3:ウィズの赤ちゃんほしい!

 

 

にこおっ!

 

 あの笑顔が忘れられない。忘れられなくて、思い出す度に、なんだか胸がいっぱいになって泣いてしまいそうになる。いや、むしろ泣いた。幸福でいっぱいになると、どうやら涙が出るものらしい。

 

 そんな訳で、俺は今この瞬間、幸福に包まれていた。

 否、ウィズに包まれていた。

 あぁ、でも俺にとって、ウィズと幸福は同じモノなので、どっちにしても同じなのかもしれない。

 

「ぁふ……っは、うぃず……っひ」

「アウト、どうして今回は、こんなに急に発情期になったんだろうな?もしかして、前回のアレじゃ足りなかったか?」

「ぅぅっ」

 

 俺の顔を覗き込みながら、ウィズが面白がるように言う。そんなウィズに俺は、思わず目を伏せた。そう、そうだ。俺の発情期は、先週明けたばかりだ。しかも、きっちり一週間、毎日ちゃんと熱を出し尽くした筈なのに。

 

「いやらしいな、アウト」

 

 俺はわざと口を俺の耳元寄せ、囁いてくるウィズに、ジワと目に水分が集まるのを感じた。この涙は幸福だからなのか、それとも羞恥心からくるものなのか。

 もう、今の俺には何も分からない。

 

「うぃ、ず……あの、俺」

「あぁっ、かわいい」

 

うっとりと「かわいい」なんて口にするウィズはと言えば、完全に裸に剥かれた俺とは正反対で、皺ひとつないシャツとパンツに身を包んでいた。本当は先程まで、神官の正装着を見に付けていたのだが、気付けば一瞬で着替えていた。

 

俺が神官の正装着に良い思い出がない事を知るウィズは、口ではどんなに「いやらしい」だの「足りなかったんだな?」だのと意地悪な事を言っても、本当に俺の嫌がる事はしない。今までの人生で、俺をこんなに宝物のように扱ってくれたのは、ウィズと……そして、お父さんくらいなモノだ。

 

「アウト、今回はどうする?一カ月休みを取るか?どのくらいシたら、俺はお前を満足させてやれるだろうな」

「……わ、からなっひ」

 

 俺は両足を胸にくっつけた状態で、ウィズのあの細くて形の良い指が、どんどん俺の中の奥まで入り込んでくるのを感じた。見えないのに、見える。きゅうっと思わず締め付けてまったが、入り込むウィズのその指はどう考えても中指のみだ。

 

 足りない。大きさも、熱さも、生も。

 全部、足りない!

 

 そう、俺の中のオメガの本能が叫ぶ。それはどう考えてもいつもとのソレとは大きさも種類もワケが違った。そうでなければ、いくら発情期とは言え、こんな恥ずかしい体勢を自ら取る筈がない。

 

「気持ちいいか、アウト。いつもより大胆で……素晴らしいな」

「っぁ、ぁぁっ!」

 

 くちゅ。と俺の中の粘膜をかき混ぜるいやらしい音が、耳から俺を犯す。恥ずかしい、はずかしい、はずかしい。

初めての規格外過ぎる強い感情的な本能に、俺は伏せた瞳が、更に熱くなるのを感じた。

 こんなの初めてだ。こんなの変だ。

 

「っはぁっはぁっっ――!」

 

 だって、こんなにいやらしい事をしているのに、瞼を閉じれば、昼間に見たシンスさんの赤ちゃんの笑顔と、握りしめられた指の温もりを感じる。

 耳の奥では笑い声と、泣き声すら木霊する程だ。こんなの、ヘンだ。

 

「アウト、こっちを見ろ」

「っ!」

 

 ウィズから、有無を言わさぬ言葉が頭上からふってきた。その瞬間、俺は何を考えているんだと、弾け飛ぶ意識の手綱を、寸でのところで引いた。

 

「目を伏せるな、俺を見ろ。アウト」

「……うぃず、」

「アウト。お前はこれで満足か?だったら、お前の満足のいくまで、こうしていてやる」

 

 ウィズの熱を孕んだ瞳が、俺を見据えそんな事を言う。楽しそうだ。ウィズは、本当に楽しそう。でも、やっぱり意地悪だ。俺が、こんなのじゃ全然足りないって分かってて、そんな事を言うのだから。

