「えぇ?彼がヤる時に、絶対に避妊具を付ける?別に、いいんじゃない?責任感あって」
「違うの!私は子供が欲しいって言ってるのに……全然聞いてくれないの!」
「あぁ、そういう……彼はなんて?」
「子供はまだいだろって……ソレばっかり。ねぇ、どう思う?もしかして、浮気してるんじゃないかな?」
「何を急に……」
「だって変なんだもん!私と会うとすぐにヤりたがる癖に、子供が欲しいって言っても、その話になるとまた今度ってはぐらかすし。私と会うのは夜ばっかり……もしかして、私が浮気相手とか!?」
「……いやいや、考え過ぎでしょ」
「あぁぁ、無理―。考えれば考える程、思い当たる節がある……私って遊びなのかな?」
隣から聞こえてきた会話に、俺は手に持っていたオラフを前に、口を開けたまま固まってしまった。
「……」
「どうした?アウト、食べないのか?」
今日はプラスと共に役所へ出向く仕事があったため、昼は二人で外食中だ。最近はウィズの朝ごはん効果もあって、ちゃんと昼にもお腹が空くので、俺のお気に入りの茶房にプラスを誘ったのだ。
「早く食べないと、あの鳥がお前のオラフを盗ろうとこっちを見てる」
「っあ、あぁ」
プラスに言われ、俺は固まっていた体を動かし、口の中にオラフを詰め込んだ。ヤバイ、入れ過ぎたかも。俺は咀嚼すら上手くできない状態に、未だに続く隣の女性客二人の会話へと耳を傾けた。
「だって、おかしい……ずっと思ってたの。あんな格好良いアルファが、なんで私なんかと付き合ってるんだろうって。オメガにしたって、私以外にも可愛い子はたくさん居る筈なのに」
「何言ってんの。アンタも十分可愛いじゃない」
「今そういうのいいから!だって、だってよ!?普通、オメガの発情期を前に、毎度毎度律義に避妊具付ける?一番盛り上がってる時に、付けないでってお願いしたのに……アイツ、なんて言ったと思う?『付けなきゃ子供が出来るかもしんねーだろ』って言ったのよ!?私は子供が欲しいって言ってるのに!口では私の事、可愛い可愛いなんて言っておいて、あんなのきっと全部ウソ!むしろ、本当に可愛いって思ってないからこそ、あんなに気楽に口に出来るのよ!」
「あー……」
「私なんか、遊びなんだ。ほんとは、もっと別に好きなオメガの子が居るのよ……私なんか性欲処理の代用品なのよ……」
「ちょっと、アンタ。もう少し声落としなさいよ。周りの人に聞こえるって」
「別にいい!もう、どうでもいいっ!」
ゴクン。
俺は咀嚼に咀嚼を重ね、やっと口の中のオラフを腹の中へと収めた。今日は天気も良いし、気分も良かったから、少し贅沢に肉のオラフにしたのに、ちっとも味なんて分からなかった。
性欲処理。
女の人のその言葉は物凄く強くて耳に刺さった。けれど、俺にとってはそちらよりも、もっと刺さる言葉がある。
「代用品?」
そうだ。代用品。代わり。本物の代わりになるもの。
最初、俺はウィズにとってそうだった。インの代わりに、俺の傍に居たんだ。そして――。
「それはあるかもなー」
「へ?」
俺が、大きな噛み痕のついたオラフを見ながら固まっていると、隣でオラフを食べ終えたプラスが椅子の背もたれに体重をかけながら、両手を頭の後ろにまわして言った。
「オスは好きなメスを孕ませたい本能を持つ生き物だし。それをしないって物凄くヘンだ」
「……」
「俺も、ヨルに会いたくて仕方なかった時は、ヨルじゃなくてもヨルに似てる奴ってだけで良かったしな。だから、たくさんマヨナカに抱かれたなー!でも、どんなに抱かれても、俺は絶対に避妊薬を飲んでから、マヨナカとは会ってた。抱かれるだけならともかく、俺はヨル以外の子は欲しくなかったからな!」
プラスが「あー、なつかし!」なんてあっけらかんとした口調で言うもんだから、俺は手に持っていたオラフをボトリと皿の上へと落としてしまった。そして、続くプラスの眼鏡越しの満面の笑みは、俺を崖の底へと勢いよく突き落とした。
「なぁ、アウト!俺、ベストに赤ちゃんが欲しいって頼んだら、たくさん作ろうって言ってくれたぞ!俺達は年の差がある分時間が無いから、ベストが精通したらほんとはすぐに赤ちゃんが作りたかったけど、それは……アウトがダメって言うから、ちゃんと約束して、ベストが成人したらその日に作ろうって約束したんだ!」
「……」
キラキラしている。こないだまで崖の下で真っ暗な中に居た癖に、今やプラスは太陽の下をキャラキャラと笑いながら走り回っている。
なのに、俺は!!
「だから、俺とベストはしばらく赤ちゃんが作れない。でも、だからこそ!アウトとウィズの赤ちゃんが出来たら、俺も一緒に育ててよしよしするからな!出来るだけ、たっくさん作ってくれ!」
そう言われた瞬間、俺は目の前から更に落としていたオラフが、鳥に寄って攫われるのを間近に目撃した。茫然自失だ。それと同時に、隣の席の、あの女の子がワッと机に突っ伏して泣くのが見えた。
どうやら、自称、舞台演者として名高いプラスの声は、その子の耳にも届いていたようだ。オラフは鳥に取られ、隣では女の子が号泣し、プラスは得意満面で胸を張っている。
ワンワン泣く女の子の声に、俺はどんどんこれまでつっかえていた「なんで?なんで?」という疑問が、一気に不安となって吹き出した。
つまり、俺も号泣したのだ。
「ぁぁぁぁっ!やっぱり、私なんて遊びなんだぁぁっ!」
「ちょっと……声っ、声落として!もうっ、泣かないでよ!」
「うぃずのあかちゃん、ほじーっ!あがじゃんほじーっ!まだ、おれはいんのかわりなのがよーーー!」
「そうだな!泣くほど欲しいよな!俺もベストの赤ちゃんが欲しい!ベストの赤ちゃんがほしー!」
一時、騒然とする店内の中で、プラスは俺に負けじとテラス席から往来に向かって「ベストの赤ちゃん百人産むー!」と笑って叫んでいた。
あぁぁぁぁっ!プラス!羨ましくて死にそうだ!
でも、百人はあんまりだと思うぞ!