305:尻尾を掴んでキャンと鳴く

        〇

 

——–さて、アウト。君は彼の一番の友人なんだろう?だったら、彼からの情報は君が探りを入れてごらん。僕は僕で調べてみるからさ。

 

 

「……そんな事言われたってさぁ」

 

 俺はウィズの騒がしい酒場でキュキュッとグラスを水で洗いながら、溜息を吐いた。そんな俺の前のカウンターに腰かけるのは、ウィズとベスト。そして、トウにアボードだ。

 

 こちらは静かに淡々と酒を呑み、どの男も少しばかり眉を顰めている。

 この、メンバーの眉を静かに顰めさせているモノ、それは――。

 

「あはははっ!ヴァイス!お前はあんな素敵なお話を思いつくなんて最高だな!」

「えへへ。そうでしょ、そうでしょ。もっと褒めてくれてもいいんだよ!僕は褒められるとコロコロ転がってどんどんお話の続きを書くよ!」

「いや、俺も作者にはずっと会いたいって思ってたからな!あの身分差ビーエルは最高にモえるよ!」

「もっともっとー!僕を有頂天にさせてごらーん!」

 

 あははは!

 そう、店中に響き渡る程の騒がしさを作り出しているのは、プラス、バイ、そしてヴァイスの三人である。そして、きっといつもなら、あの三人もカウンターの前に腰かけるのだが、今日は億の丸テーブルで談笑中だ。

 何故なら、そう。

 

『今日はベストがまだ眠くないって聞かないから、あっちで大人の話をしよう!』

『そうだな!子供にビーエルは早いな!』

『情操教育によくないかもしれないね!』

 

 という事らしい。

 それを言われたベストは、いつも以上に冷めたような目で、どこか強制的に心をどこかへ飛ばしているようでもあった。

 

 ヴァイスからプラスの話を聞いてしばらく経った。

 盛りだった夏も晩夏を迎え、そろそろベストの学窓への入学試験も間近という所にまで来ていた。

 

 そう、結局ベストの保護者登録も全てウィズが行ってくれたのだ。そうでなければ、ベストは学窓に入る事すら許されなかっただろう。

 

「ったく、るっせーな。アイツら。キャーキャーと。女かよ」

「バイは半分そうだ。許してやってくれ」

「今は男だろうが!」

「男だ女だと性差で性質を別けるなんて、古いんじゃないか。アボード」

「トウ、お前俺の上司になったからって調子に乗ってんじゃねぇぞ」

「悔しかったら昇進してみろ」

「るっせ」

 

 久々にウィズの酒場にやって来たアボードとトウが、コクコクと静かに酒を喉の奥へと飲み下しながら、静かな憎まれ口を叩き合っている。

 その二人の目にはどこか疲労の色が濃くあり、少し前にバイが言っていたように、色々と騎士は今大変なようだ。

 

「それにしても……あれは、」

 

 トウがカラリとグラスの氷を鳴らして、視線だけをビィエル談義に盛り上がる三人の元へと向ける。

否、トウが見ているのはプラスだ。

 

「まぁ、ヴァイスも素晴らしいが、この俺だって素晴らしいぞ!今、この金持ちな父さんと貧乏な父さんを舞台台本に書き起こしている所さ!完成した暁には、皆して俺の愛好者になってしまうだろうな!あははっ!」

 

 バイはきっと、トウに何も話していなかったのだろう。

 店に来て、あの調子のプラスを見てトウが驚く姿に、諸々を説明したのは全てウィズだった。

 

「まるで本当にインとニアのとーちゃんだな」

「けれど、アイツは何も覚えちゃいない。触れても無駄だぞ」

「そうか」

 

 そう、どこかホッとしたような表情で頷いたトウの横顔に、俺は少しだけ首を傾げた。

 

「トウ?」

「どうした?アウト」

「いや……トウこそ、どうしたのかなって」

「おかしな奴だな。俺は別にどうもしないさ」

「そっか」

 

 そう言いつつ、トウの感情の読めない視線がプラスに向けられるのを見ながら、やはり“前世”の話の中では、俺は完全に他人なのだと思い知らされた。

 それなのに。

 

———アウト?僕もプラスには近寄ってみるけれど、きっとアイツは僕には尻尾を掴ませない。アイツの尻尾を掴んで、キャンと鳴かせるのは、アウトの役割だからね!

 

 どうして、俺なのだろう。

 俺が最も不適任な位置に居る気がするのだが。俺のお腹には、確かにインもオブも居るけれど、決してその二人の記憶を俺が完全に引き継いでいる訳ではない。

 

 あくまで俺は二人から“聞いた”話までしか知らないのである。

 どこまで行っても、俺は“アウト”でしかないのだ。前世の繋がりのあるウィズやベスト、そしてバイでもなく、深い洞察力を持つヴァイスでもない。

 

「はぁっ」

 

 俺が再度深い溜息を吐いていると、アボードが隣から「辛気臭せぇ溜息やめろや。クソガキ」と悪態をついてきた。

 俺と同じく何も知らないのは、このアボードくらいなのだが、そんなアボードすら俺に優しく寄り添ってくれる弟ではない。

 

「おい、和酒。冷で」

「俺はお前の家政婦じゃない!冷酒をください!だろ!」

「だっる。さっさとしろ、お客様は神様だろうが」

「ぐぐぐ」

 

 どちらかと言えば、マナの量では俺が神様なんだぞ!とは言わない。

否、言えない。

 

 だって、これを言うと皆が俺を「ちゅうにびょう」という病気だと口にして、可哀想なモノでも見るような視線を向けてくるのだ。

 

 どうもあの視線は、よく昔から向けられていたバカにするような視線よりも非常に居たたまれない気持ちにさせられる。

 

「もうっ!わかったよ!アツカンにしてやるからな!?」

「はぁ!?このクソあちぃ時に何言ってんだ!?ぶっ殺すぞ!」

「お前に俺は殺せませーん!」

 

 そんな俺達のやり取りを、それまで黙っていたウィズが「やめないか」と眉間の皺を更に深くして言った。どうやら、これは相当不機嫌さが募っているようだ。

 

「ごめん、ウィズ」

「酒場でこんな事を言う俺が間違ってるのかもしれないが、もう少し」

——–静かにしてくれ。

 

 そうだった。ウィズは騒がしいのが余り得意ではないのだ。

 店の奥とカウンター。

 どちらもうるさくなってしまっては、もうウィズの機嫌は更に悪くなってしまうだろう。俺はアボードと無駄に絡むのを止めるよ、話を変えるべくトウの方へと向き直った。

 

 アボードの酒?そんなものは水で十分である。

 

 

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