「どうしてだっ!?どうして全部必要なモノも揃ってるのに保護者登録が出来ないんだ!?」
呼び出された窓口で、プラスの怒ったような声が響き渡る。すると、俺達の対応をしていた若い眼鏡の男性の役所の職員が、迷惑そうに眉を顰めた。
その目には、大声を出す迷惑な客を相手にさせられている事への不満の他に、圧倒的に俺達を見下すような色が見え隠れしている。
「お客様。他の方のご迷惑になります。お静かに」
「これが静かにしていられるかっ!」
プラスは窓口の机の上に広げた沢山の書類を、バンとその広げた掌で叩く。本当なら俺もプラスを止めなければならないのだろうが、さすがの俺も今はそんな事をする気分にはなれない。
「あの、どうしてですか?籍登録に必要なモノも、保護者登録に必要なモノも……それにお金だってちゃんと持って来てます」
俺は若い男性職員へと静かに言う。
こういう時は、あまり冷静さを欠くようなモノ言いをしてはいけないのだ。プラスみたいに俺まで怒り始めたら、理由も分からないまま役所を叩き出される事になる。
下手を打てば、自警団を呼ばれるかもしれない。
「そうですね。書類は全て揃っています。……けれど」
男性職員はその黒ぶちの細い眼鏡をクイとその指で上げてみせると、手元に用意した分厚い本を取り出した。
その分厚さを見るに、あれは皇国市民の登録情報をまとめた本のようだ。
パラパラと捲られるその本の手つきに、俺はなんとなくだが男性職員の俺達を見る時の視線の意味を理解してしまった。
否、俺ははなから理解していた。理解したくなかっただけだ。
「貴方達お二人……これはもうあまりはっきり口にしてはいけないのでしょうが」
「ハッキリ言ってくれ!でなければ納得できない!」
けれど、プラスは怒りの為か、そもそも本当に分かっていないのか、怒った調子を崩す事なく相手に食い下がる。確かに、俺以上にぎょうかんを読めないプラスだ。こんなボンヤリとした物言いでは、理解しろという方が無理だろう。
「……」
俺はチラと俺達の真ん中で静かに椅子に腰かけるベストに視線をやった。きっと、大人達に囲まれて、しかも圧倒的に不穏な雰囲気で不安になってやしないかと思ったのだ。
けれど、そこにはやはりいつものように表情を変えず、スンとした顔のベストが居るのみ。
「ぁ」
けれど、よく見てみれば、どうやらベストも“いつもの”ベストではないようだった。
俺達の間で黙って座るベストは、その深い真夜中のような紺色の目を、ジッと男性職員へと向けていた。
「……」
それはまるで、相手から得られるだけの情報を得ようとでも言うような、とても静かで、けれど強い見定めるような視線だった。
「では、ハッキリ申し上げます。貴方方お二人がマナを持たないからです」
男性職員の言葉に、俺はやっぱりか、と肩を落とした。
この言葉はプラスがベストに「大丈夫か?」と声を掛ける以上に聞き飽きた言葉だ。もう、本当に嫌ってくらいに。
だから、この男性職員はあの本を最初に捲った時から、俺達を見る目が変わったのだ。きっと、あの台帳には載っているのだ。
一生消えない“マナ無し”の烙印が。
「しかも、プラスさん。貴方、マナを持たない上に、西部からの難民者ですよね」
「それが、今何の関係がある」
プラスの言葉が一気に熱を消して低くなった。
そんなプラスの変貌ぶりと、男性職員の口にした西部からの難民という言葉に、俺も思わず目を見開いてしまった。
「関係があるからこうしてお伝えしているのです」
「俺達の籍登録もある。職場の証明もある。住所登録もある。所得証明もある。ベストに籍がない事の証明もそちらが出してくれた通りだ。それに、今即金で必要と提示されていた金銭も用意出来ている。その上で、俺とアウトがマナ無しである事と、俺が難民である事の両方が問題になると言うわけか?」
先程までの怒りに任せた口調ではないが、何故だろうか。
プラスは今の方がはっきり怒っていた。否、最早怒っているというよりキレていると言っても過言ではない。
それを俺はベストを挟んだ隣で、ピリと痛い程の何かをハッキリとその身に感じた。
これは、少し危ないかもしれない。
「そうです」
「そんな事、説明のどこにも書いていない」
「書いてあります」
「どこにだ」
男性職員は早いところ終わらせようという意思をはっきりと垣間見せながら、眼鏡をクイと上げる。
そして、保護者登録の届出書類の一番下、その部分に数行で書かれた文書を、なんの感情もない声で読み上げてみせた。
「尚、条項第九の五、その三に掲げる場合によっては、その限りではない」
「ほう」
俺達自身もお役所仕事の一端を担う国営事務従事者だから分かる。
その条項がまさに俺達マナ無しと、難民など、その他不都合な人間達を指す項なのだろう。だからこそ、分かりづらく記載する。
ハッキリ書けば、それこそ人権侵害などと言われかねないから。“差別”なんてのは誰もが息をするように行っているにも関わらず、してはいけない事が道徳として教えこまれている。
けれど、実際の社会は“差別”をしなければ、秩序が維持できないのだ。