その日、ウィズの酒場には、珍しく、いつもの面子が“全員集合”していた。
「さてさて!今宵こちらにお集まりの皆様!本日は吟遊詩人のヴァイスが執り行います審判の時に集まって頂き、誠にありがとうございます!さぁ、今日ここで行われる審判は、絶対に他言無用!皆様心して、心の中に秘めてお帰りください!」
ヴァイスの明るい声が、ウィズの酒場に響き渡る。
そんなヴァイスの周囲には、ウィズ、ベスト、バイ、そしてトウ。果てはアボードやアバブまで居た。先程、ヴァイスは「集まって頂き」なんて口にしていたが、別に招待状を出して呼び集めたりした訳ではない。
ただ、“たまたま”皆が同時に店へと立ち寄っただけの事である。
まぁ、ここは酒場だ。
皆その手に、酒なり果汁飲料なりを持って歓談しつつ、突然始まったヴァイスからの呼びかけに、全員が若干胡散臭そうな表情を浮かべた。
「ヴァイス。審判って……一体今から何をする気ですか?あんまりアウト先輩達で、遊んだらダメですよ」
アバブのもっともな問いかけと釘を刺すような言葉に、俺は非常に深く頷くしかなかった。そして、それは俺の隣に座るプラスもそうだろう。
「アバブ?遊ぶだなんて、そんな……!僕は真剣なんだよ!」
「アウト先輩達で真剣に遊ぶつもりなんですね……」
「大丈夫、きっとアバブも気に入るよ!」
ニコニコと楽しそうに笑うヴァイスに、アバブが「はぁ?」と、持っていた果汁飲料に口をつけて首を傾げた。
そう、俺とプラスは、何故かいつものカウンターではなく、ファーに一番近い丸テーブルに、聴衆から見守られるカタチで並んで腰かけている。しかも、俺達のテーブルの上には、それぞれ一枚の魔用紙まで置かれていた。
ニコニコ笑うヴァイス。
いつもとは違う席。
目の前にある魔用紙。
あぁ、嫌な予感を通り越して、既に“いや”だ。もう、予感ではなく、確信的に、預言的に、確実に、俺はこれから面倒事に巻き込まれる事になるのだろう。
「これから僕は、この二人の誓いを見守る牧師になるのさ!言うなれば、今から始まるのは二人の婚姻の儀だよ!二人の誓いが、永遠に足るものかどうか、僕が審判をする!そんな儀式を今から執り行うのさ!」
ヴァイスの言葉に、俺とプラスは互いに顔を見合わせて、首を傾げるしかなかった。
いや、何だって?婚姻の儀?俺とプラスが?
「ふざけるなっ!この飲んだくれがっ!?あんまり性質の悪い酔い方をするようなら、店から叩き出すぞ!」
「この、ク……畜生ジジイ。お前、俺が直々に崖から突き落としてやらねば分からぬようだな」
もう何をどう反応して良いのやら分からぬ俺とプラスの隣から、ウィズとベストがヴァイスへと食ってかかる。 そんな二人に対し、ヴァイスは意に介した様子は全く見られない。むしろ、怒る二人にどんどんとその機嫌をよくしているようにも見えた。
「あは!いいじゃないか!この二人は“元々”夫婦なんだから!それにさ、これはアウトも了承してくれた事だよ!ねぇ、アウトはこないだ僕と約束したよね?プラスとは、これからも夫婦で居てくれるって」
「……まぁ、そうだけど」
「俺はベストのお父さんだし……」と、俺がモゴモゴと口にしていると、先程までヴァイスに怒鳴っていたウィズが、今度は俺に向かって鋭い視線を向けてきた。
これは完全に、後から説教を食らうパターンだ。「他人の言う事にホイホイ頷くなと、あれほど言っただろうが!?」と。
あぁっ、胃が痛い。
そして、そんなウィズの視線から逃れるように目を向けた先では、不機嫌な表情を全面に曝け出すウィズとベストに対し、アバブが目を輝かせながら、物凄い速さで何かを描いている。掌返しも甚だしい。
あぁ、まったく。俺と違って楽しそうで何よりだよ!
