言うんだ。我慢は約束破りになるからな』

——–なんなら、この古市にあるもの全てを買ってやってもいいんだぞ。

 

 そう、ウィズは物凄く金持ちなのである。

 一度、ウィズの本宅とやらに招かれた事があったが、余りに立派なもので正直、俺は全く落ち着かず、すぐにおいとました。

そうやって逃げ帰るように戻った、あの狭くて古い寮が、あの時ばかりはとても愛おしく見えたものだ。

 

「……今後、あまりにもみすぼらしいと、お前らに迷惑をかけるかもしれないからな。ウィズ、この借りはいつか必ず返そう」

「別にいいですよ」

「そういうわけにもいくまい」

 

 そうやって互いに向かい合って言葉を交わす姿だけなら、最早親子といっても過言ではない。

ウィズは元々落ち着いていて、年齢よりも上に見られる事が多いので、年齢の割に小柄なベストが隣に居ても、なんら違和感はないのだ。

 

 それに、やはりというか何というか、元々ベストは立ち居振る舞いや仕草など、浮浪児とは思えないほど洗練された風格を持つ所があったので、今の姿は本当に似合い過ぎる程に似合っている。

 

「ウィズが……?」

「あぁ、そうだ。感謝しなければ」

 

 プラスはベストの肩に置いた手を少しだけ震わせると、ベストの向かいに腰かけるウィズに目をやった。

何故だろう。その声はどことなく震えているような気がする。

 

「プラス、どうし」

「ドロボーッ!」

 

 俺が震えるプラスの肩に手を置こうとしたのと同時に、そのどこか既視感に満ちた言葉が酒場中に響き渡った。

 

「ドロボーだ!ドロボー!ウィズのドロボー!」

「はぁっ!?何を言ってるんだ!お前はっ!」

「だって、ドロボーじゃないかっ!ベストの洋服は俺が一緒に買いに行ってやる筈だったのに!俺の役割をウィズが取ったんだ!このドロボー!」

「もう、プラス」

 

——-あーっ!アウトが俺よりも先にベストと自己紹介をした!ドロボーだ!ドロボー!

 

 そうだ。これは俺がプラスよりも先にベストと自己紹介をした時もそうだった。プラスはベストに関するありとあらゆる事象を“自分”が行わねば気が済まないのだ。

 

「うわぁ」

 

 すると、先程まで得意気に浮かべられていたウィズの表情が、一気にその眉間にお馴染みの皺を浮かべ始めていた。どうやら、プラスのドロボー発言に相当カチンと来たらしい。

 あぁ、俺はもう知らないぞ。プラス。

 

「プラス、お前……!」

「ぐうっ」

 

 ウィズの怒髪が月を衝きそうな程の勢いに、それまで「ドロボー!」と勢いよく言い募っていたプラスの表情が、叱られた子犬のようになった。きっと尾があったら、見事にシュンとしてしまっている事だろう。

 

 わかる、分かるよ。プラス。

 ウィズは怒ると怖いんだ。俺なんて、一度怒らせ過ぎて『お前を殺して、俺も死ぬ』なんて言われた事がある位だからな。

 

「そ、その賢そうな口で、何をどう言ってきたって、俺は負けない!負けないからなっ!?ウィズ!お前はドロボーだ!」

「ほう、では此方も言わせてもらうがな」

 

 怯みながらも必死にウィズへと立ち向かおうとするプラスに、俺は半ば呆れつつもその勇敢さと勇猛さに心の中で拍手をした。まぁ、もちろん表立っては何も言わない。

余計な口を挟んで、俺までウィズから叱られたらたまったものじゃないからだ。

 

 そう、俺が長引きそうな二人の喧嘩の予感に、酒場のカウンターへと向かおうとすると、その瞬間、俺の耳に小さな笑い声がふわりと入り込んで来た。