292:美味しいモノは独り占めしたい

 

        〇

 

 

「さて。この金持ち父さんが、ここで貧乏父さんの首を噛んだ理由を端的に述べよ」

 

 真っ赤な眼鏡をかけたバイが、まるで学窓の先生みたいにして言う。今やバイはアバブとの創作活動で落ちた視力のせいで、仕事中以外は基本的に眼鏡姿だ。

 そして、何故だろうか。眼鏡になったバイは更にモテるようになった。まぁ確かに、眼鏡をかけるとこんなバイでも賢そうに見える。

 実際のバイは、そんなに賢い訳ではないのに。不思議だ。

 

「はい!」

「はい、プラス君。どうぞ」

 

 そして、俺の隣で元気良く手を上げるプラスも眼鏡だ。そう、だからプラスも黙ってさえいれば賢そうに見える。

 

「はい!金持ちの父さんはお腹が空いてペコペコだったからだ!」

 

 まぁ、見えるだけだけど。

 俺はニコニコ顔で自信あり気に答えるプラスに、俺も眼鏡を買ってみるかと本気で思った。

俺だって、二人みたいに見かけだけでも賢くなりたいんだ!

 

「ちがうよ、プラス!この金持ちのお父さんは貧乏な父さんに無視されたから気付いて欲しくて噛んだんだよ」

「それなら、肩をポンポンってすればいいじゃないか!なんで噛む必要がある?」

「そ、それは……」

 

 ウィズの酒場へ行くと、やっぱり今日もベストがウィズと一緒に読み書きの勉強をしていた。チラと覗いてみたら、既にベストの読んでいる書物は、子供向けではあるが歴史物語のようなモノを読んでいたので、二人の勉強会はとても順調なようだ。

 

 そんな二人に、俺とプラスも負けてはいられないと、バイも含めて三人でビィエルでぎょうかんを読む訓練を早速始めたのだが――。

 

「ほら!アウトだってやっぱりよく分かってないんじゃないか!」

「わ、分かるよ!えっと……最初に金持ち父さんは普通に呼んだけど、気付いてくれなかったから噛んだんだ!金持ち父さんの声は……、その、小さい、から」

 

 けれど、やはりこの【金持ち父さん、貧乏父さん】というお話は本当に難しい。何が難しいって、金持ち父さんというセメの行動が、ときたま物凄く突飛になるのだ。

普段はあまり喋らない冷静な金持ち父さんが、貧乏父さんの前では、びっくりするくらい変わってしまう時がある。

 

「なら、アウト。お前は俺が呼んでも気付かなかったら、俺の首を噛むのか!?」

「噛むワケないだろ!この金持ち父さんはちょっと……変わり者なんだよ!」

 

 しかも、それを見ている貧乏父さんは、俺達と同じくらいぎょうかんの読めないウケときた。このお話は貧乏父さんの目線でお話が進んでいくので、とてつもなく読んでいて共感する。

 けれど、貧乏父さんに共感しても仕方がないのだ。なにせ、俺達が読まないといけないのは、書かれていない金持ち父さんの気持ちを読む力。ぎょうかんを読む力を鍛える特訓なのだから!

 

「おぉっ!それはそうかもしれない!じゃあ、俺も答えは、金持ち父さんはお腹が空いた変り者だったから、にしよう!」

「うーん……なんか違う気がする」

「アウト!自信を持て!俺達の解答は非常に素晴らしいっ!」

 

 ちっとも素晴らしいとは思えない解答に、俺はチラとテーブルの向こう側で先生みたいな顔をして立つバイに目をやった。すると、そこには俺よりもビィエル歴は短い癖に、はぁっと呆れたように溜息を吐くバイの姿。

 

 あぁもう!やっぱり違ったんじゃないか!

 

「お前らここに俺という素晴らしい先生が居た事を感謝しろ。お前らちっともダメだ!」

「何故だ!?」

「俺も、ちっともダメなのは分かるよ……」

「何故だ!?」

 

 プラスが俺とバイの方を何度も何度も首を動かして目を見開く。その勢いがあまりにも素早くて、もしかしたらプラスの首はファーのようにいつか一回転してしまうかもしれないなんてバカげた事を思ってしまう。

 

「いいかぁ、よく聞け!読解力底辺共!……あ、コレは騎士養成所に居たゲス教官のマネだ!似てただろ?」

 

 誰だよ。

 俺は口に出してツッコもうかと迷ったが、やめておいた。バイは一つ話を逸らすと、まるで迷路に迷い込んだかのように、話題があっちへ行ったりこっちへ行ったり彷徨い戻ってくるのに大変な時間を要するからだ。

 

 アバブとの会話などは、隣で聞いているとたまに話の話題がとっちらかりすぎて、聞いているだけで酔う時がある。

 いや、本当に女の子って凄い。

 

「バイ!早く答えを教えてくれ!」

「そうだった、そうだった。えっとな、簡単に言うと……」

「あぁ、簡単に頼む」

「そうだね。簡単でお願い」

 

 俺とプラスはバイの口にする“簡単”という言葉に大いに頷くと、二人して肩を寄せ合ってバイの方へと前のめった。

 

「雄という生き物は、いや、攻めという生き物は常に受けを“美味しそう”だと思ってるって事だ」

 

 美味しそう。

 俺とプラスが互いにバイの言葉を復唱するように呟いた。それは、やっぱり金持ち父さんはお腹が空いていた事だろうか。けれど、バイの次の言葉で俺は、一気に“美味しそう”の気持ちの意味をハッキリと知った。

 

「この金持ち父さんの突飛な行動の数々は、貧乏父さんを自分のモノにしたいって言う独占欲と、抱きたいという性衝動の表れなんだ!!」

 

——–アウト、アウト、アウトッ。

 

 耳の奥でウィズの熱を帯びた声が響く。そして、そんな声を上げる時、ウィズはいつだって俺の体の至る所に噛みついたり口づけをしたりするのだ。

 まぁ、俺は頑丈なので、この貧乏父さんのように痕がついたりしないのだが。

 

「そっか、だからウィズも……」

「ウィズも?」

 

 そう、思わず俺が自身の後ろ首に手を触れ、そんな俺にプラスが首を傾げて此方を見てきた時だった。

 その瞬間、俺達の座るテーブルの奥から物凄く激しく咳き込む声が店中に響き渡った。