328:父親の役割

 

 

「ヴァイス、俺は何をしたらいい?」

「さすがアウト。話が早いね。ちょっと無理やりになるけど、プラスの中に入るよ!」

「入る?入るってどうやって?」

「あ、あぁ……そっか、アウトは受け入れるのは得意だけど、他人の中に入った事はないんだ……んー」

 

 片方では暴れるプラスの腕を掴みながら、もう片方の手では何かを考え込むように人差し指を自身の顎に添える。傍から見ると、異様な光景だ。

 

「そうだ。アウト!君はお“父さん”なんでしょう?だったら、キミの大好きなお父さんは、お母さんが泣いている時にどうやって慰めてた?同じようにやってみな?」

「お母さんが、泣いているとき……」

 

 俺は、どうしても最初に浮かんできてしまう「もう一人子供を作りましょう」とお父さんに縋って、頬を叩かれたお母さんの“あの”泣き顔が頭の中いっぱいに広がるのを止められなかった。

 

「ちがう!」

 

 そう、違う!あの二人の関係はあの時だけのモノじゃなかった。二人はもともと、前世から結ばれた、互いに愛し合った夫婦だったじゃないか!最後があぁだったからって、二人の関係全てが不幸だった訳じゃない!

 

——物語の終わりを、必ず最後にする必要はないの。幸福に包まれたあの時を、あなたの物語の終わりにすればいい。

 

 プラスのカナリヤの歌が頭の片隅を過る。

 

——–あぁ、何を泣いているんだ。悲しい事でもあったのかい?ほら、こっちを見て。

 

 そうだ。お父さんは、お母さんが泣いていた時、いつも。

 

 

「わかった!」

「アウトのその“分かった!”って物凄く不安なんだけど、もう説明してる暇はないし、ソレでいいよ!」

「わかった!」

 

 わかった、わかった!

 全部わかった!

 

 俺はそれこそ腹を決めると、ふと、此方を見ているウィズの視線に気付いた。

 そうだ、いけない。ウィズを忘れるところだった。ちゃんとウィズには、事前に大切な事は伝えておかないと、きっと後から雷が落ちてしまう。

 

 ウィズとしたたくさんの約束は、俺を”縛る”モノではなく”強く”するものだ。

 

「ウィズ!ちょっと行ってくるね!」

「ちょっと待て!行くなら俺も……!」

「俺、この世界で一番愛してるのはウィズだから!」

「っ!……いや、待て!アウト!今、お前は俺を掌で転がそうとしているだろう!おい!」

 

 ウィズがズンズンと此方へ近寄って来る。俺はそれを待ってはいられないので、そのままポロポロと涙を零すベストの背に手を添え、そして――。

 

「いやだっ、もう、ひとりはいやだ。さみしい、くるしい。もう、いなくなりたい……!たすけて」

「わかった!プラス!今、助けに行くから!ほら、こっちを向いて!」

「っあ、うと」

 

 俺は片手で無理やりプラスの顎を掴むと、そのまま勢いよくプラスの唇に口付けをした。同時に、プラスの涙がヒタリと俺の頬に触れる。なんだか、人の涙って温かいなぁなんて、俺が思っていると――

 

「っ!」

 

 次の瞬間、俺は腹の下がゾワリとする感覚に陥った。

 そのまま、俺は現実世界の意識を手放すと、プラスのマナの世界へと落ちていった。

 

 

       〇

 

 

 

 深い、深い。それは底のない崖のような場所だった。俺の少し上の方から、小さな体がフワリと落ちてくる。あれは、

 

『ベスト、おいでっ!』

『――――』

 

 俺は落ちてくるベストの腕を引っ張ると、どうにか俺の腕の中に包込んだ。こんな事をしても結局のところ、俺も落ちているので余り意味はないかもしれない。けれど、そんな事は関係ない。

 

『……ベスト、よしよし』

 

 だって、落ちている間、俺の頭の中には沢山の“誰か”の記憶が流れこんでくるのだ。たくさんの、温かくて、楽しくて、辛くて、苦しくて、寂しい。そんな記憶がたくさん俺の中に入り込む。

 

 

——ヨルヨルヨルヨルー!おーい!今日は何をする!?踊りか?歌か?それともお話をするか?あーあ!ずっと夜ならいいのになー!だって、そうしたら、ずっとヨルと遊べるのになー!

 

 

『っう、っう……っひく』

 

 こんなに肩を震わせて泣く我が子を、親が抱きしめてやらずにどうするというのだ。そのまま、俺はベストを腕に、底の見えない崖の底を目指して落ち続けた。

 

 

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