333:ホンモノのざいにん

 

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 この世界はクソだ。腐っている。

 一度、腐ってしまったモノは、もう元には戻らない。だとすれば、もう無かった事にするしかないんだ。

 

 なぁ、そうだろ?

 そうするしかないよな?

 土砂崩れを起こすしかないんだよな?

 汚いものは埋めてしまって、その上を俺が踏み均せばいいって言ったよな?

 

 なぁ、教えてくれよ。ヨル。

 

 

        〇

 

 

 

「どうして、役職も地位も俺の方が上なのに、俺の言葉に従わない?」

 

 

 そんな、俺の苛立ちを帯びた言葉に、医術室に居た神官の一人が、面倒そうな表情を此方へと向けてきた。その他の神官達も、自身の仕事の手を止める事はなく、ただ、チラと俺の方を見ては、呆れたような表情を浮かべるのみ。

 中には、わざと聞こえるように大きな溜息を吐く者までいる。

 

 そう、俺に向けられる表情や態度は、いつもこんなモノだ。

 “スルー”の時から、それは一切変わらない。

 

「おい。何度も言わせるな。教会に連れて来られた子供は、全員、俺の治療室に連れて来い。絶対に他に回すな。そんなに難しい事ではないだろう」

「そんな事を言われましても……理由もなくそのような事は出来ません。それに、そんな横暴、他の二庁が許しませんよ。無理です」

 

 そう、俺の言葉をすげなくあしらう神官は、階級でいけば俺の二つも下の者だ。それなのに、俺の言葉など一切意に介する様子は見えない。

 むしろ、鼻で笑う様子さえ垣間見える程だ。

 

 あぁ、クソ。クソ。クソ。

 

「だったら、教会に連れて来られた時点で、俺が適当な疾病の診断をする。目的は“マナ無し”の治療。これで俺達、医療庁の権限区分に入るだろう」

「またそんな事を……。もしそんな事をしたら、越権行為で他二庁からの糾弾は避けられません。我ら医療役官がマナ無しの子供達を独り占めにしていると思われるでしょう」

 

 この問答も、何度行ってきたかしれない。

 マナ無しや、マナの少ない人間達は教会全体で奴隷として、各三庁に平等に振り分けられる。

それこそ家畜のように。神官の所有物のように。

 

「……子供をモノのように扱うな」

「罪人なんです。彼らはモノ以下ですよ」

「罪人?」

 

 俺は愚か極まりない言葉を口にする神官に、思わず近くにあった本棚を勢いよく殴りつけた。その勢いで、棚にあった本が数冊ガタガタと崩れ落ちる。

 すると、それまでシレッとした表情で此方を見もしなかった神官達が、「ひっ」と短い悲鳴を上げた。そして、皆一様に、俺から距離を取る。

 

 あぁ、また以前のように俺が研究室を破壊するかもしれないと思っているのだろう。

 あながち間違ってはいない。一瞬、やってしまおうかと頭を過った事は確かだ。

 

「ほう。自分達は暴力と権力で相手を平気でねじ伏せる癖に、同じ事をされそうになると恐怖するんだな。面白い」

 

 ククッと漏れ出る笑みを、俺は堪えきれない。

 だってそうじゃないか。ただマナが無いというだけの理由で、罪を犯したわけでもない人々を身勝手に“罪人”扱いして、ゴミのように扱う人間が、逆の立場になれば簡単に悲鳴を上げるのだ。

 

「本当の罪人は、一体誰なんだろうな」

「え?」

 

 自分の痛みにはこれほど敏感な癖に、他者の痛みには一切目もくれない!理由も根拠もなく、相手を慣例的に罪人と決めつければ、人はどこまでも悪魔になれるものなのだ!

 思考する事を止め、本能を理性で制御する事もしない。こんなのはケダモノと同じだ!人の皮を被った、ケダモノ!

 

 それこそが、俺達神官の真の姿だ。

 

「もういい……。けどな、“あの子”には、絶対に手を出すな」

 

 俺は訝し気な目で此方を見てくる神官達の隣を、スルリと通り過ぎた。本当は、この研究室ごとコイツらを吹っ飛ばしてもいいのだが、そうすると、また以前のように治療室に戻るのが遅くなってしまう。

 今日は、子供達に物語を読んであげる約束をしたのだ。だから、今日はしない。やめておく。我慢する。

 

「はぁっ」

 

 あぁ、どうしてだろう。

 同じ言語を話している筈なのに、ここでも俺の言葉は誰にも通じない。

 

 そう、“スルー”の時よりも、その感覚は非常に顕著だ。まだ、あの村に居た時の方がマシだった。

 

「……俺は、何も変わっていない」

 

 大聖堂の中を大股で歩きながら、窓ガラスから差し込んでくる眩いばかりの光に目を細めた。色とりどりのガラスを通して目に映る光は、七色に輝いていて、ただそれは本当に――。

 

 

「きれいだな」

 

 

 今の俺はあの頃と違ってきちんと目が見えている。

 

 そう、いつの間にか、俺は“スルー”ではなくなっていた。

 どうやら、スルーは知らぬ間に死んでいたらしい。いつ、どのように、何がきっかけで死んだのかは分からない。

 

 まぁ、殆ど死んだように毎日を生きていたので、それは本当に“いつの間にか”だった。