291:色とりどりの世界

 

「俺は別にダンスなんて踊る気分じゃねぇよ」

「そうか?俺はお前とダンスを踊りたい気分なんだがな!」

「……なぁ、アウト。コイツなに?」

 

 バイは先程まで大きく見開いていた目を、すぐになんて事のない、いつものサイズに戻すと俺の方へと視線を移した。

 あれれ?これはウィズの言っていた反応と全然違うぞ。

 

「あ、えっと。いつもプラスはこんなんだから」

「へぇ、変なヤツ」

「変な奴とは失礼な奴だな!俺はだいたいが素晴らしいんだ!」

「あー、ハイハイ。なぁ、アウト!今日はアバブちゃんのあの、金持ち父さん×貧乏父さんの感想会やろうぜ!」

「いや、それが……えっと」

「なに?久々に会えた俺より大事な用があるってのか?ウィズなら無視しろ!アイツは虫以下だからな!」

 

 俺はこれからプラスと一緒にベストのお迎えに行かなければならない。それに、明日は夜勤の代休で休みだけれど、ベストの皇国での住民台帳の登録にも行く予定なのだ。

 だから、あまりバイとも夜更かししたり出来ない……というか、他人の恋人を捕まえて虫以下はないと思う。

 

 俺の恋人は虫以上だ!

 

「なぁ、アウト!今夜は俺と遊ぶよな!?」

「バイ、今日はちょっと」

 

 きっと俺がこの場でバイの誘いを断れば、バイの癇癪玉は勢いよく弾けてしまうだろう。けれど、ダメだ。俺はプラスと一緒にベストの保護者になると決めたのだから、遊ぶ事を理由に子育てを放棄したり出来ない。

 

「無」

 

 理。

 無理だ。そう殆ど口に出しかけた時だった。

 

「金持ちと貧乏なお父さんの話か!俺も知っているぞ!」

「お?お前も読んだのか?」

「あぁ!俺も今びーえるを勉強中だからな!俺はだいたいが素晴らしいが、あれはちょっと難しい!分からない事だらけだから、アウトに習っているのだが、アウトはちっとも説明が素晴らしくないんだ!」

「なにぃ!?」

 

 先程までバイに向かってかしずいて片手を差し出していたプラスが、ぴょんとその場に立ち上がる。しかも、立ち上がると同時に俺をけなしてくる始末。

 これは全くもって聞き捨てならない!

 

「俺の説明が素晴らしくないんじゃない!プラスの理解力が素晴らしくないんだ!」

「あー、アウトの説明じゃわかんねぇだろうなぁ」

「ちょっ、バイ!?」

 

 まさかのバイまで俺の事をけなしてきた。あり得ない!

 

「そんなに言うなら!バイがプラスに父さん達のビィエルを分かりやすく説明してやれよ!」

「いいぜ!俺はアウトと違って要領が良いからな?俺の方が後からびーえるの事を知ったのに、今じゃ俺の方が上だ!プラスっつったか?今日は俺がお前に父さん達の話をきちんと教えてやる!」

「おぉっ!それは素敵だな!よし、では今からウィズの酒場に行こう!」

「ウィズの酒場かぁ。まぁ、いっか。久々にウィズ……いや虫にも会ってやろう」

「だーかーら!ウィズは虫以上だ!」

 

 いつの間にか、俺達は職場のエントランスから連れ立って外に出ていた。外に出てみると、昼間はむわりと熱気の凄かった空気が、少しだけその熱さを弱めている。

 とは言っても、未だに夏は盛りである。熱いモノは熱い。

 

「はぁっ」

 

 ジワリと俺の背中に汗が伝うのを感じる。

 

——–ほら、行きましょう。

 

「あっつ」

 

 夕間暮れにも関わらず、未だに強く照り付ける日差しに、俺は思わず呟いた。隣ではプラスとバイも各々「あっちーな!」と騒いでいる。

 

 夏は、あまり好きではない。

 夏の熱さは“あの日”を思い出すから。

 

——-おかあさん、おかあさん。

 

 別に、ベストの求めている手が俺でなくても、俺は一度差し伸べた手はいつでも差し出せる人間でありたいと思う。もし、プラスがベストに手を差し伸べられなくなった時。その時は、俺がベストの手を引いてやるんだ。

 

 だから、俺達は“二人で”ベストを育てるのだ。

 

「おい、そういえばプラス!お前にひとつ、言っておく事がある!」

「なんだ?自己紹介か?それなら大丈夫だ!俺は素晴らしいから、お前とアウトの会話で、お前の名はちゃあんと把握した!バイだろ?」

「ちっげぇよ!」

「なに!?バイじゃないのか!?じゃあなんて名前なんだ!もし、無いのであれば俺が付けてやろうか!?」

「いや、名前はバイだよ!何勝手に俺の名前をつけようとしてんだ!俺の言いたい事はソコじゃねぇって事!……あぁ、もう。プラスと話してると余計熱くなる」

「そう褒めるなって」

「……最高にうざい」

 

 隣では込み合う皇都の往来で、バイとプラスが賑やかな会話を繰り広げている。

 なんだ、もう俺抜きでこんなに楽しそうに会話をして。仲が良いじゃないか。

 

「なぁんだ」

 

 どうやら、ウィズの勘違いだったようだ。

 きっと、ウィズといいベストと言い、相手に強く執着するが故に、見え方が他と違っていたのかもしれない。人の印象って奴は、見る人によって十人十色なんだって、昔アバブが言っていた。

 

 見てる世界は人によって違う。色とりどりの春の花畑のようなものって事だ。

 

 まぁ、スルーに会った事がない俺からすれば、今のバイの方が明らかに真っ当な反応である事には違いないのだが。

 

「で?俺に言いたい事とはなんだ?バイ」

 

 プラスはまるで歌い上げるように滑らかな口調で、疲れたように肩を落とすバイへと問いかけた。すると、それまで額に伝う汗を片手で拭っていたバイが、その汗すら魅力になるような笑みで言った。

 

「俺はそもそも、ダンスは下手じゃねぇんだよ」

 

 そう、口にした時のバイは、どこか生意気な女の子のような顔をしていた。