 けれど、俺はウィズと約束した。して欲しい事。されたら嫌な事。なんでも話すって。我慢しないって。

 

 ちゃんと言うって。

 

「……た、たりなぃ」

「ほう、足りない?」

 

 そうやってわざとらしく復唱してくるウィズに、俺はぼーっとする頭でコクンと頷いた。まるで、羞恥と快楽を求める欲望の糸で動かされる操り人形のようだ。頷いた俺に、ウィズがその口元に小さな微笑みを浮かべる。その優しい笑顔に、腹の底から急激にせりあがってくる“ツナミ”のような感情を止められなかった。

 

——–ウィズの、赤ちゃんが欲しい。

 

 それと同時にタラリと、俺の後ろの開いた穴から、期待するように愛液が漏れヒクヒクとウィズの指を締め付ける。

 

「…っひぅ」

 

そんな俺の様子を、行為の間中、俺から片時も目を離さぬウィズが、見逃す筈もなかった。

 

「あぁ、一本じゃ足りなかったか。言ってくれないから気付かなかった」

「っちがっ。っひん!あっ、あっ」

 

 指が一本から二本に増やされた。人差し指と中指が、俺のナカを楽しそうに動き回る。それと同時に、ウィズの親指が入口を撫でる。器用だ。ウィズはいつも器用。さすさすとヒクつく入口に触れてくる親指が、足りないと叫ぶ熱に拍車をかけてくる。

 

「っふ、うぃず、ちがう、ちがう……ゆびじゃなくて……っっぁん」

「指じゃなくて、何がいい。言わなきゃ伝わらないだろう」

 

何でも同時に上手にこなす。俺の気持ちい所がどこか、全部知ってる。グリグリと粘膜をこする指が、絶妙にイイ所を突いては、すぐに離れていく。その間も、ウィズはジッと俺から目を逸らす事はない。

見られてる。全部、見られてる。

恥ずかしい。はず、かしい。

 

「うぃず……うぃずっ、うぃず……うぇぇっ」

 

俺はとうとう身に余る幸福と羞恥心で、目に溜まっていた涙の玉がハラリハラリと枕へと流れていった。

 

「うぃずの、ばかぁ」

 

 知ってるのに、知らないフリをして。

余裕なんて無い癖に、余裕なフリをする。ちくしょう、俺だって知ってるんだ。

 

「っひくっひぅ。わがっでぇ。わかってよ……いわなくても、うぃず。わかって。おねがい。ほしいほしいほしい、うぃずのほしいっ」

「……あ、アウト?」

「ちょうだい、ちょうだい……ゆびじゃ、いやだ。たりない、これじゃない、もっとあつくて、おおきい」

 

 いつもとは完全に異なる俺の様子に、俺を見下ろしていたウィズの目が大きく見開かれる。そんなウィズの顔を、俺は両手で包み込むと、胸にまで上げていた両足の片方を、ウィズの苦しそうな前に、ソッと押し当てた。

 

「っ!」

 

 ウィズ、俺、知ってるんだからな。

 

だって、服が乱れていなくても、ウィズの眉間には時折キュッと皺が寄るし、骨の浮いた首筋からは汗がジワリジワリと滲んでいる。普段、真夏でも汗をかかないウィズが、だ。

それに、俺が中を締め付ける度に、ウィズの喉の膨らみが生唾を飲み込んで上下する。ウィズが俺を見ているように、俺だってウィズを見ている。

 

「おれぇっ」

 

ウィズなんて、俺がこんな風になる前から、ずっと勃ってたクセに。大きくしてた癖に。ずっと、ずっと固かったくせに。俺が最初に、店で口付けをした時から、ずっとずっとずっと!

