『スルー、するーっ……!!』
『んんっ、な、んっ。きょう、どした。おまえ、いつも、こんなこと、ぁぁっ!』
その日、俺はいつもの売春宿の借り宿で、粗末な服を脱ぎ捨てようと服に手をかけた。ヨルとする時もそうだったが、俺は裸が好きだ。まどろっこしいのは好きじゃないからな。
けれど、その時はもうマヨナカは既におかしかった。
服は俺が脱がせるとか、いつもなら絶対しない筈の事をしたりとか。え?何をしたかって?
『ぁっ、あっ、ん!にゅるにゅる、すゆっ!』
『気持ちいか?』
『――っ!!そこで、しゃべるなぁっ!っひ』
俺の股を開いて、足を開かせ、俺の雌の穴を舐めたんだ!それも、たくさん舌を奥まで入れて!ジュルジュルって音をさせながら、俺のトロトロになったそこに、優しく指まで挿れてくるから、もう本当にたまらなかった!
『ひっ、イッ、いくいくいくっ!ぁぁぁっん!』
『っは』
そうやって、俺の片足首を掴んで、必死に舐めて吸い付いてくるアイツを、俺は息が出来ないボーっとした中で見ていた。アイツは、俺が種を出したのを確認すると、今度はそのまま舐めていた穴から、種を出してクタリとする俺の雄を舐めた。
そう、ペロペロと、まるで獣みたいに!ぜーんぶ、舐めた!
『な、んで』
『気持ちいいか』
『ん』
俺はいつもより言葉少なく、触れ方もとても優しいマヨナカに、なんだか本当にそこに居るのが“ヨル”であるような気がして仕方がなかった。だから、あいつの舌で再びゆるく立ち上がり始めた俺の雄を、顔を上げて楽しそうに見るアイツに、俺は出会った時以来、初めて言った。
『ヨル、口付けをして』
『……あぁ』
その瞬間、俺は『あぁ』と、キュッと眉間に皺を寄せ頷いたマヨナカに、胸が弾けたような気がした。まぁ、実際に弾けたのは俺の雄だったが。先程、種を出したばかりのゆるくしか勃っていなかった雄の先端から、ユルユルと種を出す。
『っ……お前』
『っするーって、よべ』
『クソがっ。……スルー、今日だけは特別だっ。お前の言う通りにしてやる』
それを見て、一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたマヨナカだったが、眉間の皺を濃くしながらも、勢いよく俺の唇へと吸い付いた。
『ん、ん―――っ!』
『っふ、っは』
俺の体は嬉しくてそこから絶好調だった。だって、そうだろう!その日のマヨナカは、本当にヨルみたいだったんだ!
あぁっ、ヨルヨルヨルヨル!
ホントのヨルみたいだ!
さっきの『あぁ』もそうだ。少し返事に間が空いたところも、短い返事だけの言葉も、眉間に寄った皺も。スルーって呼び方も、最初よりは大分良くなった。ただ、ちょっと惜しい。クソッって言う時に『が』は要らない。
いつもヨルは『クソッ』ってしか言わなかったから。
でも、よしよしだ。上手上手。
俺はマヨナカが上手に“ヨル”を出来るようになった事を褒めてやろうと口付けを交わす、マヨナカの後ろ髪をサラサラと撫でてやった。
『っ、するーっ、するーっ!』
『よる、よる、よる……っひ、しゅき、しゅき……さみじかった。ずっとさみじかった』
『っ!』
その後、俺はちょっと頭がぼーっとしてしまって、俺を下から激しく突き上げるマヨナカを、本当にヨルだと思って、本気で甘えてしまった。ヨルに言っていたみたいに『よしよしして』とか『抱擁して』とか。ともかく、俺はその日、うんとマヨナカに甘えた。甘えて甘えて。気付いたら、売春宿の窓の隙間から白み始めた空が見える時間まで、互いに種を出し合って、体中ドロドロになっていた。
でも、終わった瞬間、俺は驚くほど虚しくなった。
『……よ、る』
どんなに似ていても、この、汗を滴らせ俺を見下ろす男は、
『おい……ヨルとは、誰だ』
ヨルではないのだから。
〇
そして、全部終わった後、俺がどこか夢から覚めた気分で寝床の脇で壁に背をもたれさせていると、俺の前で裸のまま曲げた片膝に肘をつけて此方を見ていた。こんなにマヨナカの方が俺を見てくる事は、そういえば初めてじゃないだろうか。
いつもは俺ばかりがマヨナカの顔を見ていたから。
『……おい、スルー』
『ん』
マヨナカからの呼びかけに、俺は種を蒔き過ぎて重くなった腰をさすりながら、目だけ、マヨナカの方へと向けた。
『ヨルというのは……お前の昔の男か』
『昔の男?どういう事かは分からんが、俺はヨルが一番好きだ』
『っは。そのヨルってやつ、前世の奴なんだろ?どうせ』
『……あぁ』
『で、そのヨルと俺の顔がソックリだ、と』
『うん』
