302:羨望

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「きっと碌な奴じゃないよ」

 

 

 ヴァイスの、そのどこか不機嫌そうな声が俺達の耳をつく。その言葉に俺はウィズに掴まれた腕を勢いよく引き抜いた。

 

「違ったかも……これは、俺が自分で間違って付けたヤツだったかも」

「今更何を言う。それに、アウト。お前はもう自分で自分すらも傷付ける事は出来ない」

 

 わかっているだろう?

 そう言ってウィズは再び俺の方へと手を伸ばす。よく見せてみろ、とでも言うように伸ばされたその手に、俺はとっさに手首の後をもう片方の手で隠した。

 

「嫌だ」

「アウト。お願いだ。我儘を言うな」

 

 なにせ、その時のウィズの目はとても怖かったのだ。怒っているのとはまた違う怖さ。そのウィズの目には警戒心と不審感、そして少しの恐怖心が見え隠れしている。しかも、それが向けられているのは“俺”ではない。

 

「だって痛くないし。別にプラスはちょっとだけ俺の手を強く握っただけで、何も変な事はしてないよ!」

「アウト。変かどうかは、悪いが俺達が判断させてもらう」

 

 ウィズのその目は、明らかに俺の青白い痣の痕を付けた相手。つまりは、プラスへと向けられている。

 なんで、ウィズ。どうしてプラスに対してそんな“敵”を見るみたいな目をするんだ?

 

「プラスは……と、友達だ。俺の友達を悪く言わないでよ。ウィズ」

「……アウト、違う。俺は別にプラスを悪者扱いしている訳ではなく」

「プラスは少し変わってるけど、物凄く面白くて楽しい奴だ。ウィズも知ってるだろ。すぐ色々拾ってきて育てようとするから困ってるけど、でも優しい奴だ」

 

 俺は友達を悪く言われるのも嫌だし、恋人が友達を悪く言うのも嫌だったので、思わずウィズから目を逸らした。きっとこのタイミングで目を逸らしてしまえば、ウィズが傷つくと分かってはいたが、見ていられなかった。

 

 目を逸らした先には、俯いているせいで表情こそ見えはしないが、俺の渡したルビー飲料の入ったグラスを両手で強く握り締めるベストの姿がある。

 

「……」

「ベスト」

 

 ベストはプラスが大好きだし、愛している。

 だからこそ、ベストはプラスの歌ったカナリヤの歌で、あんなにも涙を流したのだろう。きっと、あの歌の中には、ベストにとって心の中をよしよしと撫でて貰えるような“何か”があったに違いない。

 

それを、こんな本人が居ない所でプラスの悪口みたいな事を聞かされて、今ベストは一体どんな気持ちだろうか。

きっと物凄く嫌に違いない。俺はベストの保護者なのだから、ベストを守ってあげなければならないのだ。

 

「ほら、ベスト。嫌な事を聞かせちゃってごめんね。今日は俺とあっちの部屋で勉強しようか」

「……」

「アウト、頼む。話を聞いてくれ」

「ほら、ベスト。早く行くよ」

「……」

 

 逸らした視線の先からウィズの必死な声が聞こえてくる。そんな中、ベストは何も言わず、ただ少しだけ俯いていた顔を上げた。チラリと髪の隙間から覗いたその目が、一体どんな感情を秘めているのか、俺にはよく分からなかった。

 

「ねぇ、アウト」

「……なに、ヴァイス」

 

 突然、いつもの明るい調子のヴァイスの声が、俺の名を呼んだ。けれど、その明るさが今の俺には妙に怖く感じた。だってヴァイスはいつだってこの明るい声で、相手のお腹の痛い所を突いてくるのだから。

 

——アウト、そろそろ自分の為に傷つく勇気を持ちな?

 

 そう、あの時もそうだった。

 俺はヒクと、肩を揺らしながらも先程ウィズにしたようにヴァイスから目を逸らす事は出来なかった。

 仮にもし逸らしたとしても、俺とヴァイスは今やマナを完全に同化させている。“どーき”されてしまったら、目を逸らしたってヴァイスは俺に無理やり意識を繋げて、俺の頭の中に直接語りかけてくる事だろう。

 

 つまり、ヴァイスから目を逸らしても無駄だという事だ。

 

「可能性のある嫌な現実から目を逸らすのは構わない。誰も彼も物語の主人公みたいに必死に立ち向かえなんて、後悔の根幹すら忘れてしまったこの僕が言えた義理ではないからね。けどさぁ」

「……」

「自分が嫌で目を逸らすのに“誰か”を利用するなんて、それはあまりにも卑怯なんじゃないかな?アウト」

 

 耳が痛いなんてうまい事を言う人が居ると思う。

 

「ぐ」

 

 今の俺は、まさに耳が痛かった。

 

 誰か。

 それは間違いなく先程まで俺が共に目を“逸らさせようと”していたベストの事を言っている。俺はヴァイスの言葉に、チラと視線をベストへと戻した。

 

「アウト」

「……ベスト」

 

 ベストの静かな声が俺の名を呼ぶ。その声はいつもの、子供として俺に向き合ってくれている時の声とは、少しだけ違っていた。

その声は、俺よりも随分と年季の入った、格好良い“大人”の声だった。

 

「アウト。気を、遣わせてしまって、すまない。俺は、だいじょうぶだ」

「ベスト。でも、みんな……プラスの事を」

「いいんだ。だから、アウト。オブの……いや、ウィズのはなしを聞いてやってくれないか。この子は、とても、俺に似て話の上手い子ではないから、誤解を受ける事も多いが、キミやプラスを傷付けよとしている訳ではない筈だ」

「……父さん」

「そうだろう、ウィズ」

「は、い」

 

 ウィズの詰まったような声が聞こえる。

 “今の”ベストは、俺が守って”保護者“をしてやらねばならない子供ではないのだ。

 お父さんなのだ。大きくて格好良くて、怖くて、強い。

 

 ベストは、ウィズの、そしてオブのお父さんだ。

 

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