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プラスの大きく見開かれた目が、俺をジッと見つめている。その目を、俺はキラリと光るプラスの眼鏡越しに、しっかりと見つめ返した。
「嘘でもいいのか?」
「嘘でもいい!ウソかどうかより、俺はプラスの話が聞きたいだけだから!」
「それって、騙されてもいいってことか?」
「騙されない!俺はお前が何を言っても、プラスを見たいようにしか見ないから!」
——そういう眼鏡をかけてるんだ!
俺は自分の何もかかっていない顔を、まるで眼鏡でも動かすかのように触れてみた。
「でも、それだとアウト。お前は結局”本当“の俺なんて、どうでも良いって言ってるのと同じじゃないのか?」
プラスの揺れる瞳の奥で投げ返された言葉は、どこか少しだけ怯えているように聞こえる。
「プラスって面白い事言うんだな!本当の自分がまるで一人しか居ないみたいに言うんだから」
「本当の自分は一人だろ」
何を当たり前の事を。
そんな顔でプラスが腕を組んで俺の方を見てくる。その目には、少し挑むような、普段のプラスからは一切向けられた事のない“敵意”のようなモノを感じた。
——-俺達はベストの保護者になる為に必要なモノは全部持っている。
——-ならば、俺達は一体何を持っていないというんだ?
そう。その目は、まるで役所の職員と押し問答をした時のような。あの時のプラスの目そのものだった。
「一人じゃないよ、いっぱい居る!だって俺、プラスに見せる時の俺と、恋人のウィズと一緒に居る時の俺は違うよ?もちろん、弟のアボードに見せる俺も違うし、息子のベストに見せる俺も違う!」
「それでも、“アウト”は一人だろ?」
「体はね。でも、心の中には世界に居る人と同じくらい、色んな俺が居る。だから、プラスが嘘だと思って話してる話も、プラスの中の一つだろうから嘘じゃない」
「……そんなのは屁理屈だな」
「いいや、理にかなってるね!」
俺が口を開く度に、プラスの表情はどこか険しさを増していく。きっと、今のプラスには、俺があの役所の職員のように見えているのかもしれない。
プラスにとって嫌な事を言ってくる“敵”。
それが、プラスにとっての今の俺だ。
「そうか。それがアウト。お前の“世界”か」
「そう、それが俺の世界。“アウト”はこの世界に何人も居る」
「……っは。それは面白いな」
腕を組んだプラスは、呼吸を一息つき、ソッと目を閉じた。
きっとこれは、プラス自身を守る動作の一つなのだろう。組んだ腕で他人から、目を閉じて世界から、プラスは自分を守ろうとしているんじゃないだろうか。
「俺の色眼鏡ではプラスは黄色に見える事が多いな。明るくて元気だから黄色。けど、もしかしたら青かもしれないし、緑かもしれないって思ってる。でも、俺はそれでもいいと思ってるよ。それに、ベストに見せる時のプラスの色は、また違うんだろうな。でも、それが何色か決めるのはベストだ」
「色、眼鏡か」
プラスは少しばかり、いつもの調子の戻ったその声で俺の言葉を復唱すると、チラとその目を開いた。
その隣では、バイが落ち着かない様子で此方を見ている。その目はまるで、家族の集まった食事中のテーブルで、兄と父親が喧嘩でも始めたかのような、そんな不安でいっぱいの目をしていた。
大丈夫、俺達はちょっと腹を割って話そうとしているだけだ。
心配いらないよ、バイ。
「プラス?なんなら少し酒を呑むか?酒を呑むと楽しくなっていっぱい自分の事を喋りたくなるぞ?」
俺はカウンターの奥に広がる、色とりどりの酒の棚へと視線を移し、手を広げながらプラスの視線を誘った。そして、もう片方の手ではここに来る時に持ってきた一本の瓶をドンとプラスの目の前に置く。
「な?どうだ?」
俺はこれまでもそうやって、たくさんの人達の様々な話を聞いて来た。笑ったり泣いたり、怒ったりしながら。
この俺だってそうだった。
ガブガブと酒を呑んで気分良く話していたら、俺はフロムに“イン”として見つけられてしまったんだ。そこから、ウィズに出会って、バイとも出会えた。
そうして、今、俺は此処に居る。
「生憎、俺は酒が弱いんだ」
「へぇ!なんで?」
「弱い事に理由が要るのか?」
「酒が弱いっていつ知ったんだ?一度、飲んでみたからこそ自分が酒が弱いと知っているんじゃないのか?」
俺の問いかけに、プラスは似合わない眉間の皺を深く作ると、組んでいた腕を解き、テーブルに肘をついた。その視線は、先程俺の向けたカウンターにある様々な酒瓶へと向けられている。
そんなプラスに、俺はプラスの目の前にあった空のグラスへ、持って来た瓶を多いに傾けてやった。注がれた液体は、鮮やかな橙色である。
すると、自分のグラスに注がれた液体にプラスは口をムッと尖らせた。
「だから、俺は飲めないと言ってるだろうが」
「大丈夫だ。これは物凄くアルコールが薄い奴だし。もし何かあったら、此処に泊まってもいい」
「今日はけもる達のごはんを準備して来なかったから帰らないといけないだろ」
「なら、俺がプラスを背負って寮に帰ってやる」
俺は何かと理由を付けて橙色の液体に手を伸ばそうとしないプラスに「な?」と畳みかけるように首を傾げた。
もうプラスの口は尖っていない。ただ、どこか諦めたように肩をすくめると、そのままプラスは大きく息を吐き出した。
「どうしてそこまで俺に、酒を飲ませたがる」
「プラスと腹を割って話す為だよ……ほら、ともかく一口飲んでみろよ。絶対に美味しいから」
プラスは俺に勧められるがまま、少しの警戒心と共にグラスに手をかけ、そっとグラスに口を付けた。
「……おいしい」
「だろ?案外イケる口じゃないか」
プラスの喉がコクコクと小気味の良い音を奏でながら、液体を飲み干していく。どうやら気に入ったらしい。
飲み干すと同時に、プラスの頬が早くも少しだけ朱色に色付き始めたのを見て、俺は思わず吹き出しそうになってしまった。
まったく、本当にプラスは面白いやつだ。