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その日、俺達は大興奮だった。
「はぁぁっ、素晴らしかったな!素敵だったな!」
「うん!うちのベストが一番可愛くて格好良かった!」
俺とプラスは、ベストの神官学窓への入教式の直後、互いに胸を抑えて感嘆の息を漏らした。そこは、普段なら一般人は立ち入りを禁止されている教会の学窓区なのだが、今日は特別に保護者だけは立ち入りが許されている場所だ。
まぁ、そうは言っても学窓区は中に入ってみれば特に一般の学窓と、そう中は変わらない様子だった。今、俺達は神官の正装服の仕立てに連れて行かれたベストを待つため、教会の一角で待っているところだ。
「でも、凄いな!ここでもベストは一番だった!」
「うんうん!皆の中で、体は一番小さいのに、一番立派で堂々としてた!」
そうなのだ。ベストは以前の編入試験でも満点を取っていたが、この神官学窓の入教式でも、ベストは一番だった。
まぁ、しかし、だ。
「いやぁ、まぁでも……遠くて全然見えなかったな」
「射出砂、全部使ったのに、どの描画もイマイチだなぁ」
手元にある、俺が必死に射出した描画。
けれど、そのどれもがベストを克明に映し出したものは一枚もなかった。あぁ、なんて残念な仕上がりなんだろう。そう、俺は深い溜息を吐いた。
教会の大聖堂を貸し切って行われた入教式は、それはもう一般生徒と、主席のベストでは距離の取られ方が驚くほど遠く、どんなに身を乗り出しても、ベストの晴れ姿を肉眼で鮮明に捉える事は叶わなかった。
「でも、もうすぐベストはここの寮に入ってしまうんだな」
「……寂しいね」
「どうしよう、アウト……俺は本当に寂しいぞ!」
そう、プラスが、俺に向かってその眉をヘタリと落として泣きそうな表情を浮かべた。そりゃあそうだろう。せっかく記憶も戻って、せっかく教会からも監視付きとはいえ、自由の身になれたのだ。
そんな矢先の、ベストの教会への入教。
さすがのプラスも、喜んではしゃいではいるが、その姿には常に寂しさが付きまとっているようだった。
落ち込むプラスに、俺が一体何と声をかけてよいのやら、と思案しかけた時だ。
そんな俺達の耳に突然、子供特有の甲高い声が響いてきた。
「おい!ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
デジャブ。
何やら、以前も同じような事を、同じような子供の声で言われた気がする。
「ん?」
「あれ?」
俺達が声のする方を見てみると、そこにはベストの編入試験の時に居た、あの三人の子のうちの一人が、ガボガボの神官の正装服に身を包み立っていた。
「ん?なんだ。お前ら……あの時の、小児愛好者の変態じゃないか?」
——浮浪児が金に困って変態に寄って行った訳か?カワイソーだな。
出会い頭に、凄まじい事を言う。
そして、あの時よりも更に小生意気な目を俺達に向けてくる彼に、もう、ここまで相手を真正面から見下させるというのは、むしろ清々しくて腹が立たないものなのだな、と心底関心してしまった。
「おおっ!君は!ベストのお友達じゃないか!君も神官に召し上げられていたとは……俺は物凄く安心したぞ!」
「おいっ!近寄るな!?この小児愛好者がっ!お前ら、どの面下げて教会のこんな場所まで入り込んだ?教師を呼ぶぞ!」
「ちっ、違うよ!俺達は保護者として此処に……」
「信じられるかっ!誰か!おい、誰かいないのか!?ここに変態が紛れ込んでるぞ!」
そう、周囲にたくさんの幼い神官の卵たちが集まる中、大声で叫ばれたせいで、一気に俺達の周囲がザワつき始めた。向けられる視線は、完全に警戒心が露わになっている。
そりゃあそうだ。子供が沢山いるこの神官学窓で「小児愛好者」は、さすがに分が悪すぎる。
「あぁっ、違います!俺達、本当に保護者なんです!」
「あははっ!君はまるで野生の子リスみたいに警戒心が強いなぁっ!可愛い可愛い!」
「触るなっ!このっ」
——ド変態が!