「なぁ、アウト」
「……なに、プラス」
俺はなんだか既にドッと疲れた気分で肩を落とすと、今度は俺の隣から、プラスの全くコソコソ出来ていない、耳打ちが向けられてきた。
その声に、皆が俺達に視線を寄越した。いや、耳打ちなのに皆に聞こえるって、どういう事だよ。
「やっぱり、お父さんとお母さんは毎月交代制にしないか?俺もお父さんがやりたい」
「しつこいぞ。だいたい、最初にクジをする時に約束しただろ?恨みっこなしだって」
「恨みっこなしと言われても、最近、恨めしくなってきたんだから仕方がないだろう!恨めしい恨めしい!」
「いっその事、清々しい程の約束破りだな!?」
未だにベストの父親権を主張してくるプラスに、俺は座っていた体ごとプラスの方へと向けた。その手には既に拳を作ってある。俺は絶対にベストの父親権を譲るつもりなんてないのだ。
「だいたい!毎月交代してたら、ベストが混乱するだろう!?」
「……ぐっ。た、確かにそうだが」
「それに、俺だって……いや、むしろベストよりも俺達が混乱するに決まってる!今日、自分がお父さんだかお母さんだか分からなくなったら、それこそおかしいだろ!」
「……っぐぐぐ。確かに、そうかもしれないがっ!でもっ!」
こんなにも圧倒的に不利な状況ですら、机上に置かれたプラスの手は力強い拳が作られたままだ。そっちがその気なら、本当は使いたくなかったが、俺は最後の手段に出るしかない。
「ベスト!俺とプラス……お前のお父さんはどっちだ!?」
「っず、ズルイ!それはズルいぞ!アウトは卑怯な事をしている!」
「ベスト!言いなさい!どっちがお父さんがいいか、さぁ、言っていいよ!」
先程までヴァイスに食ってかかっていたベストが、急に風向きの変わってしまった話の方向に、その細められていた目を大きく見開いた。
そして、数拍の後、ベストはその目をプラスから気まずそうに逸らしながら、ぼそりと口を開く。
「アウト」
ふふん。ほらね。
「ああああああっ!最初にアウトを“お父さん”にしたのが全ての間違いだったんだっ!」
「諦めろよ。もうお前は俺の奥さんで、ベストのお母さんなんだ。それで、ベストが成人したら、俺とは縁別して、ベストと夫婦になる。それでいいじゃないか?」
そうやって、俺が慰めるようにプラスの肩を叩いてやると、ずっと黙って此方の様子を窺っていたアボードとトウが、困惑した表情で酒を片手に壁に背中をつけた。
「……このクソガキ。いつにも増して、とんでもない事言ってやがんな」
「まぁ、今は……多様性が、アレだ。認められる世の中だしな。いいんじゃないのか?」
「トウ。お前はアレが自分の血縁者じゃねぇから、そんな事を言ってられんだよ。こっちは見ててたまんねぇよ。アレが実の兄弟である、俺の身にもなれよ?なぁ」
「……お前の気持ちも考えずに、軽率な事を言った。悪かったな」
いや、ガタイも顔も良い騎士様二人をここまで疲弊させるような事を、俺は言ったつもりはないのだが。
「じゃあ、俺はプラスの娘だから、必然的にアウトの息子になるって事か!」
「おい、こっちもこっちで凄い事言い始めたぞ。トウ」
「もう……言い出したら聞かないからな」
「つーか、どうしてプラスに対してだと娘で、クソガキに対してだと息子なんだよ。頼むから性別くらい統一してくれよ」
「何言ってんだよ!兄貴!俺はアウトに対しては、いつだってオトコなんだよ!兄貴なら分かるだろ!?男同士なんだし!」
「分かるかよ!?あぁぁっ!もう付いてけねぇっ!おいっ、クソガキ!酒!おかわり!」
もう、ぐちゃぐちゃだ。
そもそも、一体何のために俺はここに座らされたのか分からないし、もうどうでも良くなってきたから、ひとまずアボードの酒でも注いでやる事にしよう。
そう、俺が椅子から立ち上がろうとした時だった。
「アウト、酒は少し待ちな。ここからは本当に大切な儀式を始めるよ」
あの、ヴァイスの“ぎょうかん”を読ませない、意味深な笑みが俺を捕らえた。