326:兄さん父さん

 

 

「皆って誰だよ?」

 

 カラン、カラン、カラン、カラン。

 そうやって、俺は何度も何度も眼鏡を捨ててはかけた。

今、目の前に居るプラスは、本当に俺の知っているプラスではなさすぎて、かけてもかけてもすぐに新しい眼鏡が必要になる。

 

 でも、ただそれだけ。

 俺はプラスにガッカリなんかしない。

 

「皆は皆だ!この世に存在する神官全員だ!」

「そんな訳ないだろ。皆って言葉で誤魔化そうとするな。この世界の全ての神官に会った事もない癖に、どうしてそんな事を言い切れる?……それに、少なくともウィズやヴァイスはそうじゃない」

 

 捨てた眼鏡がたくさん俺の足元に転がっている。足の踏み場もない程に。

 

「そんなのお前が知らないだけで、こいつらだって同じだ!弱者を切り捨て、子供を犯す!自分の地位に酔いしれて他人に首を垂れさせる!自分の地位の確認の為だけに、暴力と恐怖で支配して、相手の人生を踏みつける!神官なんて、全員そうだ!俺はベストにそんな風にだけはなって欲しくないんだ!だからっ!ダメなんだ!教会なんて、あんな腐った場所は全部俺がぶっ壊してやる!」

「なぁ、プラス。もし、そんな事をしてみろ。それは俺達をマナ無しってバカにしてきた奴らと同じになるぞ」

「うるさいっ!うるさいうるさいうるさいっ!」

 

 プラスは顔を真っ赤に上気させ、再び胸倉を掴み無理やり俺の体を引き寄せた。またしても、俺の目の前にはプラスの顔。けれど、最初にこの距離で見たプラスの顔と違って、今のプラスの目はユラユラと揺れ、どうしようもなく頼りない。

 

 俺への敵意だけで、今のプラスはどうにか立っている。

 

「こういう親よく居るよね。僕、何度も見て来たよ」

 

 すると、俺とプラスの真横から、声が聞こえた。そこには、いつ移動したのだろう。そこには、またしても神官の法衣服に身を包んだヴァイスが、両手を背で組みニコリと笑って此方を見ていた。

 

「ヴァイス……」

「プラスってさ、全然変り者じゃないよね。よく居るその辺の親と、まったく変わらない。もっと面白い奴だと思ってたのに。ガッカリだなぁ」

「……なんだと。お前に、俺の何が、」

「だって、そうじゃないか。プラスは自分と同じ職業をベストが選んで、ベストが同じような苦労をするのが嫌なんだ。親と同じ職業を選ぼうとする子供の親の、これは典型的な反応だよ」

 

 ヴァイスの言葉に、一瞬、俺の思考がピタリと止まった。

 親の自分と同じ職業?

 

——–父さん!俺も父さんみたいな騎士になることにした!

——–いや、アボード。お前が本気なら父さんも止めないんだが……もう少し考えてみないか?他にも格好良い仕事はいっぱいあるぞ?

——–嫌だね!俺はもう決めたんだ!それで、将来は父さんより出世して偉くなる!

 

 俺は真っ白になった頭の中で、そんな家族の一コマが浮かんだ。

 チラとプラスに胸倉を掴まれた体勢のまま、俺は視線だけをアボードへと向ける。すると、俺のことを心配そうに、焦ったように見つめてくるアボードと、バチリと目が合った。

 

「兄さん」

—–アウト。

 

 あぁ、アボードは本当にお父さんそっくりだ。

 大きくなって、本当にお父さんみたいな格好良い騎士になるんだから。

 たまらないよ。でも、やっぱり此処に居るのはお父さんではなく、アボードだ。

 

 皆に兄貴って言って好かれてるのも、お父さんではなく、アボードだ。

 

「本当に、大きくなったなぁ」

「……とう、さん?」

 

 アボードの口から、面白い言葉が漏れた。

 父さん?俺が?俺なんか、ちっとも父さんには似ていないだろ。でも、どうしてだろう。この世でお父さんの子供として育った、唯一無二の仲間(弟)に、そう言って貰えるのは、なんだかとても、誇らしい。

 

——-親は子供の先を生きてる!

 

 なぁ、プラス。親と同じ職業に就いたって、それは親と同じ道なんかじゃない。

 

 それはその子だけの道だ。