そう、プラスから差し出された手を、その子が勢いよく叩き落とそうとした時だった。
「ほう、お前も此処に来ていたのか」
「っ!!」
子リスとプラスに称されたその子の背後から、ウィズと、そして――
「ベストっ!素敵になったじゃないか!」
「すごいすごい!立派だねぇ!」
少し大きめの正装に身を包んだベストの姿があった。
「おいっ、教師!ここに小児愛好者の変態どもが居るぞ!この教会の警備体制は一体どうなってるんだ!」
「なんだと?」
子リスの男の子のキャンキャンとした喚きに、教師と呼ばれた相手、ウィズが眉間に皺を寄せる。
「口の利き方に気を付けろ。新入生。彼らのどこが小児愛好者だというんだ」
「っだって!」
「ウィ……先生、コイツの教育は俺が行いましょう。コイツは俺の手駒ですので。言い聞かせます」
「はぁっ!?なんだって!?」
ガボガボの正装服を着た少年二人が互いに向かい合って、一触即発の雰囲気を醸し出す。それに対し、俺の隣に立つプラスは「子リス同士が喧嘩してるようで可愛いなぁ」などと笑顔を絶やす事はない。
俺なんかは、入教早々ベストが他の子と喧嘩などして、問題児扱いを受けやしないかと心底ヒヤヒヤしているというのに。
「おいっ、お前!浮浪児がたまたま召し上げられたからって良い気になるなよ!?」
「っは。俺は幸運だな」
「なに?」
「また此処で新たに一から手駒を作り直さねばならないかと思っていたが、どうやらそれは免れたらしい。一つでも手足が増えれば、出来る事も大きく増える」
「お前、本当にいい加減にっ」
そう、少年がベストに更に食ってかかろうとした時だ。ベストの人差し指が、少年の首元に添えられる。それはまるで、こないだの俺とプラスの婚姻の儀の際、ヴァイスがプラスにしたのと、まるきり同じ体勢だった。
「お前こそいい加減にしろ。お前にある選択肢は二つに一つだ。俺に教会の鐘の上から突き落とされるか、それとも六年間、俺の手足として忠実に働くか」
「っく」
「お前程度のマナでは、抵抗どころか指先一つ動かせないだろう。此処では、マナの量が全てだ。いいか、よく聞け。俺は学年主席である上に、現在この学窓でも教師を含めて、最高値のマナ保有量を誇る。ここで俺に付き従い、信頼を勝ち得る事は、お前にとってもそう悪い話ではあるまい。賢く生きろ。このド畜生が」
やはり、ベストは相手を愚弄し、罵声し、突き落とす時は、言葉数が異様に増え、そして流暢になる。普段の言葉数が、まるで嘘のようだ。
「頷け。もう時間は与えない。頷かなければ、お前の教会での学窓生活は僅か一日程で幕となるだろうな」
「……っ」
ベストの言葉に、少年は最早声すら上げる事は叶わないのか……ただ、静かに黙って頷いた。その様子を、周囲に居た他の子供達は、まるでベストを恐怖の魔王でも見るような目で見つめている。
ベストは、もう完全に同級生から恐れられている。
あぁ、ベストの学窓生活は……これから一体どうなってしまうのだろう。
そう、俺が父親としてベストのこれから六年間に頭を抱えていると、その隣では、やはりプラスが満面の笑みで言った。
「良かったな!ベスト!さっそく此処でも友達が一人できたじゃないか!」
「あぁ、もっと手駒を増やして、俺は教会を内側から変革してやる」
「うんうん!いっぱい友達を作って、楽しく過ごすんだぞ!」
「あぁ、全ては可愛いお前の為だ。全力を尽くそうじゃないか」
噛み合わない。全然、噛み合わない。
俺は、もう居ても立ってもいられず、ともかくベストの隣に立つウィズに向かって深々と頭を下げておく事にした。
「ウィズ先生。どうかうちのベストを、どうぞっ、どうぞ!よろしくお願いします」
そう、俺が深々と下げた頭の上では「……ウィズ先生、良い響きだ」と、なんだか嬉しそうなウィズの声が聞こえた。
あぁっ!もう!どいつもこいつも!
こいつら全員“じょうちょ”がなくって、たまらないよ!