俺は頷きながら、このマヨナカという男が、どんどんヨルから離れて行くのを感じた。あぁ、やっぱりさっきまでのは夢だったんだ。
良い夢を見た。ばいばい、ヨル。
『っは、前世の奴ならもう諦めろ。もう二度と会えんだろうな』
『……そうだな』
そんな分かり切った事を、わざわざ言わないで欲しい。あぁ、ヨルヨルヨル。会いたい、会いたい、会いたい。さみしい。
『……急遽、帰る事になった』
『は?』
『皇国に、だ。こっちの仕事は、別の奴が引き継ぐことが急遽決まってな。だから、俺は今日ここを発つ』
言い辛そうに口にするマヨナカに、俺はもう一度腰をさする。皇国はここから東に位置する首都国だ。そういえば、コイツはいつも皇国がどうのと言っていたような気がする。
そうか、帰るのか。じゃあ、今日のコレが最後だって訳だ。
だからか、なんだかコイツの様子がいつもと違ったのは。
『そう、か』
さすがの俺も、ここ半年間ずっと毎日抱かれていたのだ。急に帰ると言われて寂しくない訳ではない。けれど――。
『元気でな』
けれど、まぁ、多分それは三日も経てば忘れる寂しさだ。
ヨルの時のように、人生を越えてまでこの身に宿り続ける谷底みたいな“寂しさ”とは全く違うのだ。
『……待て、何でお前が勝手に話を終わらせている』
『え。あぁ。……お前、お別れのお花が欲しいのか』
『そんな訳ないだろうが』
マヨナカは呆れかえった様子で自身の髪の毛をグシャリと前からかきあげると、次の瞬間、露わになったその目でジッと俺を見据えてきた。あ、この目はヨルみたいだ。
『俺と共に、皇国の本宅に来い』
『あ?』
『お前をこの貧しさから連れ出してやる。そう、言っているんだ』
『……?』
唐突なマヨナカからの提案に、俺は何を言っているんだと頭を傾げた。どうして、俺がマヨナカと皇国に行かなきゃならない。訳が分からん。
『結局、お前は俺から一度も金は受け取らなかった』
まぁ、そうだ。金ならある。あって使い切れない程持っているから、そんなモノはいらないのだ。
『お前は確かに俺の顔が昔の男に似てるから、俺に付いて来たのだろうが……お前も分かってるんだろう。俺達の相性は、そう悪くない』
相性?何の相性だ?何を言っている、マヨナカは。
『お前は俺に何も聞かない。求めない。そういう奴が、俺には要る。取り入ろうとしない、ただ、体だけを求めて、でも本音を……話せる、そんな相手が』
本音?そう言えば、マヨナカは本当にお喋りで何かよくベラベラと口にしていたが、申し訳ない事に、俺は一切興味がなかったので聞いていなかった。コイツは、俺に本音とやらを話していたのか。
『だから、スルー。お前にだけは、俺の本当の名を――』
『お前は、マヨナカだ』
俺はマヨナカの言葉を遮り言うと、コイツの大好きなアレをしてやった。人差し指で、ゆっくりと、マヨナカの目を見ながら、その薄く色付いた唇に。
つんつん。
これが、俺からマヨナカへのお別れの花束の代わりにしてやろう。そう、最後だしもう一度だけ、俺はマヨナカの唇をつんつんした。
そんな俺の行動に、マヨナカは大きく目を見開くと、その目の中には何やら酷く熱いような、冷たいような、必死なような、ホッとしたような。そんな、どれか一つにまとめられないような、複雑な色の目をしていた。
忙しいやつだ。
『元気でな。マヨナカ。また、こっちに来た時は、あの場所に来るといい。俺はいつもあそこに居る』
『……するー』
俺の名を、どこか名残惜しそうに呼ぶマヨナカを尻目に、俺は少しずつ明るくなり始めた朝日に、慌てて服を着た。早く帰らないと、子供達が起きて俺が居ない事に驚いてしまう!
正直、体中ドロドロで気持ち悪い。シャワーを浴びる時間は残っているだろうか。
『サヨナラ!』
俺の中からは立ち上がった瞬間ドロリと、マヨナカの種が零れ落ちる感覚にブルリと背筋を震わせながら、勢いよく売春宿を飛び出した。
あぁっ!まったく、こんなにギリギリまで種蒔きをして遊んで。白み始めた空に慌てて家に帰るなんて、本当にいつぶりだろうか。
『ヨルヨルヨルヨルー』
俺は駆けだしながら、いつもの鼻歌を口ずさむ。少しだけ、本当にほんの少しだけ埋まった寂しさの穴に、俺は心の中でマヨナカに「じゃあね!」と改めて手を振ってやった。どこか、もうこの地でアイツに会う事はないだろと確信していたが、けれど、俺はちっとも寂しくなんかなかった。
だって、
アイツはヨルじゃなかったからな!
さぁ、これで俺とマヨナカの特に面白くもない話は終わりだ!ベスト?あれ?もう寝たのか?