360:三つ巴の均衡

 

 

『俺は特別じゃないし!勇者でもない!ちっとも凄くない!俺はただの、ほぼマナ無しだよ!』

『アハハ。アウトったら、知らないうちに相当な傷を負ってるねぇ』

『俺はちょっとマナが多くなった人!殆どマナ無し!それだけ!』

『いや、ちょっとって……』

『もうその事は言うな!聞きたくない!だから、俺は“ちゅうにびょう”でもない!』

 

 何やら、先程までと違い困ったような表情で俺を見てくるヴァイスに、俺はフイと視線を逸らした。どうせ、ヴァイスも俺の事を“ちゅうにびょう”だって思ってるんだ。

 

『あっ!じゃあ、こうしよう!勇者じゃなくて、これからもアウトには、プラスと“夫婦”で居てくれない?ってこと』

『……夫婦?』

『そうだよ。夫婦はいつでも対等であり、何かあったら今回みたいに夫婦喧嘩も仕方なし。妻の暴走は夫が止めるし、逆もまた然りだ。そして、家族に何かあったら“お父さん”がすぐに助けに行く』

 

 ヴァイスの言葉に、俺は唸った。

 勇者なんて言われた後に口にされなきゃ、別に悩む事でもなく頷くところだ。だって、別にそれはヴァイスに頼まれなくたって、そもそも俺自身がやろうと決めた事なのだから。

 

『アウトには、アウトのお父さんみたいになって欲しいって事だよ?だめ?いや?』

『……いやじゃ、ない』

 

 俺のお父さんみたいに。

 そんな事を言われてしまっては、頷かない訳にはいくまい。なんだか、とても面倒事に巻き込まれた気しかしないけれど、このヴァイスも俺が本当に嫌がる事はしないはずだ。

 

『あは!ありがと!そう言ってくれると思ってたよ!アウトパパ!』

『……ヴァイス。俺の事を掌で転がして楽しんでるだろ』

『いいや?どちらかと言えば、ペン先で転がしてる感はあるね』

『意味わかんないよ』

『権力は分散していてこそ、均衡と世界の平和は保たれる。破壊のプラスと、抑制のアウト。そして、何かあった時は、知性担当として僕も加わろう。この世界は三権分立であり、三つ巴によって、均衡が保たれる事になった!ともかく僕たちの生が尽き果てるまでは、楽しくやっていこうじゃないか!』

 

 あぁ、訳がわからない。

 分からないけれど、もうヴァイスがこうも笑っているのだから、きっと俺には止められない。なにせ、俺はとことん“ぎょうかん”の読めない奴なのだから、世界の難しい“ぎょうかん”は、もうヴァイスに任せるより他ない。

 

『さて、そうと決まれば僕も向こうでの仕事が山積みだ。報連相はこまめにしなきゃだからね!そろそろ帰ろう。アウト』

『……そだね』

『じゃあさ、いつもの如く盛りのついた狼みたいになっている親子を止めて来ておくれ!始まったら、あれは長いよ。きっと!』

『……う、うわっ!?ちょっと!』

 

 ヴァイスに言われてふと隣を見てみれば、そこには互いの姿しか見えなくなっている、二組のかっぷりんぐの姿。しかも、その雰囲気は非常に怪しく、艶めいてきているではないか。

 

『こらこらこら!イン、オブ!よそ様のマナをべちゃべちゃにする気かよ!あぁもう!やめろってば!せめて帰ってからにしろよ!』

『あぁっ!』

『っち!』

 

 俺はオブに乗っかったまま、互いに口付けをし合っていたインの首根っこを掴むと、その体を勢いよく引っ張った。そのせいで、インの体がオブから無遠慮に離れていく。

そんな俺の行動に、オブから明らかな舌打ちと、鋭い視線が向けられた。

 

 まったく、なんで俺が常識がない奴みたいになってるんだよ!納得いかない!

 

『だいたいね、イン!お前もすぐにオブに流されすぎ!ダメな時は、しっかり周りを見て、ダメって言いなよね!十四歳なら出来るだろ!?いい加減大人になれよ!?』

『……そんな事言われたって。マスターだって向こうのタオルにすぐ』

『今は俺の事は関係ないだろ!?』

 

 インは快感に正直だ。

 ちょうど気持ち良くなっているところを俺に邪魔されて、まったく俺の言う事など聞こうとしない。この辺の聞き分けの無さは、正直オブよりも性質が悪いのだ。

ここで下手をすると、本気でインは意固地になって“マショウのオソイウケ”になってしまうだろう。

 

 そんな事になったら、全てが終わるまで俺はもう手出しが出来なくなって、終わるまで待つ羽目になる。そんなのは絶対に嫌だ!

 

『ねぇ、イン?小さい子……ベストに会いたいって言ってなかった?』

『へ?』

『言ってたよね?会いたいって。俺のマナの中には、あんまり小さい子が居ないから、会いたいって』

『言った!』

『ベストは此処に居るから連れて来てあげてもいいけどさ。でも、小さい子に、オブとインの情交なんて見せられないからなー』

『しないよ!俺を何だと思ってるの!?他の人のマナで、オブと情交なんてしない!』

 

 完全にインの中で、ベスト>情交の構図が完成した。

 そんなインの発言に、オブはと言えば、未だに地面に腰を下ろしたまま、俺の事を射殺さん勢いで睨みつけている。余計な事をしやがって、と言いたいのだろうが、そんなの八つ当たりだ。

 

だって、どう考えても正しいのは俺じゃないか!

 

『ベストに会いたい!連れて来て!』

『わかった。じゃあ、ちょっと待ってて』

 

 目を星空のように輝かせ始めたインに、俺はつぎつぎ、とその身を翻す。こちらもこちらで早くしないと、衝動のままに“種まき”を始めてしまいかねない。ここはプラスのマナだが、そろそろヨルには“ベスト”に戻って、現実世界のプラスと共に生きて貰わないと。