「さぁて、親子の話し合いは済んだかい。アウト」
「あぁ、もう大丈夫だよ」
テーブルの向こうから聞こえてきたヴァイスの声に、俺はゆっくりとベストの体から腕を離した。
そうして、真正面からベストを見ると、そこにはハッキリとした強い意思を湛える大きな瞳がある。どうやら、もう決めたらしい。
もう少し不安がってくれても良かったのに。なにせ、不安そうなベストの顔は、とてもとても可愛かったのだから。
「ふふ」
あぁ、可愛い可愛い。
俺が思わず目の前にあるベストの頬や頭をよしよしと撫でてやっていると、きっと俺の心を読んだのだろう。ヴァイスが勘弁してくれとでも言うように、テーブルに体を突っ伏した。
「あーぁ。親バカも良い所だよ!親子の会話が余りにも濃密で長いから、僕はもう酒を全部飲み干してしまった。ねぇ、ウィズ?アウトはまだ息子の可愛さを堪能したいらしいから、もう一杯酒を寄越しなよ」
「っは。笑わせるな。お前、今は仕事の最中なのだろう。酒を呑むなど許さんぞ」
「えーっ!そりゃあないよ!じゃあ、アウトの酒をおくれ!キミはまだ乾杯の時の一口しか口を付けてないだろう?僕が飲んであげるよ!」
「いやだね」
俺は短く答えると、素早く酒の入ったグラスを手に取り、まだグラス一杯に水面を煌めかせていたツルミの白割を一気に飲み干した。
そんな俺の姿に、ヴァイスの「ああぁぁ!」という、悲痛な悲鳴が酒場中に響き渡る。
「っふう」
飲み干した瞬間、俺の吐息に熱が籠った。
そうだ。ツルミは決してアルコール度数の低い酒ではない。一気飲みは少しばかり無理をし過ぎたかもしれない。チラと視界の片隅に映りこんで来たウィズの眉を顰めた視線に、俺は気付かないフリをする。
「ちぇっ。それならもう、さっさとこの話は終わらせよう。どうせ決まっている事だ。早く終わらせて二杯目の酒を呑まないと!」
“どうせ決まっている”
そのヴァイスの言葉に、俺はアルコールで熱くなった腹の底がフツリと煮え滾るのを感じた。
そうだ。ヴァイスにとって、俺とベストの会話には一切意味なんてない。なにせ、ベストがどういう選択肢を選んでも、ヴァイスはヴァイスでやる事は変わらないのだ。
ヴァイスはベストを神官にさせる。
そういう役割を担った人物なのだから。
けれど、俺と、そして、ベストにとっては十分意味のある会話だった。それはベストの目を見れば分かる。
「そうだね。早くこんな話は終わらせてしまおう。俺はベストに伝えるべき事は伝えきった。ベストも、もう決めたんだろう?」
「あぁ、俺ももう腹を決めた」
「腹を……ふふ。そうだね」
ベストのその言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
あぁ、こんな所でも“お腹”は出てくるのか。マナの器は、下腹部にあるとウィズやヴァイスが教えてくれた。
腹を決める。なんて、おあつらえ向きの言葉だ。
これからベストのお腹に現れる大きくて広くて、そして深いマナの世界の在り方を、ベストが決める時が来た。
「よし、じゃああの畜生ジジイに言ってやるんだ。ベスト!」
「僕が提言しておいてなんだけど、畜生ジジイはちょっと変かもね。語呂も悪いし」
「チクショウ!」
まったく、本当に畜生である。俺は頭の片隅で、今ごろ俺やプラスの布団に潜り込んで眠っているであろうけもる達の姿を思い浮かべた。
俺も早く部屋に帰ってフワフワのけもる達と一緒に寝たい。
「じゃあ、聞こうか。本来これは選択肢を持って尋ねるべき問いではないけれどね。君の親に免じて、敢えて聞こう!さぁ、お前はどうしたい?神官になるかい?それとも何らかの手段を講じて、それを逃れて別の未来を選ぶかい?」
ヴァイスの問いかけに、それまで腕を組み、そして目を閉じていたプラスの瞼がソッと開いた。
「……」
バチリと重なり合うプラスと俺の視線。
そのプラスの瞳には、先程のベスト同様、揺るぎようのない強い意思を感じた。
俺はそんなプラスの姿に、もう一度改めて俺の記憶に住まう“お父さん”に尋ねてみる。
——-お父さん。俺のせいで、大好きだったお母さんとあんな事になって、後悔してない?
お父さんが生きている時は、ずっと怖くて聞けなかった。
お父さんが“後悔してる”なんて言う訳がないのは分かっていたけれど、口ではなんとでも言える。そう思って、聞けなかった。
「……はぁっ」
深く息を吐いてみる。
その問いの答えは、きっとこの後の俺の行動に全て詰まっているのだろう。
あぁ、俺はまたベストのお陰で“お父さん”に会えるのだ。
「俺は神官になる」
ベストの声がハッキリと俺達全員の耳に響いた。