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その日、俺達は大いに浮かれていた。
そりゃあもう、お祭り騒ぎといって良かった。
「凄いじゃないか!ベスト!」
「おう!これはとても凄いことだ!」
俺とプラスはウィズの酒場で喜びの声を上げていた。
その喜びの中心に居るのは、当然の結果だと言わんばかりの顔で酒場の椅子に腰かけるベストである。
そんなベストの手元にあるのは、いつもとは異なる炭酸入りのルビー飲料だ。ベスト曰く、もう十歳になったとの事なので、俺が炭酸入りを用意してあげたのだ。炭酸は、少し大人の飲み物だと思うから。
「学窓の編入試験で満点をとるやつなんて、きっとベストくらいだ!」
「きっと、今の俺達が解いても、絶対に満点なんて取れないよ!」
「そうだな!アウトの言う通りだ!きっと俺達じゃ半分も取れないぞ!」
「もしかしたら、一問も解けないかも!」
あははは!
そんな誇らしい親バカ具合と、ただのバカさ加減の混じった俺達の言葉に、傍で此方を見ていたウィズが呆れたような表情を浮かべている。
いや、ウィズだけではない。アボードとバイからも同じ感情の籠った視線を向けられていた。
「まったく……」
「血を分けた兄弟として恥を感じるぜ」
「確かに、アウトとプラスには国語力も読解力もねぇもんな」
どうやら、騎士団の仕事が落ち着いてきたのか、あの日以来アボードやバイは頻繁に、また酒場へと現れるようになっていた。ただ、トウだけは昇進したせいで忙しいのか、未だにあまり顔を出す事はない。
「それにしても、確かに全科目満点はすげぇな」
「さすが前世があのクソ虫の父親だよなー」
「……大した事ではない」
サラリとウィズの事をクソ虫呼ばわりするバイに、ウィズはバイを横目に睨みつけながら、一枚の紙を手にベストの元へと歩み寄った。
「それにしても驚きましたよ。あまり点を取り過ぎると、目立つ可能性もあるから控えめに行くと言っていたのに」
「気が変わった」
ベストの短い返事に、ウィズが編入試験の結果だろうか。手に持っていた一枚の紙と、炭酸入りのルビー飲料に口を付けるベストを交互に見た。
「試験の日、何かあったんですか」
ウィズの問いに、ベストは口を付けていたグラスを、ソッとテーブルへと置く。その瞬間、まだまだ新鮮な炭酸がパチリとグラスの中で弾けた。
そう、あの日ウィズはベストの編入試験について来る事が出来なかった。
通常よりも長めに設定されている神官学窓の夏季休暇ではあるが、それももう終了間近である。その為、最近では、ウィズも何かにつけて教会に呼び出される事が増えていたのだ。
「別に」
「……」
別に。そう、これまた短い言葉で返すベストに、俺はあの日の雷鳴と嵐を瞳の奥に巻き起こしていたベストの姿を思い出した。
——-心配するな、アウト。つい最近まで、浮浪児をしていた俺にすら解けるような問題ばかりだった。これで落ちる奴はそうそう居ないだろう。
まだ教師の居る前で、わざとらしく棘のある言葉を口にするベストに、その時の俺は内心大いにヒヤヒヤしたものだ。
しかし、まさか本当に満点をとってくるとは。
「ウィズ!ベストはもう学窓に友達を作ったんだ!きっと絶対に入学して、友達に会いたいに違いない!だから、物凄く頑張って問題を解いたんだ!褒めてやってくれ!」
「友達、だと?」
「そうだ!試験前に話しかけてくれた子が三人も居たんだぞ!もう顔も覚えたからよろしくと、ベストは彼らに言っていた!俺はそれを見て物凄く安心したんだ!」
ウィズの疑問に対し、プラスがいつもの満面の笑みで答える。
ウィズはと言えば、プラスの言葉が余りにも信じられないのか、少しだけ戸惑ったような表情でベストへと顔を向けた。
「そうなんですか?」
「あぁ、入学前から三つも手駒が手に入るとは思わなかった」
「手駒……そういう事ですか」
「あのクソガキ共に再び会える日が楽しみで仕方がないよ」
ベストの返答に、ウィズもやっと合点がいったとでもいうように手元の紙に笑みを落とした。きっと今のベストの姿は、ウィズの知る“父親”の姿そのものなのだろう。
まったく、一体、前世ではどんな父子だったのやら。
「こら!ベスト!」
「なんだ」
そんな二人の隣で、先程までにこにこと笑みを浮かべていたプラスがウィズの体を押しのけてベストの前に躍り出た。
どうやら、ベストに何か物申したい事があるらしい。
「まったく!“クソ”は言ってはいけないと、何度言えば分かるんだ!それは素晴らしくない言葉だ!クソというのは、排泄物の事だぞ!」
「アイツらなど、クソで十分だ」
「あぁっ!“クソ”をもっと素敵な言葉に言い換えてやらねば!まったく!ウィズのせいで、こんな汚い言葉ばかり使うようになって」
「悪いが、俺のこの言葉も“父親”譲りだ」
「お父さんのせいにするな!まったく、ウィズは大人の癖に!まったく!まったく!」
そうやってプラスは大仰に頭を抱えてみせると、椅子に腰かけるベストへと目線を合わせるようにその場に腰を下ろした。そのまま向かい合わせに顔をズイと近づけるプラスに、今回はベストも正面から挑むように迎え撃つ。
いつものように「近い」と言って顔を逸らしたりはしない。
どうやら、ベストにとってもここは譲れない所らしい。