 

赤ちゃんの、笑う声がする。

俺を、孕ませたい癖に。

 

「うぃずの、あかちゃん、ほしいっ!」

「っ!」

 

 その瞬間、それまでのウィズの余裕そうな表情の仮面が一瞬で壊れた気がした。同時に、それまで緩く動かされていたウィズの指が、ズルリと勢いよく抜かれた。そのせいで、だらしなく開いた穴から、容赦なく体液が漏れる。気持ち悪い。

そのまま俺のモノで濡れそぼったその手で、ウィズは俺の片方の足を勢いよく持ち上げると、ギラついた目で、ハッキリと俺を睨みつけた。

先程まで指で塞がれていた筈の穴に、待ち望んだ熱さがピタリと添えられる。

 

「おいっ、あうとっ!」

「っひ――!」

 

ふぅーっふぅーっと、明らかにいつもとは違う荒ぶった呼吸を携え、喉の突起はゴクリと生唾を飲み込み上下する。俺の鼻孔を、ウィズの強烈に増したアルファのフェロモンが通り過ぎた。あぁ、脳みそがビリビリする。グラグラ揺れてるみたい。

 

「お前はっ、いつも、いつもっ――!そうやって俺をっ!」

 

あ、ウィズが切れた。切れた、切れた。ぷつんと、切れた。ウィズの、理性の糸が。全部切れて、今俺の目の前に居るのは、

 

「……そんな誘い方、どこで覚えた?」

「うぃず……して、して、はやく。あかちゃん、つくって。おれのなか、きてっ」

「っくそ、くそくそくそくそくそっ!あうとっ!

 

絶対に、後悔させてやる」

 

 ――俺だけの、アルファだ。

 

 

 その日からの一週間、俺は殆どの記憶をまどろみと熱の中で過ごした。あんなに興奮して我を忘れるウィズは初めて見た。元々、アルファにしたって性欲は強く、非常に持久力がある方だと思っていたが、まさか食事の最中や、俺が寝ている間にまで、ハメ倒されるとは思わなかった。

 

――まったく、あんなに噛んでやったのにな。

 

 発情期中、俺は何度も何度も、うなじを中心に体中を噛みつかれた。これはアルファの本能らしく、アルファにとっての噛み痕は所有印を意味する。

 まぁ、俺は傷痕なんて残らないので、発情期明けはウィズからの残念そうな視線に、非常に申し訳ない気持ちになってしまうのだが。

 

 でも、今回の発情期は痕の付かない俺の体を見ても、ウィズはご機嫌なままだった。どうやら、今回の一週間は非常にお気に召したらしい。

 

「あぁ、良い一週間だったな。アウト」

「……うん」

 

 けれど、今回ばかりは艶やかな笑顔を向けてくるウィズに対し、純粋に喜べはしなかった。なにせ、全てを終えた俺達の愛の巣の至る所に、必ず“あるもの”が落ちていたからだ。

 

――なんで???

「さぁ、アウト。部屋を片付けるぞ」

 

 案外、切り替えの早いウィズは腑に落ちない俺の肩を叩くと、俺達の体液で汚れかえったありとあらゆるモノを掃除し始めた。カピカピになった大量のベッドシーツを運ぶウィズの後ろ姿を見送りながら、俺は足元に落ちている“ソレ”を拾い上げた。

 

「あれ?」

 

 そう、部屋の至る所に落ちていたモノ。それはウィズの精液の溜め込まれた、たくさんの避妊具達だった。

 

「あかちゃんは――?」

 

 その問いは、今までに見た事のない程ご機嫌で、下手くそな鼻歌を歌うウィズには、一切届いていなかった。

 

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 その後の数カ月間、俺には、何度も何度も不定期に発情期がやって来た。少し異常だと思い、病院にも行ってみたが、特に問題はないと言われた。月に一回だった発情期は、今や不定期に月に二回はやって来る。

そのせいで、そりゃあもう、職場にはほとほと迷惑をかけたが、その事で、俺に嫌味を言うような奴は、上司くらいなモノだった。優しい同僚で本当に有難い事だ。

 

しかし、だ。

その間、ウィズが避妊具を外して俺に挿入する事は、一度もなかった。

 

「うぃずの、あかちゃんがほしいっ!」

「あぁっ!存分に注ぎ込んで孕ませてやるっ!アウト、お前はなんて可愛いんだ」

 

 ちゃんと恥ずかしいのを我慢して口にしてるのに、ウィズは全然聞いてくれない。分かってくれない。ただ、俺が「うぃずのあかちゃんがほしい」と口にすると、何故かウィズは発情期でなくとも、物凄く興奮して、いつもより沢山出す。

 

 避妊具の中に。

 

『なんでーーー!?』

 

 俺は口にしても伝わらない思いに、マナの中で叫び声を上げると、カウンター席で酒を呑んでいたヴァイスが、それはもう腹を抱えて笑ったのだった。

 

 笑いごとじゃない!