335:おとうさんの罪滅ぼし

 

        〇

 

 

 俺の治療室には、いつも多くの子供達が居る。

 この子達は、記憶がないからと言って親から捨てられた子や、他の役庁でマナ無しとして弄ばれそうになっていた子達だ。

 

「おとうさんだ!」

「おとうさんがかえってきた!」

「また、インが抱っこしてもらってる!インばっかりずるい!」

「えへへ」

 

 この子達の境遇には多少の差異はあれど、共通するのは“十歳以下の、記憶の継承がみられない子供である”という事だ。

 

 マナの量と、保持している前世の記憶の量には、非常に強い相関関係がある。鮮明な記憶があればあるほど、マナの量も多い。

 その為、記憶の少ない子供というのは、生まれた時点で周囲から迫害されたり、親から捨てられたりして教会へと流れ着く事が、非常に多かった。

 

 とは言っても、“記憶”というのは、どうしても主観性の強いモノだ。自身の保持している記憶が鮮明なのか不鮮明なのか、なんて自分で判断するのも難しいのに、他者からの判断なんて、とても出来ない。

 

 その為、教会は子供達に対して、十歳でマナの測定を義務付けた。

 記憶と違い、マナの量というのは、十歳という節目の年齢を迎えれば、客観的な測定が可能だからだ。

 

 だからこそ、俺は出来るだけ十歳になる前の子らは、教会の中から俺の元へと集めるようにした。集めて、ケダモノ達から食われぬように籠の中にしまいこむ。

 

 けれど、どんなに俺が子供達を守ろうとしても、スルリスルリと子供達は俺の腕から零れ落ちて行った。

 

 俺は偉いのに。マナもたくさんあるのに。

 けれど、俺には“何か”が決定的に足りていなかった。

 

「さぁ。今日のお話会は何にしようか?」

 

 俺が明るい声で尋ねると、その瞬間、子供達の表情がキラキラと輝き始めた。そう、昨日まではその輝きの中に“フロム”という男の子が居たのだ。けれど、今は居ない。

 すると、俺の腕の中に居たインが、一際輝かせた瞳を湛え、俺の耳元で叫んだ。

 

「アレがいい!夜に男の子がファーと冒険するやつ!」

「またか?インは本当にこのお話が好きだなぁ」

「みんなも好きって言ってたもん!それに、今日来たニアは初めて聞くよ!だから!」

「まぁ、それもそうか。みんなも、その話でいいか?」

「いいよ!」

「うん!それでいい!」

「早くお話して!」

 

 俺の問いかけに、きっとフロムならばいの一番に別の物語を所望した事だろう。けれど、やっぱりあの子はもう居ない。

 今朝、学窓庁の奴らに盗られてしまったのだ。ダメだと言ったのに。それなのに、訳の分からない教会の理屈を上げ連ね、最後には誰も俺の言葉になど耳を貸さなかった。

 俺はいつもこうだ。いつも、俺の言葉など聞いてもらえない。

 

「あぁ、わかった。わかった。ほら、インもそろそろ下りなさい」

「いやだ!抱っこしたままお話して!」

「……まったく」

 

 フロムは十歳になり、マナの測定で極めてマナの量が少ない事が判明した。

 だから、他の神官に奴隷として盗られてしまったのである。

 ドロボーだ。ドロボー。この教会にはクソとドロボーしか居ない。

 

 クソ、クソ、クソ、クソ。

 

『さぁ、今日も家族は眠りについた!

僕の世界を巡る冒険の旅に行かなくちゃ!

 

僕は部屋の窓に手をかけると、そのままフワリと空中に飛び上がった』

 

 俺はそれまでとは声の調子を変え、腹の中の熱い怒りをおくびにも出さず、フワリと体を動かした。その瞬間、俺の纏っていた法衣服は消え、子供達と同じ、簡素な奴隷服へと姿を変える。

 

 こっちの方が良い。動きやすいし、それに、子供達とおそろいだ。あの汚い連中の着ている服より、断然こちらの方が俺好みだ。

 

『ホーホー!

 

あれは、僕の相棒。フクロウのファー。

僕の旅は、キミがいなくちゃ始まらない。ファーは物知りで世界の事をなんだって知ってる』

 

 語る俺のお話を前に、子供達はその目をキラキラと夜空に浮かぶ星のように輝かせる。その中で、俺の腕の中に居るインの目は一際輝く一等星のように明るい。まるで、闇を照らす希望の光だ。

 

 あぁ、イン。イン。イン。

 

『今日はどこへ行こう!どんな国に向かおうか!

 

今日も、キミと僕の冒険に出かけようじゃないか!』

 

——–フロムは今日、連れて行かれちゃった。みんな、すぐにどっか行っちゃう。

 

 イン。

 せめて、お前だけは今度こそ守り抜いてみせる。

 

 俺は、“イン”と瓜二つの、その少年の温もりを腕の中で感じながら、何度も、何度も決意した。

 

 最後に目も合わせてやれなかった父親の、罪滅ぼし。

 あぁ、ここでも俺は罪深い。

 

——-アイツらの言う通り、お前も子供を“使って”いるじゃないか!

 

 腹の底で“スルー”が大声で叫ぶ。

 

 そう、そうなのだ。

 俺はインに似た“この子”で、自分の罪悪感を拭おうとしている。腹の底にある、苦しみと痛みから解放される為に。こんなの、快楽に子供を使うアイツらと、何も変わらないじゃないか。

 

 あぁ、本当に罪人は、一体“誰”なんだろうな。

 

 

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