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「っ!」
目覚めた。
目覚めて、一番最初に目に入ったモノ。
「……やっと起きた」
それは予想通り、表情を歪めて此方を覗き込んでくる、バイの姿だった。どうやら、今回は以前のようには泣いてはいないらしい。
ふと、バイの隣を見ると、そこには俺がプラスのマナに入る前には居なかった筈のトウの姿まであった。
「バイ、今回は泣いてないみたいだな」
「……いい加減、俺も慣れたよ。でも、俺は怒ってるんだからな」
「ごめん、いつも心配かけて。トウもごめんな?店に来てこんな事になってて。ビックリしただろ?」
「あぁ。けど、まぁ……さすがの俺も、もうそろそろ慣れてきたよ」
そう、俺はベッドから体を起こしながら、バイとトウに謝る。けれど、苦笑するトウはともかくとして、バイはと言えば、その表情に沸々とした怒りをたたえはじめると、そのまま勢いよく俺のベッドの上へと飛び乗って来た。
「アウト!なんで、プラスと口付けなんかしてんだよ!?俺とはしない癖に!」
「……そっち?」
「他に何があるんだよ!?アウトの尻軽!ヤリチン!ビッチ受け!」
バイは俺の上で、その真っ赤な髪のごとし怒りを露わにすると、俺の隣のベッドに寝かされているプラスとベストの方へと目をやった。
「それに何なんだよ!勝手にプラスと家族になんかなりやがって!俺の方が先にアウトと出会ってたし、先に仲良くなってたのに!プラスプラスプラスプラス!あぁぁぁっ!プラスばっかり!ばーかばーか!暴れるぞ!」
「……バイ。落ち着くんだ。家族には俺となるんだからいいだろう」
「いいけど!いいんだけど!でも、ズルいって思うんだよ!この気持ちは止められないんだ!ズルいズルイズルイ!俺ばっかり仲間外れで!あああああ!」
俺よりも随分大きな体で、けれどまるきり子供のようにベッドの上で暴れ散らかすバイの姿に、トウは「こらこら」と、その頭を撫でて落ち着かせようとする。けれど、最早こうなったバイは暴れ馬より手が付けられない。
さて、ここは俺がバイの額に口付けをして大人しくさせるしかないか。
そう思った時だった。
「じゃあ、バイ!お前はこれから、俺とアウトの娘になったらどうだ?」
いつの間にか、ベットから体を起こしていたプラスが、俺の上で暴れるバイへ、あっけらかんと言ってみせた。その片手は、未だに隣でスヤスヤと眠るベストの頭を優しく撫でている。
その表情は、まるで眠る我が子を見つめる“お父さん”そのものだった。
「……なんで、俺が娘なんだよ。ヘンだろ。俺は男なのに」
プラスからの提案に、バイは俺にかけられていた布団に顔を隠しながら、もごもごとハッキリしない口調で喋る。その隣では、起き上がったプラスに、トウがフイと目を逸らした。
そんな二人の様子に、それまで笑っていたプラスが、ふっとその表情を消す。消して、真剣な声でバイと、そしてトウへと語りかけた。
「……バイ。嫌かもしれないが、もう一度、俺の娘になってくれないか?」
「……何だよ。もう、一度って。意味、わかんないだろ」
「あの時の俺は、家族の幸福は全部俺の手の内にあるんだと思っていた。けど……それは違ったな。俺は、俺しか幸福にしか出来ない。でも、だからこそ、今度はアウトと一緒にお前の幸福を見守りたいんだ。ただ、もうお前を叱るのは、トウ……お前に任せるよ」
プラスの言葉が、もう、全てを二人に伝えていた。
『もう、私を家族だなんて思わないで』と、家族を失った辛さから、父親の手をはねのけたニア。そして、その隣には、愛する人の父親に『お前は約束破りだ』と言われ、大声で泣いたフロム。
その二人の元に、プラスの全ての想いを乗せた言葉が響いた。
「頼む。今度こそ、幸福になってくれ」
そんな事を言われたら、もう布団に顔を埋めてしまったバイは、きっともうしばらく顔を上げられないだろう。本当は、聞きたい事も、言いたい事も沢山ある筈だ。
けれど、顔は上げられない。きっと声も上げられないに違いない。
ただ、あるのは震えるバイの肩だけ。
逸らした先で、目を伏せ、その拳を握り締めるトウだけ。
でも、だからこそ、俺は自分がウィズにしてもらったように、バイにはここでうんと泣いて貰う事にする。
「バイ。トウ。今度、お前らに紹介したい奴が居るから、俺の部屋に来いよ。インって言う子で、きっと二人共仲良くなれると思うんだ」
俺はバイの震える肩に手をやると、ソッとその肩を撫でてやった。すると、俺に掛かっていた布団を握りしめていたバイの手が、そのままスルリと俺の腰へと巻き付いてきた。巻き付いて、今度は俺の腹の上でシクシクと泣き始める。
二人をインに会わせたら、バイが、トウが、俺よりもインが良いって思うかもしれないなんて、そんな事はもう思わない。
今、俺に抱き着いて泣くバイは、俺達に背を向けて肩を震わせるトウは、俺と関係を築いてきた“俺だけ”のモノだ。
それに、
「二人とも、出来るだけたくさん幸福になって。その手伝いなら、俺は何だってやるから」
今の俺にはウィズが居る。今も、俺の隣で眠りについているウィズが、俺の手だけはしっかりと握り締めてくれている。俺がプラスの中で、何度も何度もその名前を呼んだ、ウィズが。
この手があれば、俺はもう、何も怖くない。
俺とプラスはベッドの上で互いの顔を見合わせると、ともかくこれから先、訪れるであろう騒がしい未来を想い、小さく笑い合った。